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    Hana_Sakuhin_

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    Hana_Sakuhin_

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    蘭みつ♀
    キリは良いですが、未完成の作品です!

    #蘭みつ♀

    蘭みつ♀(仮)幼い妹たちに寝物語で読み聞かせた童話の数々。いつの日か王子様が――、なんて人並みにロマンティックな夢を見ていたのは、いつ頃までだったろうか。
    初めて人を殴った時、痛みを知ると共に忘れたような気がする。でもそれよりもっと前、父親が家を出ていった時に、現実を思い知ったような気もする。


    好き、大好き、愛してる。そのどれもが、三ツ谷にはピンとこない。家族や仲間を大切に思う気持ちとその感情は、よく似ているけれど違うものなのは分かる。
    クラスメイトが頬を赤らめながら話す恋バナも流行りのラブソングも、ただ耳を通り抜けていくばかり。これっぽっちも共感なんてできないのだ。

    だって、三ツ谷は知っている。
    そんな感情がなくたって、人はセックスできるのだ。







    いつだって、きっかけは些細なものだ。他人には理解できないような所以で人生は簡単に変わる。

    たったほんの数ヶ月前、灰谷蘭にコンクリートブロックで背後から殴られたのを忘れたわけじゃない。なのに、なんでセックスをするような関係になったんだっけ。なんて考えても不毛でしかない。

    ゆらりと天井に昇っていく紫煙を横目に、三ツ谷は制服のリボンを探す。だだっ広いベッドから落下した、ぐしゃぐしゃになったシーツの山の中には見当たらない。ふっと溜息をつく。

    「腹減ったな〜」

    背中を向けて呟く灰谷の声を聞こえないふりをする。三ツ谷とて、お腹は空いている。だけど今はそれを満たしてくれるものじゃなくて、胸焼けするような甘いものが食べたい気分だった。

    「三ツ谷ァ、なんか作ってよ」
    「今日はもう帰るから無理」
    「えー。マジで?」

    ポスっと後ろに倒れた灰谷の逆さまの顔が、三ツ谷をじっと見つめる。長いまつ毛に縁取られた淡い藤色の瞳はベッドサイドの光に照らされ、思わず目を奪われてしまいそうな美しさを孕んでいる。

    三ツ谷はちらりと時計に目を向ける。今日は母親が早番でもう帰宅しているから、まだ帰らなくても大丈夫。毎週のことだ、灰谷はそれを知っている。

    「・・・・・・材料はあんの?」
    「オレが冷蔵庫の中身、把握してると思う?」
    「思わねぇな」
    「でしょ」

    リボンを諦めて、三ツ谷は軽く両手で制服を整えると、キッチンに向かう。相変わらず使用感のない綺麗なそこに勿体ない大きさの冷蔵庫を開けると、中は案の定からっぽだった。

    「なんもねぇ〜」

    覗き込む三ツ谷の背後から、灰谷が伸し掛ってくる。おろした長髪が頬を撫でて擽ったい。惜しげもなく晒された上半身に、退けと肘でも打ち込んでやろうとした時。

    「みっけた」

    灰谷の冷たい指先がすっと首筋をなぞり、三ツ谷は身体を震わせた。

    「な、に」
    「リボン。あった」

    楽しげな声が聞こえ、同時にパチンとリボンが後ろで留められる。からかわれたような気がして、三ツ谷は唇を尖らせた。灰谷は横からそんな三ツ谷を覗き込むと、「ありがとは?」とにんまり笑う。

    「ハイハイありがと!」
    「三ツ谷ってばカワイー」
    「うっせ。離れろ」

    ぐっと身体を押すよりも先に、灰谷は長い腕を更に三ツ谷の身体に絡めた。より伝わってくる体温に、否が応でも触れ合う場所が熱をもつ。

    「あ、アイスならあっかも」灰谷が言う。
    「・・・・・・今、冬なんだけど」
    「でも三ツ谷も食うよな」

    こくりと頷くと、灰谷は冷凍庫から高級なカップアイスをふたつ出した。バニラとストロベリー。どっちがいいかなんて聞かれずに、手のひらにストロベリーが乗せられる。三ツ谷は何も言わずに家主より把握している戸棚から、スプーンを出して渡してやった。

    煌々と明るいダイニングで、向かい合ってアイスを食べる。しんと静かな時間が、二人の間を流れていく。灰谷は何も言わない。三ツ谷も何も言わない。でも、不思議と居心地は悪くない。

    すぐに舌の上で甘やかに溶けるこのアイスを、妹たちにも分けてあげたい。そう思うのは愛だろう。ならば目の前の男に向けるこの感情は、一体全体なんだというのだろう。好き、大好き、愛してる。やっぱり、どれも三ツ谷にはピンとこないのだ。


    「あのさ。灰谷」

    廃れた関係を今更だとずるずる続けていくのは簡単で、でもきっとやめるのはもっと簡単だ。灰谷もまた、三ツ谷に好きだとか愛してるだとか、そんな感情を抱いてはいないのだろうから。だから、必要なのは始まりのときと同じ。些細なきっかけだけだった。

