あの夏のひまわりまた今年も一人、部屋で暑さと空腹に耐える夏がくると思っていた。
母親の気まぐれには慣れていた。
今年は置いていくのではなく、他所へやる事を選んだらしい。
僕は田舎の親戚の家に置いて行かれた。
親戚はあまり歓迎しなかった。それにも慣れていた。気にしなかった。
毎日三食食べれるだけまだ良い方だ。
昼食を食べ終えた僕への冷たい視線に耐えられず、今日も外へ出かける。
「ご馳走様でした。外へ遊びに行ってきます。」
「そう、暗くなる前に戻ってきなさいよ」
警察の世話になるのはごめんだわ。そんな言葉を聞き流して返事をする。
「はい。いってきます。」
外は暑くて体が弱い僕にはしんどかったが、たくさんの緑に囲まれた田舎は都会より居心地が良かった。
最近、ひまわり畑を見つけた。凄く広くて、大きいひまわりがいっぱい咲いていた。
自分より背の高いひまわり畑の真ん中で静かに過ごすのが好きだった。
少し遠くで蝉の声がうるさく鳴いていた。うるさいけど心地いい。
うとうとしていたら急にひまわりが大きく揺れた。
「わ!こんなところで何してるの?迷子でありますか?」
少し癖のある話し方をする男の子が急に現れた。ひまわりみたいに見えた。
僕はビックリしすぎて声が出なかった。
「顔色悪いでありますよ?お茶飲む??」
男の子は水筒を僕に差し出してきた。
「い、いい。大丈夫、です。」
水筒を押し返した。僕はその場から逃げたくて立ちあがろうとした。
急に立ち上がったからかフラついてコケてしまった。
「ワー!!大丈夫でありますか?!」
男の子は僕を支えて立たせてくれた。恥ずかしくて顔を上げれなかった。
「やっぱり水分不足であります!お茶をどうぞ!!!!」
また水筒を渡してきた。今度はしっかり手に持たされた。
「あ、ありがとう・・・」
恥ずかしさもあって今度は素直に受け取った。冷たいお茶が体に染み渡る。
お茶を飲んだ僕を見て男の子がニコニコと笑っていた。
またお礼を言って水筒を返す。
「こんなところで何をしてたの?迷子になったの?」
「ううん、ここ、静かで、ひまわりが日陰になるから…」
「そうなんでありますね、このへんに住んでるの?」
「あ、ううん、夏休みだから、親戚の家にきてる」
男の子は同じであります!と言って、祖母の家に来ていることを教えてくれた。
「俺はケイ・カンタロウ!君は?」
「僕×××」
「何年生でありますか?」
「3年生」
「俺の方がいっこ上でありますね!!!お兄ちゃんであります!」
声の大きな男の子はカンタロウと呼んで良いよ!とこれまた元気よく言った。
その日は夕方までカンタロウと遊んだ。
カンタロウの口調が気になったので聞いてみたら、将来警察官になりたいからドラマで見た口調を真似していると言った。
今から口調に慣れておくためだそうだ。形から入るタイプらしい。
「警察官なんて凄いね。」
「困っている人をたくさん助けたいであります!!!!」
……困ってる人。
僕の家に警察官が来ることがよくある。
でも誰も僕を助けてはくれなかった。母親の話を聞くと帰っていった。
その日親戚の家に帰ると母親の姉が愚痴を言っていた。
「あいつもさ、育てる気がないなら産まなきゃ良かったのよ、昔から面倒事は全て私任せ。あの子も愛想がないし、可愛くない。夏の間ずっといるなんてサイアクよ」
家の中に入りたくない。歓迎されてないのはわかっていたけど、何故か悲しくなってソッと扉を閉めて家を出た。
走って走って来た事ないところまで来てしまった。
冷静になってきて、暗くなってきた事に気づいた。
どうしよう、怒られる。
血の気が引いてきて、だんだん息がしづらくなって、息がヒューヒュー言い出した。
「ハァ、ハァハァ…ヒューッヒューッ」
どうしよう、気持ち悪い、息ができない、倒れそう。
意識が遠くなって、とうとう倒れる、地面に当たる痛みを予想して顔を顰めた
痛みはなかった。目を開けるとカンタロウの顔があった。
「え…?カハッ、ッゼェーゼェー、なん、で?」
