吸血鬼もの「やめるんだ、メロン!!」
「あんたそんな顔して、なにいってんだい!!」
「いやだ、やめてくれ、メロン」
ユウリは日直として、担任のカブ先生にプリントを持って行こうとしていた。職員室の扉前でノックをしようとした瞬間、男女の争う声が響いて思わず固まってしまった。
これって、聞いちゃいけない話だ。
18歳になったばかりの、思春期のユウリにとっては、悶々とする話だ。
しかも、中から聞こえてくるのは自分の担任のカブ先生と隣のクラスの担任のメロン先生だ。二人は昔なじみのようで、生徒内では不倫だなんて変な噂が出るほど仲がいい。
「ぼくは、既婚者の血は飲まないって決めているんだよ」
「ばっかじゃない!!それで死んだら元も子もないわ!旦那はあんたのこと慕っているし、気にもしないわよ。それに、魔女の血しか飲めないくせにえり好みしてる暇ないでしょ」
血といったのだろうか、ということはカブ先生は・・・・・・。
持っていたプリントが風で一枚落ちた。
パサ
普通の人ならこんな小さな音は拾わない、でも、中の二人は言い合いをやめた。
ガチャ、と音を立てて職員室のドアが開けられる。
「ユウリ・・・あんた、聞いていたの?」
苦い顔をしたメロン先生が扉の前に立っていた、その後ろにうなだれるようにしているカブ先生が椅子に座っていた。
「あの・・・私」
眉間にしわを寄せるメロン先生に怒られると思った瞬間。
「メロン先生!!」
後ろから生徒の声が響いた。
「何よ全く、こんな時に」
「実習室から氷があふれ出てます!!」
「ええ!!なにやってんだい!?今行くから、生徒は近づかないようにいっといて」
次から次へとトラブルが起きる。頭を抱えながらも、メロン先生は私に声をかけた。
「ユウリ、すべて忘れてお帰り」
そう言うと、パタパタとかけだしていた。
音のしなくなったあたりで、教室の中にゆっくりと足を進める。
椅子に座ってぐったりしているカブ先生。
「先生・・・」
「情けない姿を見せてしまったね。プリントをありがとう」
プリントを受け取ろうとし伸ばされた手は空をつかむ。パラパラと床に落ちていくプリント。こぼれ落としたのは、私だろうか、彼だろうか。
彼は、落ちていくプリントを拾う余裕もない。
灰色の瞳が光のない黒に変わっている。
虚脱症状だ。血液、魔力の足りないヴァンパイアの典型的な症状。このまま放置していれば、灰のようになって消えていく。
「ポプラ先生の授業で習いました。ヴァンバイアの中でも魔術使いは、魔女の血しか受け付けないって」
君は優秀だね、こんな時でもちゃんと褒めてくれる。いつだってまっすぐ私たち生徒を見てくれて、大人として教育者として凜としている姿がずっと憧れだった。
「カブ先生?」
「どうした?」
「私、魔女です」
まだ見習いだけど、アカデミーでは主席だ。
「ユウリ君、やめなさい」
制服の首元を開いて、彼の口元に差し出す。空気に触れた首筋が震えた。
こわい、急所を差し出すのは、本当に怖い。
強いヴァンパイアなら一瞬で体中の血を吸い尽くしてしまうそうだ。
それでも、どうなってもいいから、私の血を飲んでほしい。
「先生」
胸元にそっと触れる。
かみつかれた瞬間、脳天を快楽が突き抜けた。
はぁ、はぁ、と自分の吐息がやけに艶やかに聞こえる。
ヴァンパイアが吸血の際に催淫成分を流し込むのは
全身に広がる快楽に耐えきれず、彼の肩に爪を立てるが、鍛えられた体には傷すらつけられなかった。
体がこわばったのは一瞬で、後は崩れるように彼の腕の中に包まれた。
こくりと彼の喉が鳴るのが聞こえた。体から血が抜けていく。それすらも快感となって体をしびれさせる。
「カブ・・・せんせ」
メロンが教室に戻ってきたときは、すでにもぬけの殻だった。
「カァブ~、ごめーん。ちょっと手間取っちゃったのよ」
声をかけながらも、そこに誰もいないのは分かっていた。
教室には散らばったプリントと開けっぱなしの扉。
几帳面なカブの椅子が変な方向を向いたまま放置されている。
メロンは舌打ちをした。