祭りの灯「はぁ……、どこにも見つからない……。疲れた…………… 」
ひょんなことからアサクサの祭りで福引場のバイトをする羽目になった燐童は、祭り会場や福引場で暴れる仲間を諫めつつも、彼らD4の目的であるダイヤモンドパールが他の福引客に当たってしまわないかの監視もしつつ(とはいえ、福引をしにきたのはほぼ彼の仲間だったが)、最後までバイトの業務に勤しんでいた。
その流れで、福引会場の片付けを終えた後に、こっそりと身を隠して倉庫にしまわれたガラガラの中をずっと探していたのだが、何度見ても肝心の宝石は無く、徒労を感じながら倉庫を後にした所だった。
「……ガラガラの中に残った玉は1つ1つしっかり確認したのに、ダイヤモンドパールは入っていなかった。
どこかで出たのを見落としたのか……? 」
そう独りごちて、近くのベンチに座った。
祭り会場の中心から離れたその場所にも、趣きのあるお囃子の音色や、盆踊りのBGMが微かに流れてくる。
仲間達はまだあの会場にいるだろうか。
数十分前、
福引会場の撤収後は、そこからほど近い広場で盆踊りが行われる……というタイムスケジュールだった。
皆が盆踊りに興じている最中、先ほど倉庫に閉まったガラガラの中を探すため場を抜け出そうとした燐童を、早くも酔っ払いかけている駒形が
「り〜んちゃーん!盆踊り始まるってのにどこ行こうってんだぁい?!
踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らにゃソンソン!だぜぇ〜!! 」
と呼び止め、その誘いをなんだかんだ断りきれなかった燐童は、しばらくアサクサの輪の中で踊ってしまっていた。
そんな彼を仲間が見ていたのか、急に周りがザワつきだし、視線の先を辿ると、盆踊り会場の中心にあるヤグラの上に時空院がヒョイヒョイと駆け上っており、頂上に辿り着いたかと思うと
「だぁ〜〜れっがこっろした♪クック◻︎ーービン♪♪ 」
と歌いながら、手をパンパンと胸の前で叩いた後に、片足で立った状態で身体全体を前方へズッコケるように倒すという、ユーモラスな振り付けで踊りだした。
一瞬戸惑った盆踊りの輪だが、酔っ払いが多いこともあり、すぐに同様の振り付けで踊りはじめた。
「……マサさん、妙に慣れてますね。そのヘンテコな踊り 」
「これなっつかしいなぁ〜! むかーしカンダ・ディビジョンかな? 甚ちゃんと遊びに行ったらアニソン盆踊りってのやってて、そこで一緒に踊ったんだよ確か!! 」
「ハァ?! 甚さんがこんなけったいな盆踊りするわけ……、
ーーーって踊ってる!!
しかも一本足どころか足の親指だけで立って、上体をふか〜く前に倒してるってぇのに、まったく軸がブレてねぇ!!
体幹がつえぇよ甚さんッッ!!!! 」
その甚さんと呼ばれている、場の元締めらしき鬼灯という男は、コミカルながら実は難易度の高いそのポーズを笑顔で決め、近くにいたコーンロウの男に
「ほれ堂庵! こうだこぉ!! 」
と無理矢理振り付けを教え、呼ばれた男はついつられて踊るも、直後にそのポーズのおかしさに気付いたのか、顔を少し赤らめ、少し文句を言ってその場を離れた。
堂庵から少し離れた場所には彼を見守るように、赤毛と金髪の男達がそっと控えていたが、堂庵がつられて奇妙な踊りに興じてしまった瞬間は、赤毛の男は膝を叩いて面白そうに飛び跳ね、金髪の男は
「だぁ〜〜れがこぉろした? モルモットォ〜〜〜〜〜 」
と、謎な替え歌かつ独自の動きで、歌詞も振り付けも否定しながら無表情で踊っていた。
シンプルに怖かった。
燐童の仲間達はというと、有馬は当初、盆踊りの輪を意外と楽しそうに眺めていて、足などは軽く踊りのステップを踏んだりしていたのだが、時空院がヤグラに登って踊りはじめた途端、ケッと呆れたような顔をして喫煙所の方へ去っていった。
クライアントである大蜘蛛は、ヤグラの上の時空院を苦々しく見上げていた。
実は自分があの高い場所に立ちたかったのかもしれない。
そして谷ケ崎は………、一瞬どこにいるのか見失ったほどに、近くの暗がりにじっと佇んで、踊りの輪を見つめていた。
まるで、あの賑やかな輪の中に入る資格が、自分には無いとでも思っているかのように。
そんな様子は少し気にかかったが、鬼灯の所へ3人の学生らしき少年がやってきて、何やらお礼を言っていたり、他の人々もそれぞれお祭りハイとなって場が混沌としてきた隙を見て、燐童はダイヤモンドパールを探しにその場を抜け出したのだった。
祭りの関係者は皆、盆踊り会場に行っていたので、ガラガラの中を調べるのは容易だった。
………が、前述のとおり、ダイヤモンドパールは見つからなかった。
時空院の行動が陽動作戦だったのか、ただの奇行だったのかは不明だが、少なくとも自分は任務を果たせていない。
もう久しく忘れかけていたのに、不意に中王区時代の記憶が蘇った。
ある仕事を偶発的不可避要因で達成できず、それをどう訴えても聞き入れてもらえずに、激しく叱責され、肉体的苦痛を伴う罰を受けた。
それがトラウマとなり、以降は慎重に、確実に、ミスなく汚れ仕事を遂行していた。
今思えば任務をこなして実績を高めても、さらに危険で難易度の高い仕事を任され、挙げ句の果てにトカゲの尻尾切りのごとく捨てられるだけのことだった。
でもやはり、任務に失敗した現状は自責となって燐童に重くのしかかり、仲間の元へ戻るのは気が重かった。
そもそも大口を叩いて出ていったのだから、何かしら責められることは想定されたので、燐童はしばらくの間ベンチにもたれつつ、言い訳をこねくり回していた。
「あーーーッ!! いたいた! どこへ行ってたんだよ燐ちゃんッ!!! 」
不意に自分を呼ぶ大声にビクッとしつつ、声のした方に顔を向けると、先ほどまで福引所で一緒に仕事をしていた、アサクサの影向道四郎が自分の方へ駆け寄ってきた。
「急にいなくなっちまったから探したぜ! 道にでも迷っちまったのかァ?! 」
「……あ〜、ハハ、そんなとこです 」
「見つかって良かったよ!
