堕天目覚めると轟々と土砂降りの音。
窓の外は暗く、今が朝なのか夜なのかもわからない。
長く寝た感覚はあるのに倦怠感が強く、スマホや時計を探す気力も無かった。
頭が重い。
気圧痛だろうか、または昨日、長時間マイクを起動させた影響だろうか。
昨日は2チームと戦った。
後に戦った相手からは不意を突かれて攻撃され、当初は劣勢だったが、こちらが数で優っていたこと、相手のスキルが稚拙だったことなどにより、なんとか撃退できた。
今思えば襲ってきた彼らも、自分たちと似たような境遇なのだろう。
しかし、相手チームはマイクの使い手が2人だった。
1対2でラップバトルを行い、何とか追い返したのを確認した後、恐ろしく重い疲れがどっと出た。
真日瑠は仲間の肩を借りて何とか帰宅したものの、寝室に辿り着いてからの意識がなかった。
そして目覚めた今、疲労と気怠さから起き上がれず、ただ脳だけは覚醒し、
真日瑠はぐるぐると現状について考えていた。
これは昨日だけのことじゃない。
……最近、バトルの頻度が増えている。
中王区による政権は未だ盤石ではなく、その綻びを繕うために
多くの「不満逸らし」の政策が実行された。
その歪みは都心部の強豪ディビジョンよりも、まだ戦後復興も完全ではない周辺のディビジョンへと暗い影を濃くしていた。
近隣に大きな軍事基地を有していたため、WW3で激しい攻撃を受けたこの地域もまた、例外では無かった。
どこかで聴いた昔の歌
「弱い者たちが夕暮れ さらに弱い者をたたく」
平和だったであろう時代から続く自然の摂理、簡単に言えば弱肉強食。
こんな日々が続いたら、いつか自分も、みんなも、
ボロボロになり倒れてしまうかもしれない……。
……そんなことを考えていると、頭がますます重くなっていく。
先の見えない時代、どこへ行くのかわからない境遇、漠然とした不安と恐怖………、
あらゆる負の想定が自身を押し潰そうとしてるようにも思えた。
その時、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「真日瑠、まだ寝てるのか?」
「まーちゃん! 大丈夫ーーー?!!」
他にも「カシラー!!! 」「まひるさーん! 」など、
仲間達が銘々に自分を呼ぶ声が聞こえる。
もしかしなくても、結構な寝坊をしてしまったのかもしれない。
スマホに何の反応も返って来ないため、心配になり家まで来たのだろう。
窓から顔を出して返事をし、手早く着替えて外に出ると、待っていた仲間たちの顔が晴れていくのが見えた。
そして真日瑠が扉を開けたのとほぼ同時に、先程の土砂降りが嘘のようにやみ、雲間から差した光は、頭の真上にあった。
「ゴメン、少し寝過ぎちゃったね。
……もう昼間かぁ 」
仲間達の心配そうな目線や意識を逸らすように、真上を見て話を変える。
見つめる先は青い空、白い雲、暖かな真昼の太陽。
「さっきまで土砂降りだったのに、こうもガラッと変わることあるんだね 」
「まーちゃんが起きたからじゃなぁい? 」
「なんだそりゃ、推しの子かァ!? 」
蘭丸の言葉に他の4人がキョトンとしていると、思いついたように徳磨が聞き返す。
「……まさか、天気の子って言いたかったのか?
確か……、空を晴れにする力を持ってる女が出るやつ 」
「それ………だな多分 」
さすがに言い間違いを認めて気まずそうに答える蘭丸を、下からニヤニヤと覗きこむ良経。そこに
「あ、アホの子を見る目してるぅ〜! 」
と、その様子を面白がる紫音に対し
「「 なにぃ?!!! 」」
と反応する蘭丸と良経。良経は茶化しの対象では無いはずのに、なぜか同じタイミングで反応していた。
そして2人を怒らせた紫音の近くへ寄る徳磨という、よく見る流れで四つ巴のケンカが始まりそうになった。
「ハイハイみんな! ケンカしないの! 」
お決まりのように仲裁しつつも、気がつけば頭が軽く、気分も晴れやかな自分に気付いた。
あの不調は天候のせいだったのか?
