D4ぶらり旅 ナゴヤディビジョン編三 ナゴヤディビジョン
「ここは餡子天国ですよ。」
目についた喫茶店に入りモーニングを頼めば山盛りの餡子の乗ったトーストが運ばれてきて時空院が目を輝かせている。
「うざ。俺コーヒーだけでいい。谷ケ崎、お前これ食え。」
「……っす。」
「有馬さんはワガママですねえ。」
「テメエは小せえからいっぱい食えよ。」
「は?何言ってるんですかね⁉︎」
「聞こえねえのかよ。いっぱい食べて大きくなれって言ってんだよ。」
「やめましょう、有馬くん。あ、燐童くん、卵は良質のタンパク質なので成長にはもってこいですよ。」
「僕はもう立派なオ・ト・ナなのでこれ以上の成長は望んでませんよ‼︎成長なら年齢的に谷ケ崎さ……」
「俺はお前よりでかい。」
「クッ……ま、まあ、そうですね。」
「はーい。静かに食べましょうね、燐童くん。すみませーん。ガムシロップ追加お願いしまーす。」
アイスコーヒーについてくるガムシロップのおかわりを要求。すでにコーヒーはほとんど入っていない。
「もう、入ってないだろ。」
「え?イヤですね、コーヒーの口直しにここにガムシロップを入れて満たすんですよ。でもコーヒーを残しておかないとガムシロップ持ってきてくれないお店が多いので少しだけ残して、ガムシロップ持ってきてくれたら飲み干してからガムシロップだけをいただくんです。苦味からの甘さは最高に美味ですよ。」
「わからねえ。」
有馬は得意げに話す時空院から顔を背ける。朝からゲロ甘を摂取するのを想像するだけでこっちは吐き気がするとでも言いたげな態度だ。
(うるせえ客がいるな。)
弁護士事務所近くのこの喫茶店で毎日モーニングに寄るのが日課の天国獄は新聞紙越しにチラリと声のする方を見る。
どこをどう見ても柄の悪い四人の男達。見覚えはあるが堂々とこんなところで飯を食って騒いでいていい輩ではない。
記憶が正しければ指名手配の脱獄犯だ。一銭の得にもならないから別に通報したりもしないが、少々迷惑だと静かに思っているところに
カラン
と店のドアが開いたと同時に
「うわーん!獄さーん!助けてくださーい‼︎」
「待ちやがれ十四‼︎まだ修行の途中だろーが‼︎」
と二人のガキどもが獄の元に駆け寄ってくる。
「十四、落ち着け。泣くな。おい、空却何した。」
静かな店内でワーワーと騒ぐ波羅夷空却と四十物十四を一旦自分の席に座らせる。常連達は「やれやれいつものか」と温かい目で見てくれているが今日は少し厄介な客も紛れている。
「波羅夷……」
谷ケ崎の目の色が変わる。あの赤髪にチビで生意気そうな面。間違いなく山田一郎と組んでいた波羅夷空却だ。
「伊吹、どうしました?」
「ブッ飛ばす。」
頭に血がのぼりガタッと急に立ち上がる。
「あ?わけわかんねーからとりあえず座れよ。」
有馬は立ち上がった谷ケ崎に向かって「説明しろ」と言う。
「あれは山田一郎の子分だ。取り立てとかはあんまりしてなかったようだが、陣取りの時は必ず一緒んなってヒプノシスマイクで嬉々として制圧してた奴だ。Naughty Bustersとかいうチームだったと思う。」
「フフッ、子分。」
「なんだよ、燐童も知ってんのか。」
「そうですね。」
「子分なら山田一郎よりは弱いかも知れませんねえ。なんせ小さいですし。」
「ばーか。焚き付けんな。」
安い煽りを時空院が囁けば止める気もない制止をする有馬。
立ち上がった瞬間にガタッと椅子が鳴る。その音に獄の目がギロっと男達に向くのを谷ケ崎以外の三人は気が付きながらも「いってらっしゃーい」とふざけて送り出す。
「波羅夷空却、表に出ろ。」
谷ケ崎は頭に血が昇りながらも店内をめちゃくちゃにする気はない。空却は谷ケ崎から視線を外す事なく「拙僧はお前に用はねえよ」と軽くいなす。
「フッ。山田一郎の腰巾着はとんだ臆病者だな。」
谷ケ崎が鼻で笑う。
「一郎?腰巾着…………だーれが腰巾着だ‼︎」
「誰ってお前しかいないだろ。大方山田一郎の後輩かなんかなんだろ。小せえくせにイキってやがったもんなあ‼︎」
谷ケ崎の『一郎のオマケ』『後輩』『小さい』全て地雷ワードの空却は「そいつは我慢ならねえなあ‼︎」と立ち上がりテーブルの上に足をガンッと乗せようとしたところで
「なあお前、ちょっとオイタが過ぎるな。」
と先に獄が立ち上がり谷ヶ崎に鋭い眼光を向ける。同時に振り上げていた空却の足をバシッと叩き床に降ろさせる。
十四は事の成り行きが分からずただオロオロしている。
「あーあ。邪魔が入っちゃいましたね。」
「そりゃそうだろ。こんなとこでケンカ吹っかけるとか馬鹿だろ。」
「煽っといてそんな言い方ないんじゃないですか、有馬さん。」
三人はにやにやしながら眺めている。
「ここじゃ迷惑になるから外に出るぞ。十四、お前も来い。それからおい!そこのお前らもだ。」
獄はレジに一万円札を一枚レジに置いて「騒いで済まないな。」と店員に一礼して全員を外に連れ出した。駅前の広場まで七人で来たものの獄は時計を見ると就業時間が近い。