……ったく、マサさんが『しまった! バイト代渡してない!! 』って急に言い出すから、タダ働きさせちまうかと思って焦ったぜ!!! 」
と言うが早いか、道四郎はポケットから薄い茶封筒を出して燐童の手に握らせた。
「今日はお疲れさまっ!! 燐ちゃんは気が利くから助かったよ!
盆踊りが終わったら打ち上げやるんだが、燐ちゃんも良ければ参加してっくかい?! 」
「あ……、いや僕は、待たせている人が……… 」
そこまで言いかけて、燐童は言い淀んだ。
あいつらが自分のことを待っているかなんて、どうして言い切れる?
「……いや、どうかな。
俺は待たせているつもりでいても、あいつらからすればそうでもないかも……… 」
言葉を詰まらせた燐童を見て、道四郎も何かを察したのか、声のトーンを変えて話しかけてきた。
「……なぁアンタ、もし帰る場所が無いとか、何か大変なことがあるなら、アサクサに来たっていいんだぜ 」
「え……?! 」
「俺も昔、帰る場所が無くて、どこへ行けばいいかわからなくて、野良犬みたいな時期があった。
でも、甚さんが声をかけてくれて、体張ってくれて、居場所を作ってくれた。
あの人達なら大丈夫、腹割って心から話すことができれば、しっかり受け止めてくれっからよ!!! 」
眼を輝かせ、誇らしげに今の居場所の素晴らしさを説く道四郎から少し目を逸らして、燐童は先程までいた祭り会場の方を見つめた。
柔らかいホオズキ色の祭提灯が連なり、活気のある明かりに守られた場所。
もしかしたらそこには、自分が手放した真っ当な人生があり、今、それを手に入れる最後のチャンスが目前にあるのかもしれない。
でも………。
「あの灯りは、俺には眩しすぎるかな 」
燐童が小声で発した呟きに「なんだって?!」と道四郎が聞き返してきたが、それには答えず
「ありがとうございます。
でもあの人たち、僕がいないとダメなんですよ。
だから帰ります! 」
と、今度はハッキリとよく通る声で返した。
道四郎も迷いが消えたその雰囲気を感じ取り
「まっ、もしツラいことがあったらまたアサクサ来いよ!