「それはこっちのセリフであります!家に帰ったんじゃ?というか息できますか?」
ゆっくり息吐いて、吸って、と言われて従う。だんだん息が整ってきた。
なんだか凄く安心して、勝手に涙が溢れてきて、気づいたらカンタロウにしがみ付いて泣きじゃくっていた。
暫くして落ち着いてきた僕はカンタロウに家に帰りたくないと全て話した。
そしたらカンタロウの祖母の家に連れてこられた。
「ただいまでありまああああす!!!!」
馬鹿でかい声で家に入るカンタロウ
慣れた様子で祖母らしき人が出てきた
「おかえりなさい、あら、お友達できたの?こんばんは」
「こ、こんばんは、突然すみません…」
「×××くんであります!!今日泊めたいであります!!」
とても優しそうなお婆ちゃんにカンタロウが言う
「あらあらあら、うちはいいけど、親御さんには伝えてきたの?」
「・・・言ってないです、」
家に帰りたくない。怖い。
「うーん、とりあえず一度家にあがりなさい」
家に上がると台所で女性が夜ご飯の支度をしていた。
「おかえりカンタロウ」
「お母さん!ただいまでありまああああす!!!!」
カンタロウのお母さんが僕に気づきいらっしゃいと声をかけてきた
「こ、こんばんは、お邪魔します」
「はい、こんばんは」
「お母さん!この子を今日泊めてあげたいであります!」
「いいけど、まずは親御さんに挨拶に行かないとね」
「うっ…」
思わず声が出た。叔母さんに会いにいくのが怖くて泣きそうになったけど、カンタロウがすぐ手を握ってくれた
カンタロウはお母さん達に僕の事情を説明してくれた
僕は顔を上げられなくてずっと俯いてカンタロウの話を聞いていた
話終わって、ゆっくり顔を上げると、カンタロウのお母さんとお婆ちゃんは顔を顰めて悲しいような怒ったような顔をして僕を見た
カンタロウのお母さんが難しい顔してから少しして口を開く
「…わかった。よし、じゃあ×××くん!夏の間うちの家で過ごそうか!!」
「え?」
「そうだねえ、じゃあ挨拶に行こうか、みんなで」
「やったあーーー!!!!お母さんお婆ちゃん!!ありがとうでありまあああす!!!」
え?え?僕はついていけなくて三人を交互にみるしかできなかった
「よし、じゃあ×××くん!おうちに案内してもらえる?」
「え?あ、は、はい!」
怖い、もうとっくに外は暗くなってる、きっと怒られる、あの人の姉だ、下手すると殴られるかもしれない
僕が俯いてたからか、家に行くまでずっとカンタロウが手を握ってくれてた
家に着いて玄関でカンタロウのお母さんが叔母と話をしている
「いいんですか〜?じゃあこの子が帰る日にまたここにお願いします〜」
「わかりました、ではお預かりしますね」
「あ〜よかった、困ってたんですよね〜急に妹が連れてきちゃって、助かります〜。あ、これ食費代、少ないですけど。」
「いえ、お気になさらず。うちのカンタロウも喜んでますので。お気持ちだけ。」
「そうですか〜?まあ、じゃあよろしくお願いします〜」
案外あっけなく話は終わった。叔母は僕の事を見もしない。
この様子だときっと僕がいなかったことにも気づいてなかったんじゃないかな。
よかった。殴られなくて。よかった。
僕はカンタロウの手をギュッと握った。
「×××くん!今日からこの部屋で過ごしてね!カンタロウと一緒の部屋だけど!」
「あ、ありがとうございます」
「×××くん!こっちこっち!お布団はここにあるであります!机はこっち!好きに使っていいでありますよ!」
カンタロウのお母さんが僕の荷物を部屋に運んでくれる
その間にカンタロウは僕に部屋の中を案内してくれた
「あ!こっちはお母さんの部屋で!あっちはお婆ちゃんの部屋!お風呂はこっちでありますよ〜!!」
カンタロウのお母さんがお風呂入っちゃいなさいってタオルとか用意してくれた。
お風呂に入ったら凄く眠くなってきちゃった。
カンタロウにもらったアイスを食べながらウトウトしていた
「×××くん疲れちゃったでありますね!アイス食べたら今日はもう寝ましょう!」
「うん…」
それから毎日カンタロウと遊んだ!
