D4ぶらり旅 ヨコハマディビジョン編 四 ヨコハマディビジョン
「海見ましょう、海。」
次の目的地を決めようとした時に急に時空院が言い出した。
「寒いのに海とか正気の沙汰とは思えません。泳ぐんですか。」
燐童は怪訝そうな顔をする。言い出しっぺの時空院は言うだけ言って知らん顔。なんの返事もせずに瓶の中に謎の液体を注入中。
少し暖かくなってはきたが海辺の風はまだ多分相当冷たいだろう。
「は?海は海岸で花火だろ。夏も冬も関係ねぇよ。」
「花火……子供の頃兄さんとたまにやったな。」
有馬も谷ケ崎も少しワクワクしたような笑みを浮かべている。
瓶の中へ慎重に液体を注入し終わると「決まりですね」と瓶の蓋を閉める。
「何も決まってないですよ。」
「おや、燐童くんは花火には興味がないようですね。でも見て下さい。こっちの二人はもう頭の中『真夜中花火大会』で盛り上がっていますよ。」
有馬は夜の海での花火の話を谷ケ崎に聞かせている。しょっぼい打ち上げ花火セットを浜に並べて連続点火してテンション上げる爆竹鳴らしてると誰かが通報すんだよなあなんて呑気に話しているが警察が来たらそれこそ全速力で逃げなきゃいけなくなるじゃないかと燐童は全然乗り気じゃない。
「燐童、花火嫌いか?」
谷ケ崎が燐童に尋ねる。花火が嫌いなわけでも海が見たくないわけでもない。
「最初っから治安悪いとこ行きゃ俺らなんか紛れちまうんじゃねえか?なあ。」
「治安の悪い海ですか?」
「海もあって大暴れしてもへーきそうなディビジョン……」
「「「あ。」」」
デスペラード三人が同時に思いついたように声を上げた。もちろん燐童もわかってはいる。
「行きませんよ。」
「なんでだよ。ヨコハマなら庭みたいなもんだ。サツなんかに捕まんねえだろ。」
「そうですね。私もヨコハマの地理にはそこそこ明るいですよ。」
「俺はヨコハマはあんまり知らないけど二人がこう言ってんだし大丈夫じゃないのか。」
能天気共に燐童はイライラしながら
「ヨコハマには碧棺左馬刻がいます。今はMAD TRIGGER CREWを結成していて構成員は警官と元軍人ですよ。」
と苛つきながらも冷静に言ったのだがそれがどうしたと一蹴されてしまった。しかも「車をどっかで調達しよう」と盛り上がっている。そんな事したら面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。
「ダメですよ!脱獄自体が無駄になるでしょう‼︎」
興奮して少し声高になる。谷ケ崎が周りをキョロキョロ見回す。幸い誰もこちらを気にしてはいない。
「燐童うるせ。」
「そんな事おっきな声で言う事じゃありませんよ。」
時空院は口元に人差し指を立てる。燐童は失態を指摘され面白くなさそうに「勝手にしたらいいじゃないですか」と言い放つ。
「まず車を調達したい。燐童、いい方法ないか。」
谷ケ崎がぶーたれている燐童に真剣に持ちかける。しかたないですねと言いながら有馬に廃車の積んでありそうな所を聞く。そしてその周辺のゴロツキの情報を調べその廃車を管理している奴等からそれを奪いその後の逃走ルートを擦り合わせる。
有馬と谷ケ崎にゴロツキの相手をさせ、動く廃車を奪ったら二人を回収して逃走という算段。
ヘラヘラしていたはずの三人は燐童の周りに集まり次々と意見を述べる。悪事を計画する時の嬉々とした表情を浮かべデスペラード達の悪脳が冴える。こういう時の団結力だけは固く結ばれる。大まかな作戦を綿密に練り実行可能にしていく。
「じゃ、偵察してくるわ。谷ケ崎、来い。」
有馬が谷ケ崎を指名する。
「っす。」
ヨコハマの街は数年でガラッと様変わりしたように見えた。しかし裏路地に入れば見慣れた光景がまだ広がっている。
「変わったように見えても変わんねえもんだな。」
「情報収集なら燐童の方が長けているだろ。なんで俺なんだ。」
「?アイツの格好はこの辺じゃ目立つ。」
「別に絡まれても平気だろ。」
「絡まれたら面倒だろ。」
「そうか。」
「ま、他所モンに見えるだけでも絡まれっからな。おら、お出ましだ。」
柄の悪そうな輩がにやにやと近づいてくる。
「わかったぞ。」
埃だらけになって二人が帰還。
「何やってきたんですか。」