うちの蕎麦でも食べさせてやるからさっ!! 」
と声をかけ、燐童も
「皆さんにもよろしくお伝えください! 今日はおつかれさまでした!! 」
と、相手につられ威勢よく挨拶して、打ち上げ会場へと戻るのであろう彼を見送った。
茶封筒の中には5億円の5万分の1ほどの給金が入っていた。
半日ほどしか働いていないのに、随分と色を付けてくれたものだ。
心を決めながらも、仲間を急いで探すことはせず、川べりをふわふわと歩きながら、再び遠ざかる祭り会場を眺めた。
あの場所を離れるにつれ、祭り提灯の明かりが鬼火のようにぼんやりと滲み、延々とアサクサを囲っている。
まるで境界線のように。
「……あの内側へ入って、下町で愛想の良い好青年として生きる。
今ならまだ、そんな選択もできるかもしれないぞ、阿久根燐童 」
そんな自分への問いかけが、まるで他人ごとの如くシニカルに響いたので、燐童は暖かみのある灯からすっかり背を向けて、眼前の暗がりへと歩を進めた。
すると、進行方向の薄闇から、すっかり聞き覚えのある三者三様の足音が聞こえてくる。
「燐童 」
向こうも同時に気がついたようで、真ん中の男が声をかけてきた。
いつもは4人の中で最も後ろに構えているのに、今は珍しく先頭に立って、気のせいか少し早足で近寄ってきた。
「……谷ケ崎さん、すみません。ダイヤモンドパールは見つけられてないんです 」
「そんなことより! 」
と大声を発した瞬間、予想外に声を荒げてしまったことを周り以上に本人が驚いたのか、谷ケ崎は言葉を途切らせて
「説明たのむ…… 」
と言って後ろの2人を振り返った。
その様子を面白がってイジろうとする時空院を小突いて、有馬が状況を話しだした。
「クライアントさんの気が変わってよぉ、ダイヤモンドパールはもう要らねえとさ。
5億の方も払えねぇって言われたが、まァこっちから渡すもんもねェし、代わりに別の依頼をもらったわ 」
「今度はアメジストオパールという、中王区内の博物館倉庫にあるシロモノを所望とのことです〜!! 」
「そこそこの準備金も出させたからな。当面の生活もできんだろ 」
そう言いながら有馬が見せてきたカバンの中には、万札の束が4つほど無造作に入っていた。
「……でも、あんなにダイヤモンドパールに執着していたのに? 」
「それはですねぇ、あの祭り会場で私、昔馴染みの研究者と出会ったもので
彼に『ダイヤモンドパールという宝石を偽造できないか』と尋ねてみたのです。
そうしたら、中々面白い話が聞けたんですよ〜!! 」
続けて時空院が説明した内容によると、蛇穴という昔馴染みの男から
ダイヤモンドパールとはいわく付きの宝石だと教えられたらしい。
「………あの石はレアメタルとして貴重だが、所持しようとは思わんな。
『人の真性を反射する輝石』として我々の界隈では知られている、妙なシロモノだ 」
「なぁーぜ、そのように言われているのですかぁ〜? 」
「元は海外の寺院にあった物らしいが、『善なる者には善の加護を、悪しき者には悪しき因果を返す』と伝えられ、実際、盗難者や欲に塗れた購入者の手に渡った途端、持ち主は変死や事故に遭っているのだ 」
「貴方は科学者なのに、そのような謂れを信じるので?! 」
「非科学的と思われる事象の裏には論理が潜んでいることもある。鉱物の中には放射線などを放つ物質もあるからな……。
確率論で考えるとおかしい変死が起きているうえに、迷信レベルではその真実を調べる労力もかかり、何より俺の分野外。
結論、協力はできんということだ 」
「……という、蛇穴サンに聞いた話を少し大げさに脚色して、あのクライアントサーンに伝えたのですよ 」
「聞いた途端にアイツ、ちょっと考えて
今回の依頼はキャンセル。別の宝石を盗んで来い! ……だとさ。
綺麗事ばかりほざく教祖のくせに、『善なる者には善の加護を、悪しき者には悪しき因果を返す』の後者だとゲロったようなもんだよなぁ〜! 」
最後の方は含み笑いを浮かべて有馬も状況を説明しつつ、
「つーワケで次だ次! 今度は中王区内に潜入する必要があるからな。とっとと終わらせてあのヤロウと縁切るぞ!! 」
と、今回の失態を無かったことにでもしたいのか、やたら前向きに新たな依頼へと話題を切り替えた。
「状況は理解しました。切り替えて対応していきましょう!
……ただ、先ほど谷ケ崎さんが『そんなことより!!』って言ったのは、依頼のことでいいんでしょうか? 」
そう燐童が聞いた途端、説明を丸投げして3人の会話を聞いていた谷ケ崎が、一瞬バツが悪そうな顔をして、下を向いて前髪で顔を隠した。
「………いや、あれは別に 」
「伊吹〜〜!言いたいことは素直に言ってしまった方がラクですよぉ〜〜!?
恥ずかしくて言えないなら、私が二人羽織で阿久根クンに伝えて差しあげましょうか〜〜ぁ??! 」
などとウザ絡みをしつつ、後ろから谷ケ崎に覆い被さってフードを深めに被り、本当に二人羽織が始まってしまいそうな体勢になったり、そんな時空院に谷ケ崎が裏拳をくらわせたりと、2人がグダグダやっていると
「オマエ、バイトのマネ上手すぎたんだよ。
……いや、あの場はアレで良かったんだけどさ 」
と、耐えかねた有馬が燐童に伝えた。
「谷ケ崎のヤツ、『俺はパワハラってやつをしてしまったかもしれない……。』とかワケわかんねぇことほざいてたぜ。
つまり、オマエがチーム抜けてアサクサに行っちまうかもって、不安になったんじゃねェの? 」
「有馬ァーーー!!!!! 」
珍しく大声を出し、有馬の口を止めるべく谷ケ崎が駆け寄ろうとするが、まだ二人羽織を諦めてない時空院に羽交い締めされ、近寄れずバタバタと暴れていた。
「ハァ、早くあのバカ達を止めてくれや。面倒クセェ…… 」
なんだかんだ有馬も燐童が戻ったことを安心してはいたのだが、それを悟られないように顔を背け、煙草に火をつけた。
燐童はそんな様子を見ながら、
(やれやれ、まだコイツらには苦労させられそうだな……。)
などと思いつつ、仲間へと声をかけた。
「皆さんホント、僕がいないとダメですねぇ 」
了