胃袋だけじゃ足りない 好きな人の心を掴むには、まず胃袋からーー。
食べることが大好きな想い人の為に猗窩座はひたすら料理スキルを磨いた。その熱意は凄まじく今では和、洋、中、だけでなくデザートまでお手の物だ。
「君は本当に料理上手だな!」
うまい、うまい、と上機嫌で食べる顔が可愛くてたまらない。見つめる猗窩座の頬は緩みきっていた。
「…杏寿郎への愛がこもっているからな」
プロ顔負けな俺の料理は杏寿郎を虜にしているはずだ。今なら言える。
頑張れ、俺。
「…俺がずっと旨い飯を食べさせてやる!だからっお、俺と付き合ってくれっ!!」
沈黙が怖い。震える手を落ち着かせながら杏寿郎の答えを待つ。
「…………それは頼もしいな!宜しく頼む!」
少し考えた後、杏寿郎は優しく微笑んで答えてくれた。
「そうかっ!?や、やったぁ…。デザートもあるからなぁ〜♡」
「うむ!」
こうして見事に胃袋を掴み、付き合うことにOKを貰えた。はずなのだが。
「きょ、杏寿郎。その、今日こそは泊まっ…」
「おかわりを頼む!」
「あ、うん……」
恋人らしい進展はまったく無い。このままだと本当に、ただの飯炊き男で終わりそうな気がする。
猗窩座の愛がこもった料理は完璧に杏寿郎の胃袋を掴んでいる。掴んでいるのだ。
見事に【胃袋】を………。
あれ?そんな、こんなはずでは。
嫌だっ!【胃袋】だけ、じゃ嫌だーーっっ!!
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「お願いがあるんだ、杏寿郎。……食べながらでいいから聞いてくれ」
「…んむっ?」
キラキラの笑顔で食後のデザートを頬張っていた杏寿郎が不思議そうに小首を傾げた。
「(くそっ…かわいいなオイっ!)今年のバレンタインは杏寿郎からもチョコが欲しい…。手作りの」
「付き合って初めてのバレンタインだろ…。お互いに手作りチョコ渡し合わないか?」
心臓の音がバクバクと煩い。OKしてくれたのは俺の妄想とかじゃないよな?付き合ってないとか言われたらどうしよう?
泣くぞ、俺。
「俺は君のように上手く作れないと思うが…それでもいいだろうか?」
「えっ…いいに決まってる!杏寿郎からなら何でも嬉しいっ」
よ、よかった〜!俺の妄想じゃなかったっ!!
「うむ。では俺も頑張ってみよう」
凛々しい目元がフワリ、と綻ぶ。その微笑みに猗窩座はうっとりと見入ってしまう。
あぁ、好きだ。杏寿郎が大好きだ……。
だから恋人としての関係をもっと深めたい。今年のバレンタインは特別な日になるだろう。
俺は杏寿郎の全てが欲しい。
【胃袋】だけじゃなく心も身体も全部ーーーー。
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告白をされた時は正直びっくりした。だって猗窩座をそんな風に見て無かったから。
でもその時、彼の手がとても震えていることに気付いてしまったのだ。
猗窩座は今までどれだけの想いで俺の為に料理を作っていたんだろう?
そう思うと自然に彼を受入れていた…。
「……どうしたものか」
レシピ本の前で煉獄は困り果てていた。書いてあることがさっぱり理解できない。
「とりあえずやってみるか…」
ずっと料理とは無縁で生きてきた。実家を出てからは猗窩座が毎日通い詰め、せっせと煉獄に尽くしていたので今まで包丁を握ったこともなければ、まともにお湯さえも沸かしたことが無いのである。
「なぜ…何回やっても黒コゲになるんだっ!」
付き合いはじめ、更に過保護になった猗窩座に尽くされまくっている煉獄の料理スキルもはや壊滅的だった。それがいきなり手作りチョコなどハードルが高すぎる。
煉獄は「杏寿郎からなら何でも嬉しい」と涙目で微笑んだ猗窩座の顔を思い浮かべた。
「…流石に、これは渡せないな」
何か良い方法はないだろうか?
俺でも作れる美味しいチョコ………あ、あるな…俺にしか出来ないチョコ。絶対に猗窩座が喜ぶチョコレート……。
抵抗はあるが、恋人に黒コゲを食わせる不甲斐なさに比べればマシだ。
よし。腹を括れ、気合いを入れろ!俺は煉獄杏寿郎だ!!
その杏寿郎お手製チョコレートで嬉し涙と鼻血を垂れ流す事になろうとは。
猗窩座はまだ、知らないーーーー。