いや………
俺は絶望しかけていたんだ
先の見えない現状を憂いて、脳が世界をシャットアウトしていた。
でも
仲間が自分を引っ張りだして、この空を見せてくれたーーー。
そんなことを考えながら再び天を仰いでいると、紫音が話しかけてきた。
「まひるさん、何でずっと上を見てるの? 」
「うーん、青空ってキレイだし、心を軽くしてくれるからかな 」
「そっかあ〜 」
やや上の空で答えつつも、それが最適解のような気がしていた。
自分たちは今まさに、理不尽の雨に降られ続けている。
屋根も無く、傘も奪われて、いつ晴れるのかもわからない。
不安で蓋をされたような曇天を切り裂いて、どこまでも突き抜けるような解放感に満ちた、この空みたいな気持ちでいるためには………
……仕掛けるしかないのか、こちらから。
「真日瑠……? 」
思い詰めた様子を心配したのか、徳磨が声をかけてくる。
他の3人もこちらの様子を伺っていた。
「……ああ、ちょっと考え事してて、大丈夫だよ 」
こんな晴天の下、胸に浮かんだ昏い考えを口にする気にはならなかったので、
曖昧な笑顔でその場をやり過ごし、その日は今後についての思索を巡らせた。
次の日、アジトを訪れた真日瑠の元へ紫音が駆け寄ってきた。
驚いた事に、昨日まで茶色がかっていた髪がスカイブルーになっていた。
「まひるさん! 最近ずっと天気悪いから、青空みたいにしてみたよ! 」
自分より上背はあるが、まだ幼さの残る表情で笑いかけてくる。
守られることが多い年少の彼だが、自分にできることを探し、考え、実行してくれている。
多分、これから告げることもそうなるだろうーーー。
「ありがとう、俺を元気づけようとしてくれたんだね。
紫音は優しいね。
………なのに、ごめんね 」
そう言われて紫音はきょとんとした。
まひるさんこそ誰より優しいのに、なんで自分に謝ったんだろう?
なんであんなことを言ったんだろう?
その夜、真日瑠は仲間達に計画を伝えた。
DRB決勝トーナメントに進んだチームを襲撃すると。
2nd.DRB終了直後、各チームにまだ疲労が残っており、
かつバトル後の気が緩んでいるであろうタイミングで、
陽動やスマホの電波妨害などを行い、各チームメンバーの行動を切り離し、
一人ひとりを確実に叩いていく作戦だ。
いつになく神妙に話を聞きながら、皆の腹は決まっていた。
彼が太陽に背いて悪魔になるというなら、自分達も
枷を外して、線を切って、螺子を弛めて、
共に堕天しようと。
仲間達に賛同された真日瑠は、口を少し歪ませて静かに微笑む
今も泣き顔のような空からは、ぽろぽろと雫が堕ち続けている
絶対にヤツらを仕留める
決して歩みは止めず
了
【本文中に使用した歌詞の引用元】
TRAIN-TRAIN/ THE BLUE HEARTS
>弱い者たちが夕暮れ さらに弱い者をたたく
Rhyme of Revolt/
ヒプノシスマイク -D.R.B- Rule the Stage (Grateful Cypher All Cast)
(原文)
>ぜってぇヤツを仕留める
>決して歩みは止めず
※本文中では少しアレンジ
【雑記】
時代という理不尽な雨に降られ、傘(マイク)も無いけれど、
彼らなりに抗って生きているーー、というイメージで書きました。
上に記載した引用元、ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」終盤にある
以下の歌詞も、本作のイメージとリンクした感じです。
>土砂降りの痛みの中を 傘もささず走って行く
>嫌らしさも汚らしさも 剥き出しにして走って行く
他にも下記のブルハ曲が、なんかWMっぽさがあるなと個人的に思いました。
よければご査収ください。
〈ブルーハーツでWMっぽさを感じる曲〉
スクラップ
終わらない歌
NO NO NO
未来は僕らの手の中
チェインギャング
街
ロクデナシ
ブルハが合うような気がするあたり、ハチオウジはやはり
「パンク」がコンセプトの1つなのかもしれませんね。
それは音楽やファッションでもあり、アナーキーさでもあり。
(真日瑠のスピーカーもスチームパンクっぽい質感だったので、これも
「パンク」のコンセプトからデザインされたのかもですね。
そしてあのスピーカー、彼らの服についたワッペンのようにも見える。)
タイトルについて、
堕天使の代名詞であるルシファーは「光をもたらす者」とも呼ばれ、
仲間達と共に神へ叛逆したと言われているのですが、
WMの皆にとっては真日瑠は光だろうし、
真日瑠が共に堕ちてくれ(手を汚してくれ)と言ったなら
一緒に行くんだろうなという感じです。
そこからの堕天。
でも多分、真日瑠は凄く優しい人だろうと思うんですよ。
そうじゃなきゃ仲間達からあんなに慕われないだろうと思うので。
優しさゆえに手を汚す決断をしたと思うんですが、本作内では
多分最も年下であろう紫音に対し
「(君はこんないい子なのに、その手を汚す決断をしてしまって)ごめんね 」
と言うに至った感じです。
いろいろ書いてしまいましたが
ここまでお読みいただきありがとうございました!