「伊吹、ほっぺた血がついてますよ。」
「嘘だ。今日はケンカはしてない。マイクでちょっと遊んでやっただけだ。」
「マイク、使ったんですか⁉︎」
「……ああ。」
「あーあ。谷ケ崎なんで言っちゃうんだよ。」
「なんかまずかったのか。」
「ヨコハマ署はマイク検挙をなんだか知らないけど躍起になってやってるんですよ。」
「変わってんな。」
「僕らのマイクは戦乱期の産物ですからね。摘発されると厄介なんですよ。」
「そうなのか?」
「そうですよ。あ、有馬くんのはそんなに珍しくないですけど。」
「そうかよ!」
「冗談ですよ。以前は政府がばら撒いてましたよね。ですが今は政府が管理しているマイクしか出回ってないんです。そしてばら撒いていたマイクを警察への報酬を厚くして全回収に精を出しているんですよ。ヨソモンが持ってるってリークする奴もいますからね。そうじゃなくても古く珍しいモノは高く売買しています。あ、私のは軍製ですので貴重品ですよ。」
「軍のヤツ強力ですよね。」
「頭おかしいヤツしか使えねえんだろ、きっと。」
「では有馬くんにも使いこなせそうですね。」
「?」
「まあ、燐童くんのも出どころ的に厄介な仕様でしょうけど。」
「まあ、希少価値はあると思いますよ。僕のも一応プロトタイプですし。」
「丞武と燐童のは特別なのか。俺のは兄さんが拾ってきたやつだな。」
「俺のも誰かから奪ったヤツだからなんだかわかんねえな。」
「なんにせよ回収したいのは変わらないですよ。山田一郎や碧棺左馬刻が持ってるのと変わりませんしね。」
「つってもいつ作ったとかわかんのか?」
「どこかにナンバーが振ってありますよ。」
「ねえぞ。」
マイクの隅まで見るがなにも刻まれてはいない。
「だからどこかにです。ばら撒いたやつはその番号で争いが起きないように見た目は全て一緒なんですよ。バカはなんでも1番が好きですからね。そうでしょう有馬くん。」
「は?なんで俺に振るんだよ。」
「今政府から支給されるマイクにはナンバー刻印が付いています。所有者ももちろん把握しています。出力等はわかりませんがバトルを見るにほとんど変わらないんでしょうね。」
「女共は支配が好きだな。」
「そうですね。それより車の情報を聞かせて下さい。」
有馬と谷ケ崎は今日仕入れてきた情報を留守番の二人に話す。共有された情報の中に気になる事が二つ。
まず廃車売買に火貂組の息がかかっていそうな事。そして今回のマイク騒動。
「詰んでねえか、これ。」
「だから、ヨコハマに来たらこうなるって予想してましたよね。」
「頭悪そうでしたし、お久しぶりなのでもう忘れてるんじゃないですか。」
「自分の腹に穴開けたヤツ忘れるか。」
「開けたのは有馬くんですよ。」
「いや、あれは碧棺左馬刻が勝手に当たって来たんだろ。」
「どうでもいいですよ。こんなアクの強い三人忘れるわけないでしょ。」
「なんで燐童は違うみたいな言い方してるんだ。」
「いつも僕だけは違いますよって顔してますよね。」
「なんならお前が一番タチが悪ぃからな。」
グダグダ言いながら地図を広げ作戦のメモに修正を加えていく。廃車売買には火貂組がといっても下っ端のシノギらしいから左馬刻が出てくるとは限らない。出てきたら闘えばいい。ポリに関してはそのへんの雑魚警官が束になってかかってきたところでどうせ相手にならない。監獄統治をする看守の方がその辺の警官より精神力もスキルも上のはずだがそいつらでさえも相手にならなかったのだから。
「あとは運だな。」
「面白い話を耳にしたぞ。」
そう切り出したのは毒島メイソン理鶯だ。理鶯は買い出しの途中でゴロツキ共が倒れていた所に遭遇した。苦しそうにしていたので介抱しながら話を聞くと見た事のない二人組にマイクでやられたと言っていた。
「ほう。マイクですか。」
入間銃兎の興味を引くマイク騒動。これでまた点数稼ぎができるとでも思っているのだろう。
「そいつらどこの奴らなんだ。」
「倒れていた奴らは裏路地の奥で車を直している奴等だった。相手には見覚えが無いと言っていた。」
「車だあ?どこの路地奥だよ。……そりゃうちの系列のとこだな。」
「左馬刻の知り合いか。大事はなかったぞ。安心しろ。」