「さて。ま、あとは好きにやれ。俺は仕事に行く。十四はどうする。」
「じ、自分すか?自分は……あの、空却さんと修行中だったんで空却さんが終わるまで待ってます。」
悪ぃなと十四に言い残し雑踏の中に消えていく獄。
一方、空却と谷ケ崎は睨み合っているが人通りの多い駅前で流石にヒプノシスマイクを使うわけにはいかない。喧嘩をするにも獄のチャチャが入ったことで勢いが失われてしまった。しかし互いに引くに引けない。
「伊吹止まったままですね。」
「ありゃあもう引っ込みつかねえだけだろ。」
「仕方ないですねえ。」
呆れ顔で谷ケ崎と空却の様子を見ている三人に十四が意を決して話しかける。
「そなたらは我がマスターをなにゆえ暗黒に導こうとするのだ。」
「は?なんだ?」
「我がマスターは眇眇たるなりなれど精神は巨神の如く強い。そなたらに勝機がもたらされることはない。」
「面白い子供ですね。」
「何言ってるんです。バカにされてますよ僕達。」
谷ケ崎と睨み合っていた空却の視線の先にぼんやり十四が他の奴らに囲まれるのが見える。
「ふう。一郎は拙僧の相棒だった。立場は対等だ。覚えとけ。てめえはなにが気に食わねえんだ。こっちから言うことはもうねえがな。」
空却は谷ケ崎に視線の圧を強める。谷ケ崎の目も死んじゃいないがこいつとのタイマンより今は十四救出のほうが先決だ。
「いや。」
谷ケ崎は空却の不動明王の火焔のような怒気を察知する。ここで何を言ってもコイツの耳には届かないと判断した。
「じゃあな。」
そう言うと十四を囲む柄の悪い三人の元へ向かう。
「我がマスターはその身こそ小さきなれど心根はとても深く群れの王として君臨するに足る素晴らしき暴君。」
「なんだよ、暴君て。」
「いいこと言ってんのかそうじゃないのかわからないですね。」
「リーダーのことちょっとバカにしてんじゃないですか。」
十四の言葉が面白くて三人は興味深そうに聞いている。十四は真ん中で片手を天高く挙げ空却の褒め言葉(?)を高らかに説いているだけだ。その光景に空却はイラッとする。絡まれて大変なことになっていると勘違いしたのは自分だが、十四が弱すぎるからその勘違いも生まれるんだと思い直し気持ちよさそうに演説している十四の背中をゲシっと思い切り蹴飛ばす。十四の前にいた三人はサッと避ける。
「イッ……たいじゃないですか空却さん。」
前のめりになって跪き涙目で空却にくってかかる。
「何してんだ十四。」
「え?空却さんの凄さをみんなにわかってもらってたっす。この人たちちゃんと聞いてくれていい人たちですよ。」
「なーに言ってんだ。どう見てもいい人なわけねーだろ。ま、でも十四の相手をしてくれたのは助かったわ。」
「うちのリーダーとの話は終わったんですか?」
「……まあな。拙僧の意を汲んでくれたみたいだからな。拙僧らは修行の途中だからそろそろ行くな。おら!十四!寺まで競争‼︎」
空却が言い逃げの如くダッシュし始める。
「て、寺⁈何キロあるんすか……あ、待ってくださいよお!」
十四は軽く頭を下げて空却を追いかけた。
谷ケ崎は様子を見ているだけで寄っては来なかった。そんな谷ケ崎の元に三人が歩み寄り
「谷ケ崎さん結局何もしなかったですね。」
「コイツはビビりなんだよ!いっつも変なことで気ぃ抜きやがる。」
「伊吹は状況判断ができる優しい子なんです。有馬くんみたいに後先考えないで行動するより全然いいですよ。」
「⁉︎」
波羅夷空却は陣取りはしていたが取り立てをしていたわけではない。山田一郎も好きでやっていたわけではなさそうだった。兄貴の命が短くなったのは自分で追い詰められる事をしたからだ。あんな時代を生きてきた一郎の目も空却の目も曇っていなかった。やはり自分も未来を憂うことはないかもしれない。しっかり罪を償うのも大事な事だ。ここはリーダーらしくしようと意を決する。
「刑務所にもど……」
「戻らないですよ。ほんと谷ケ崎さんはすぐ絆されますね。」
「せっかく出たんだしな。」
「伊吹、優しいのと甘ちゃんは違いますからね。」
「僕らはたまたま刑務所に入れられただけです。悪い事はそんなにしてません。」
「だな。あの頃捕まったのは運が悪かったからだしな。」
「そうですか?有馬くんは悪い事し放題で捕まったんでしょう。」
「ちげえわ!多少は悪さもしたけどな。」
「私も気づいたら刑務所にいましたしね。」
「まあ時空院さんはナチュラルに刑務所にいておかしくないですからね。」
自分を信じて突き進んだ挙句理不尽に警察に捕まっただけの四人。更生する気などさらさらないのは今も自分の正義を信じているからかもしれない。
「多分罪状は谷ケ崎さんが一番ヘッポコなんじゃないですか?」
「じゃあ俺は単に運が悪かったってことだな。政治犯は捕まるして捕まったんだろうからな。」
「政治犯!」
「ハハッ。ちげえねえな。」
どんな罪でも男が犯せば大罪になる世の中だ。罪状なんか関係なくぶち込まれて裁く気もなく刑務所で一生を終えていたかもしれない。
こんな面白い外の世界にせっかく出たんだ捕まるまで楽しんで行こう。