死者への杯「伊吹、一杯いかがですか。ホットウイスキーですが 」
「お前が酒なんて珍しいな 」
「本日は『死者の日』、この日現世に戻った死者の魂は、大気に立ち昇る酒精を堪能できるらしいですよ 」
「そうか……、一杯もらう 」
琥珀色の液体が入ったサーモカップを、谷ケ崎はしばし空中で回し、立ち昇る湯気を燻らせた。
「ウイスキーは兄さんと一緒に呑んだことなかったな。安酒ばかりで…… 」
「ホットウイスキーにはハチミツを入れても美味しいですよ 」
「じゃあもらう。丞武、お前も一緒に呑みたいヤツがいるのか? 」
「酒を酌み交わした相手、酌み交わしたかった人、数多が世界の大気となってしまいましたね 」
温かい酒は恐ろしい速さで回る。広がる酒気の向こうに懐かしい顔が見えた気がして
思わずカップを掲げると、ヌッ、グラスを持った時空院が覗き込んできた。
「乾杯をしていなかったですからねぇ。いや今日は献杯ですか 」
言われてカップを近づけると、「伊吹、献杯では杯を当てないのです 」と嗜められた。
胸の前で互いに器を軽く掲げ、あらためて口にした酒は
甘くて苦く、そして胸を灼くような熱さだった。