お兄ちゃん日車寛見、小学5年生。学業優秀、運動はそこそこ…クラスでは学級委員をする大人しい子供。大人が10人居たら10人とも「手のかからない良い子」と言ってしまうそんな子供だった。今は学校の帰り道、一緒に帰っていた友達と道で別れて1人トコトコと歩いていた。
「寛見、今帰りか?」
聞き覚えのある声に振り向くと大好きなお兄ちゃんが居た。嬉しそうに駆け寄っていく日車君。
「お兄ちゃん!うん今帰り!…お兄ちゃん…服装が違うね?」
「あーそうだな。高校生になったから制服が違うな」
お兄ちゃんと呼ばれた青年は日下部篤也、高校1年生。日車君と日下部君は家が隣同士でその縁もあって母親達が仲良くなり親しくご近所付き合いをしている。
「一緒に帰ろ?」
「いいぞ。帰るか」
「うん!」
ニコニコと日下部君を見上げると、見上げられた方は恥ずかしくなって制服帽の上からグシャグシャと日車君を撫で回す。「やめてよー」と声は聞こえるものの日車君の方も嬉しそうに聞こえる。家に着くまでの数十分だが2人並んで帰宅するのだった。
日車君の家に着いた時玄関の扉が開いた。中から母親が慌てた様子出てくる。
「日下部君!ごめんなさい。急な呼び出しがあって…さっきお母さんには伝えたから!」
そう言いながら走り去る日車君の母親。彼女はバリバリと頭に付くぐらいのキャリアウーマンでさっきの様に呼び出しがかかってくる事が多い。日車君がまだ幼い頃は呼び出しがあっても出かけることは無かったが、中間管理職に着いた彼女に容赦なく仕事の山が襲いかかっていた。見かねた日下部の母親が手を差し伸べたと日下部君は聞いている。
「寛見、母さん帰ってこなかった時のために着替え持ってくるか?」
「うん、そうする。玄関あけるね。入って待っててくれる?」
「おー」
母親が鍵をかけずに出かけたのを2人は見ていたのでそのまま玄関をあける。タタキに座ると
「俺はここで待ってるから準備が出来たら降りてこい。急がなくていいからな?」
「うんっ!!すぐに用意するね!」
そう言いながら自分の部屋へ走っていく日車君。
「急ぐなって言ったろ…」
呆れながらも微笑む日下部君でした。
お泊まりの準備をして荷物を抱えた日車君の鞄をヒョイと持ち上げると「行くぞ」と外に出る。日車君が玄関の鍵を閉めると、2人で指を指して
「「よしっ!」」と閉めた確認をしたのだった。
日下部君の家に着くと母親が台所から顔を覗かせてきた。
「篤也〜日車さんところの…あっ!寛見君!いらっしゃい」
日車君が居るのを確認すると優しそうにニッコリ微笑む日下部の母親。
「さっきおばさんとすれ違ったからそのままお泊まりセット持たせてきた」
「おばちゃん。こんばんは。お邪魔します」
ぺこりとお辞儀をすると日下部君の母親は日車君に目線を合わせて語りかける。
「寛見君。おばちゃん今晩御飯作っているからもうちょっと待っててくれる?篤也の相手してくれるとおばちゃん助かるなぁ?」
「おい、母さん!」
「お兄ちゃんと一緒に宿題してます」
「あら?!ほんとにいい子ね?」
「寛見。部屋に行くぞ上がってろ」
「うん!おばちゃんまた後でね」
「はーい。後でねー」
自分の部屋に上がると持っていた荷物を置いて、朝に自分が脱ぎ捨てたパジャマなど少し散らかってるものを片付ける為に日車君をベッドに一旦座らせる。素早く片付けると
「ちょっと待ってろ。飲み物とってくる」
「うん!」
日下部君の部屋で1人落ち着かない日車君。いつも見ていた学ランの制服ではなくブレザーのタイプで見た事のない日下部君の姿に内心ドキドキしていた。カチャと部屋の扉が開くと飲み物を持って日下部君が入ってきた。
1度自分の机に飲み物を乗せたお盆を置くと
コップを持って日車君にお茶を渡す。
「お待たせ。寛見お茶でいいか?」
「うん!お茶いただきます!」
ベッドから1度降りてお茶を受け取ると1口飲む。自分の家と大して変わらないお茶のはずなのに美味しく感じるから不思議である。
「お前は美味しそうに飲むなぁ」
「美味しいよ?お兄ちゃん家の麦茶!」
「お前ん家と一緒だぞ。母さん達が仲良く買ってきてたしな」
「へー」
「もう少し時間かかるから宿題先にするか?」
「うん!…お兄ちゃんは?」
「俺か?俺は今日はねぇよ」
「そうなの?…じゃあ…あのね?」
「なんだ?」
急にモジモジし始める日車君。
「…えっと…」
「モジモジすんな。言えって」
「お兄ちゃんのお膝座ってもいい?」
「…ったくしょうがねーなぁ…あんまりうごうごすんなよ?」
「えへへ…わかった」
日下部君は自分の膝をポンポンと叩きここに座れと促すも顔を赤らめながら嬉しそうに座る日車君。宿題のノートを開きながら漢字の書き取りを始めたのだった。書き取りが終わり次は算数のプリント。小数点の掛け算に苦戦しているところで後ろから日下部君が話しかけてきた。
「小数点同士の計算か?」
「…うん…」
「この計算はな…ここは…こうして」
そう言いながら1問だけ解き方を途中まで教えていく。なにか閃いたようにパッと見上げると「わかった!」と返事をして計算の続きをしていった。プリントに載った全ての計算式を埋めると「できたよ!」と振り返り自慢げに見せてきた。見せてもらったプリントを確認して計算の解き方が合っているのを見ると日車君の頭をポンポンしながら褒める。
「凄いじゃないか。全部あってる」
「ほんと?やった!宿題終わった!」
いくら小学5年生と言えど少しの間膝の上に乗っていれば血流が滞る為に痺れがくる。
「寛見、終わったんなら1回降りてくれ」
日下部君の言葉に少しだけ眉が下がってくる。
「えぇ…!お兄ちゃんが良いのに…!」
「痺れが来そうだから1回どけろって言ってるだけだろ?」
「そんな…お兄ちゃん…」
「あのな?寛見、俺はお前のお兄ちゃんじゃねーよ?」
「わかってるもん…でもお兄ちゃんだもん」
「…はぁっ…」
「じゃあ…お兄ちゃんがダメなら…あつやくん…?」
上目遣いで恥ずかしそうに呼ばれる日車君に何か撃ち抜かれたような気もしたが、気のせいだ、勘違いだと打ち消して日車君をそっと抱き寄せた。
「あーー…寛見…やっぱお兄ちゃんでいい」
「お兄ちゃんどうしたの?」と聞いてくる日車君を抱きしめたまま、取り出す顔の赤みが収まるのを待つ日下部君なのでした。