寒い日の待ち合わせぼんやりと遠くを見つめていたシマボシは、目的の人物を見つけるとほんの少しだけ表情が柔らかくなった。
「お待たせしました!」
おそらく会社から駆け足で来たのであろう、少しだけ息を弾ませたウォロが到着すると、彼女はお疲れさまと労いの声をかける。
「こんな外じゃなくて、中に入って待ってていいんですよ?」
シマボシが立っていたのは、駅ビルから外に三メートル程出た所だった。
今晩は気温が急激に下がって、生半可な防寒着では用をなさないくらいである。寒さに弱い彼女がわざわざ外で立っていた事に、ウォロは違和感を感じていた。
「今日は、人が多くて…」
ウォロは彼女の後方、改札と一体化している駅ビルの方に視線を移動させる。
「ふむ」
週末だけあって、普段よりも多くの人が待ち合わせのために立っていた。シマボシの背は低くはないが飛び抜けて高いわけでもないので、この人混みの中では埋もれてしまう可能性は高い。
「……もしかして、ジブンが早くシマボシさんを見つけられるように、外で待っていてくれたんですか?」
ウォロがそう言うと、彼女は耳まで真っ赤にしてぷいとそっぽを向く。
「……待ち合わせしたキミと早く合流しないと、帰れないしご飯が食べられないじゃないか」
モゴモゴと、それでいて早口で当たり障りの無い理由を捲し立てるのはシマボシが誤魔化そうとしている時のクセだ。
ウォロに早く会いたかった、という何よりの証拠。
「お気遣い、ありがとうございます」
自分と会いたいと思ってもらえた事が嬉しくて、ウォロの口許がだらしなく緩む。今の彼の表情は、彼女にデレデレになっている男そのものだった。
「たいしたことでは………くちゅっ!」
シマボシは言いかけてくしゃみをしてしまう。そのまま自分の肩を抱いて、小さく震えた。
「すみません、冷えちゃいましたね……よかったら、この中に入ります?」
少々浮かれていたウォロは、自分が着ていたトレンチコートのボタンを外すと、彼女の身体が収まる程度に前身頃を広げる。
こういう事をするとシマボシは『人目があるのにふざけるな』とか『恥ずかしいだろう』と言われて終わってしまうのだが、今日は違った。
「うむ」
小さく頷いた彼女は、ウォロの腕の中に収まった。
「え」
シマボシは両腕を彼の背に回し、そっと身体を押し付ける。
「……温かいな」
「え、あ、さ、さっきまで走ってきましたからね」
若干声が上ずってしまったが、どうにか返答するウォロ。
普段は、どこで誰が見るか分からないからと言って手すら繋いでくれない時も多々あるのに、こういう不意打ちをしてくるのだからタチが悪い。
「……ホント、そういう所が……」
「何か言ったか?」
しがみついたまま顔を上げたシマボシの唇に口づけたい衝動をなんとか抑え、ウォロはぎゅっと彼女を抱き締めた。
「今日はカレーライスに、ハンバーグ二つ乗せてあげますね」
「本当か⁉」
普段は一つしか乗せてもらえないハンバーグが二つになったことで、シマボシの目は子供のようにキラキラと輝く。
「ホントです」
我ながら彼女に甘すぎますね…と呆れつつ、この笑顔を見られるならば何でもしてやりたくなってしまうのだから仕方ない。
「さ、帰りましょ?」
ウォロはシマボシの肩を抱くと、改札に向かって歩き出した。