最初のうちは体力が追いつかなくてカンタロウが僕に合わせてくれてたけど、日が経つにつれて僕にも体力がついてきた。
森に行って川に行って、虫取りもした!あのひまわり畑にもよく遊びに行ってかくれんぼや追いかけっこをした!
友達と遊ぶのってこんなに楽しいんだ!
カンタロウはいつもキラキラして見えた
ひまわりみたいに明るくて弾けるような笑顔で輝いてた
カンタロウが興奮して話す時は顔が近い。ドキドキして心臓がはやくなる。
なぜか顔が見れなくなって俯いちゃう
カンタロウは僕がまたバテてると思ってお茶をくれたりタオルを水で冷やしてオデコに当ててくる
それすらもドキドキして僕は変になっちゃったのかな?
×××くんはとっても可愛い弟分であります!
最初に会った時は心配になるほど顔色が悪くて華奢で、ほっておいたら死んでしまいそうだと思った
俺が助けないと!って思った
毎日いっぱい遊んで祖母の家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って布団に入る
布団に入って暫くすると×××くんの寝息が聞こえてくる
それを聞いて俺もようやく安心して寝る
×××くんが泊まるようになってからほぼ毎日、×××くんがうなされる声で目が覚める
「うっ…おかあさん、ごめんなさい、ごめ…んなさいっ」
毎日謝ったり、やめてと言ったり、うなされながら泣いている
「大丈夫、大丈夫でありますよ…」
×××くんの布団に入って抱きしめながら頭を撫でる
暫くすると落ち着いて、また寝息が聞こえてくる
安心して俺もそのまま寝る
「………!!!!!」
またカンタロウが僕の布団で寝てる
毎朝なぜかカンタロウは僕の布団で僕を抱き枕にして寝ている
またドキドキが止まらない抜け出そうと身を捩るけどギュッてされてて抜けれない
「ん…おはよう×××くん」
「お、おはよう、ま、また僕の布団で寝てるよ?」
「あ〜…なんでかこっちの方が寝心地がいいんでありますよね〜」
笑いながらカンタロウは言う
二人で顔を洗って朝食を食べる
「もうそろそろ夏休みも終わるわね〜二人とも宿題は終わった?」
「あ、あとちょっとであります!」
「お、終わりました」
「あら×××くんは偉いわね!カンタロウも見習いなさい!」
「いつの間に!流石であります!」
褒められて少し照れるけど、嬉しい。
でも、もうすぐ夏休みが終わっちゃうんだと思うと悲しくなった
夏休み最終日、今日がカンタロウといられる最後の日
僕はカンタロウにお願いしてひまわり畑を見にきた
8月下旬、ひまわりはチラホラと萎れているものもあった
ひまわりの種を数個とる、思い出に持って帰りたかった
「来年もまたここで会えますかね?」
「わからない、お母さん次第かな、」
「そうでありますね…」
もしかするともうカンタロウには会えないかもしれない
また涙が出そうだった
「いつか、いつか俺が警察官になったら!×××くんを見つけて迎えに行くであります!」
カンタロウが僕の手を両手で握って言った
「…でもその時は僕ももう大人だよ?」
笑いながらそう言った。正直、あの親の元で大人まで生きられるかすらわからない。
でもカンタロウは真っ直ぐ僕の目を見てもう一回言った
「絶対に見つけて迎えに行きます!」
気づいたらもう涙が溢れていた
離れたくない、大人まで待てない、
「帰りたくないよお…カンタロウ…うっうっ」
カンタロウが僕を抱きしめる
「絶対に迎えに行くから、待ってて、絶対に見つけるから!」
「うん、うん、待ってる、頑張って待ってる」
僕はカンタロウのほっぺにチュウした
カンタロウも僕のほっぺにチュウしてくれた
僕はカンタロウ一家に叔母の家まで送ってもらい、お礼を言ってわかれた
叔母の家には母親がいた、冷たい視線は変わっていなかった
母親の車で都会の家に帰る
また地獄の日々が始まるんだ
でも大丈夫、カンタロウとの思い出とひまわりの種がある
それから暫くして僕は路地裏で襲われ吸血鬼になった