「どうでもいいわ、そんな奴ら。弱ぇのは自分が悪ぃんだからよ。それよりそいつらをやった奴等を知りてぇな。」
「それは分かりかねるがその界隈に恐怖心はないのだろうな。ゴロツキの容姿はいかにもだ。あれに絡まれたら普通は逃げてしまうだろうからな。」
「相手もヤクザってことか。」
「しかしこの辺の奴等なら顔くらい知ってるだろう。組の名前とかは言ってなかったんですか?」
理鶯は横に首を振る。
「荒らしに来やがったってことか。そりゃ面白え。」
左馬刻は楽しそうな笑みを浮かべる。
「着きましたね。」
「中にいるのは談話室のテレビで見た人達ですね。」
「負けてたけどな。」
「碧棺左馬刻か。」
ゴロツキのアジトを窺う四人。事務所の中にはこの間のラップバトル中継で見たばかりのMTCの姿がある。
「作戦は変更ですね。強行突破は骨が折れそうです。どうします?一台いただけるか聞いてきます?」
「まあどうせなら正面から行くか。」
時空院と有馬はワクワクしたような声を出す。谷ケ崎は声こそ出さないが早く行こうとソワソワしていて三人の様子に燐童は呆れながら「仕方ないですね」とまるで自分は乗り気じゃないような素振りだが、手にはめているマイクをいつでも起動できるよう撫でている。
正攻法でご挨拶ということでちゃんと呼び鈴を鳴らそうと思っていたのにそんなものはついているはずもなく結局四人はドアの前で「……蹴りますか。」と勢いよく蹴破る。
「あなた方、ドアはドアノブを回せば開くんですよ。」
という言葉とともにマイクの起動音が部屋中に響く。
しかしデスペラード達はニヤニヤしているだけでマイクを構えようとはしない。
「僕達は交渉にきたので。」
燐童がそう言って左馬刻の方へ歩み寄る。
「……時空院殿?」
理鶯が小さく呟くのを左馬刻は聞き逃してはいない。ただ聞こえている素振りもしない。
「何の用だ。お前らムショにブチ込まれてるはずだろ。」
と左馬刻が切り出す。銃兎はマイクを切り理鶯の横に立ち「左馬刻の知り合いですか」と独りごちる。理鶯は微動だにしない。
「おや、覚えているんですね。」
「当たり前だ。ヒトの腹に風穴開けた相手なんか忘れるわきゃねえだろ。」
「ほら覚えてた」「意外ですね、頭悪そうなのに」「そりゃそうだろ」と燐童の後ろでぼそぼそと盛り上がっている。
左馬刻はチッと舌打ちして
「何しにきやがった。ヤんなら手加減はねえ。」
頭に血が昇りつつある左馬刻に燐童がニヤッとしながら
「僕らも力づくの争いばかりをするのが得策じゃないって数年前に学んだんですよ。交渉に来たって言いましたよね。」
「交渉だあ?」
「ええ。」
「何が望みだ。」
「ここに居るんですからわかるでしょう。車を下さい。」
そう言った所で理鶯の隣で四人をじっと観察していた銃兎が「お前らアサヒカワの指名手配犯か⁉︎」とタイミングを考えず大きな声で叫ぶ。
「銃兎、うるせえ。」
「左馬刻、逮捕しよう。今すぐだ。」
銃兎は獲物を前に待てをさせられた猟犬のように興奮している。「点数稼ぎ」のできる絶好のチャンスだ。
「あーこいつそういえばおまわりか。」「そうだな。スーツ着てるからつい忘れるな。制服着てろよ。」「悪徳警官と名高いらしいので私達と同類でしょう。」
燐童の後ろではしょうもない会話が広がっているが交渉は続く。
「我々は車が欲しいんです。」
「車?んでんなもんがいるんだ。」
「電車に飽きたからです。それに車の方がいろんなところに行けますし。」
「銃兎の言う通り指名手配されて逃げ回ってんのか。」
「まあ、そこに警察の方もおりますし、捕まりたくはないんですけどね。」
「面白え。車はくれてやるけどちょっと遊んでくれよ。」
左馬刻言葉に銃兎は「何言ってるんだ‼︎」と左馬刻の肩を掴み食ってかかるが左馬刻は銃兎の手を振り払うとマイクを構える。
「有馬さんリベンジできそうですよ。やりますか?」
「そうだな。」
有馬がマイクを取り出す。
「拳銃なしで大丈夫かよ。」
「持ってはいるがな。お前とやんのに必要ねえだろ‼︎」
とブォンと起動する。左馬刻もマイクを懐から出して起動する。
「おお、スピーカー出てくんのか。」
以前は出現しなかったはずだ。左馬刻の口角が上がる。強くなった卑怯者がどれだけの腕前になったのか。
「クッ……」
「……フゥ……フゥ……」
