マフラー 今日も三ツ谷の家に遊びに来た大寿は、家に入ってすぐにテーブルに置いてある小さなマフラー2つと刺繍糸が目に入った。マフラーにはそれぞれ、某テーマパークの某ネズミのキャラクターが刺繍されている。
「この刺繍、テメエがやったのか。」
「ん、そう。保育園で流行ってるらしいんだけど、キャラクターグッズって高えじゃん。」
だから縫ってみた、とこともなげに言う。一体どれくらいの労力がかかっているのか。三ツ谷は、相手に対する自身の行為を軽んじてるところがある、と大寿は思っている。
(この一鍼一鍼に込められているのは三ツ谷の愛だ。)
大寿は小さなマフラー達に施された刺繍をそっと撫でる。
「三ツ谷。」
「んー?」
「...俺のマフラーにも刺繍入れてくれっていったら嫌か。」
「無理。」
三ツ谷の言葉に、大寿は自分でも驚くほどにショックを受けた。なぜなら、正直断られないと思っていたから。最近どんどん欲張りになっていた自分をまざまざと突きつけられた気がして、冷水を浴びたような気持ちになる。
「○ルマーニのマフラーに刺繍出来るわけねえだろ!」
「ぁ?!」
「そのマフラーはもうそれで完成してんの!オレみてえな素人が変に手を加えたらダメだよ。」
(そうだった。コイツは服バカだった...。)
拒否された理由が自分ではないと分かって、大寿は人知れず詰めていた息を吐いた。三ツ谷の言い分も勿論わかる。けれどブランドロゴよりも三ツ谷の刺繍の方が、自分にとっては価値があるものなのだ。三ツ谷の右手を持ち上げ、指先に口付ける。この手は、大寿に沢山のものを与えてくれる。だから、どんどん欲深くなってしまう。
「ブランドロゴなんかより三ツ谷が入れた刺繍が良い。テメエの愛が形になったものだから、欲しい。ダメか。」
三ツ谷に速攻拒否された理由は分かったけれど先ほどの「無理。」が頭の中を巡り、また拒絶されたらと恐る恐る聞いてしまう。
大寿の口づけが熱を与えたように、取っていた三ツ谷の手が温かくなってくるのを感じた。その熱は三ツ谷の全身を巡って、今は顔まで赤く染まっている。
「...ッずりぃな大寿くんは!」
そんなこと言われたら断れねえだろうが。そう言って顔を隠すように俯いた三ツ谷を、大寿は堪らず抱き締める。
「テメエがいくらでも与えるから、俺はこんなに欲深くなっちまったんだ。責任は取ってもらうからな。」
「...欲しがりめ。」
大寿にしてやられた気がして悔しい三ツ谷は
「上等じゃねえか、ご希望通りいっぱいやるから潰れんじゃねえぞ。」
と貰った熱を返すように、大寿の唇に噛み付いた。
――
マフラーへの刺繍は、洋服の邪魔をしたくないという三ツ谷の希望で、ロゴの裏側にイニシャルを入れることで落ち着いた。ところが大寿は三ツ谷の刺繍を表にして巻くので、肝心のロゴが見えなくなってしまう。鏡の前で刺繍を嬉しそうに(当社比)見つめる大寿を見てしまうと、もう何も言えなくて。
(可愛いことすんじゃねえ馬鹿大人になったら絶対ェオレがもっと良いやつ作って贈る!!)
と、決意を固める三ツ谷だった。