互いの攻撃を受けるたびに二人の目はギラギラと激っていく。互いの力は均衡していて終わりは見えない。
「「ウォー‼︎まだだ‼︎」」
「あれ、いつまでやるんですかね。」
「終わるまでだろ。」
燐童はなかなか勝負のつかない勝負を呆れながら見ていた。眼前に繰り広げられているのは死闘のようなガチバトルに見えるが命懸けではないバトルはスポーツくらいにしか思わない燐童はポケットからチョコレートを出し谷ケ崎に渡しながら観戦を完全に楽しみ始めた。
「あ、そこの軍服の人、車用意してくださいよ。あ、私も元々は軍人なんですよ。」
時空院は笑みを浮かべながら理鶯に緊張感なく話しかける。理鶯は綺麗な敬礼をする。
「あ、そういうのいらないですから。車、用意してください。」
ヘラヘラしているが目の奥に鋭さを湛えている。その圧に理鶯が珍しく服従させられそうになったところに「まだ勝負は決まってませんよ」と銃兎が割って入る。
「あれは昔馴染みが遊んでいるだけですよ。あなた、さっきからイライラしてますね、コレ差し上げましょうか。」
と薄く茶色に色づいた液体の入った小さなガラス瓶を差し出す。
「なんですか、それ。」
「これはメープルシロップです。香り高く甘さも格別です。」
銃兎は首を捻る。
「丞武、もったいないからやめとけ。」
と谷ケ崎が時空院から瓶を取り上げる。均衡状態のバトルがつまらなくなったのか横から燐童も口を挟む。
「ヤクザも警官もヒマなんですね。」
「なんだと!」
「我々は出来れば早めに次の地に行きたいんですよ。」
燐童が煽り始める。バトルは続いているが二人の目はギラギラしているものの完全に最初の目的は忘れ単純に楽しんでいるから終わる気配すらない。
「仕方ありませんね。理鶯、車の用意をしましょう。どうせあのバカは飽きるまであのままでしょうし。」
「うむ。銃兎はそれでいいのか。」
「正直惜しいですがここで私が捕物をしたら左馬刻がうるさいでしょう。あいつを黙らせる方が骨が折れるんですよ。点数稼ぎは他でもできますから。」
「まあ、そうだな。」
そう言うと銃兎と理鶯は建物の外へ出て行く。
「俺も行ってくる。」
二人の後ろを谷ケ崎が追う。
「伊吹は何しに行ったんですかね。」
「谷ケ崎さん車好きなんじゃないですか。あ、チョコレートいりますか、時空院さん。」
「はい。いただきます……カカオ80%ですか。」
「美味しいですよ。」
屋内とは思えないほどの爆音が何度も起こる。音の振動もハンパじゃない。ホッタテゴヤは悲鳴をあげている。車を用意して来た三人が戻ってもまだ続いていた。
左馬刻と有馬はお互い膝をつく。精神は擦り切れる寸前だ。お互い睨み合いもうひと勝負で決着がつくというタイミングで銃兎がリリックを一発かましアビリティを発動させる。二人の動きが止まる。
「左馬刻、いい加減にしろ‼︎」
「有馬さん、時間かかり過ぎです。」
とハアハアと荒い息を吐く二人にそれぞれが近寄る。
「「うるせえ‼︎あと一発で決まりだったろ‼︎邪魔すんじゃねえ‼︎」」
二人して同じ事を叫ぶ。
仲良しじゃねえか
当人達以外全員が同じ感想を思い浮かべていた。
「車もいただいたことですし次の目的地を決めましょう。」
「は?花火だろ。」
「花火。」
「え?」
「海で花火だろ。」
燐童の提案に谷ケ崎と有馬が二人で反論する。花火、花火と騒いでいてまるで子供だ。
「海岸で花火がしたいからってヨコハマに来たんですよ、忘れたんですか燐童くん。」
時空院はニヤッと笑う。
「わかりましたよ。花火を買いに行きましょう……捕まっても知りませんからね。」
「この時期ありますかね?」
「さあな。買いに行けばわかるだろ。」
「なかったら簡易爆弾でも投げればそれなりにキレイだろ。」
「は?馬鹿なんですか。捕まりますよ。」
「そんときゃ逃げりゃいいだけだ。カンタンだろ。な、谷ケ崎。」
「そうだな。逃げんのは得意だ。」
その言葉に燐童は「はあーっ」と大きな溜息を吐く。
「おやおや燐童くん、そんな大きな溜息ついちゃ幸せが逃げちゃいますよ。」
時空院が燐童を揶揄うように覗き込む。
こんな脱獄生活に幸せもクソもないと思いつつ花火をしながら童心にかえるのも悪くらないのかもと思い直す。
旅はつづく