    「もう会うのやめよう」

    ぴたりと手を止めた灰谷は、やけにゆっくりと顔を上げた。スプーンが置かれる音が心臓にまで届く。三ツ谷はゴクリと無意識に唾を飲み込んだ。

    「なんで?」

    テーブルに肘をついた灰谷が首を傾げる。まさか理由を求められるとは思わず、三ツ谷は口ごもった。今日で最後にしよう。そう決意して来たのに、たったそれだけで酷く動揺してしまう。

    「か、カレシが、できたから」

    咄嗟に口をついて出た嘘に、灰谷は表情ひとつ変えなかった。ただ、たっぷり間を置いて、ふぅんと頷いた。平坦なその声が何を思っているのか、三ツ谷は全く分からなくてじわりと恐怖が迫り上がってくる。

    「じゃあ・・・・・・、帰るワ」

    刺すような視線から逃れるように、三ツ谷は平静な顔をして情事の色がまだ残る寝室に戻り、コートをひっつかむと灰谷の方を見ずに玄関に向かった。
    この関係に終止符を打ったのは三ツ谷の方だというのに、どうしようもなく胸に居座るしこりに気がつかないふりをするのは何故か難しかった。







    失恋の痛みは新しい恋で癒せばいい。学友はそんな信条を掲げて、三ツ谷の手を引いた。別に失恋してない、落ち込んでない。そんな言葉が強がりに見えるだろうことは、自身が一番よく分かっていた。

    午前十時二十五分。待ち合わせまであと五分。三ツ谷は有名な可愛らしい銅像の前で、ひとり学友を待っていた。私服でスカートを履くのは久しぶりで、なんとなく気恥ずかしくて裾を指先で弄る。

    「お姉さん。今、ひま?」

    最初、三ツ谷は自分が声をかけられているとは思わなかった。東卍に所属していた今までは頭髪も短くしていたし、年齢的にもまだ女らしいとはいえなかった。だからナンパなんてされたことなくて、「聞いてる? お姉さん」と顔を覗かれてようやく気がついた。

    「あ?」
    「お姉さんカワイーね!」

    言われて三ツ谷の脳内で再生されたのは、灰谷の声だった。もう会わずに一週間が経つのに、鮮明に思い出せる。カワイーね、なんて。冗談だって分かってても照れくさくて、きっとたぶん嬉しかった。同じ言葉でも知らぬこの男に言われると腹が立つのに。

    「お茶でも行かない?」
    「待ち合わせしてるんで」
    「来るまででいいからさ!」

    しつこくて、でもさすがに殴ることはできなくて、どうしようかと思案した時。三ツ谷の肩がぐっと後ろに引かれた。ヒールを履いた足は上手くバランスを取れずに縺れて、背後の温もりに抱きとめられた。

    「コイツだぁれ?」
    「は、いたに・・・・・・」
    「こんなチビがタイプなの? ウケる」

    目の前の男の顔が屈辱で歪むが、灰谷のどう見ても危うい見目に、何も言えずに口を噤んだ。三ツ谷は言いようのない嫌な予感に身体が固まってしまって後ろを振り向けない。

    「三ツ谷ァ、お茶でも行かない?」

    趣味が悪い。くすくすと笑い声を含んだその声は、男を追い払うには十分だった。三ツ谷はその背中を見送ることなく振り返る。そして、いつもより少し近い灰谷の顔を見上げて、「このあと予定ある」と距離をとった。

    「ふーん。それで?」
    「は?」
    「オレは三ツ谷にお茶行かないって聞いたんだけど」

    そのどろりと甘い声音は、灰谷の機嫌が悪い時の癖だ。三ツ谷は言葉を失う。横を通っていく女の子の、灰谷に向ける黄色い声が頭に響いて頭痛がする。

    「・・・・・・分かった。連絡だけさせて」
    「スマホ取ーり」
    「ちょッ、オイ!」
    「三ツ谷、打つのおせーもん」

    ぱっと奪われて灰谷の手の中にある携帯電話は、三ツ谷がヒールを履いていても取り返せない。諦めて溜息をつく。少しも待つことなく携帯電話を返され、変なことをしていないか確認するより先に、灰谷に腕を掴まれる。

    「行くぞ〜」
    「灰谷! ちょっと待てって」

    思ったよりも幾分も優しく、でも強引に灰谷に繋がれた腕を引かれる。ヒールが地面を軽やかに鳴らす。さっきまでの不機嫌さはなりを潜め、灰谷は楽しげに先を歩いていく。冬の乾いた冷たい風が頬を撫ぜ、三ツ谷はマフラーに顔を埋めた。

    「三ツ谷チョロすぎ〜」
    「あ? そんなことねぇよ」
    「今のだってあっという間にどっか連れ込まれてレイプされてたよ?」
    「そんなの、」
    「本当にそんなことねぇって思う?」

    スクランブル交差点の前で信号が赤になって、灰谷は足を止めた。三ツ谷はぐっと喉を鳴らす。そんなこと、ない。そう言いきれないのは、他でもない目の前の男のせいだ。

    灰谷は三つ編みを揺らして、三ツ谷を振り返る。真昼の太陽に照らされるその姿は、不似合いな色香を纏っている。一瞬にして初めてセックスをした、あの日がフラッシュバックした。

    「・・・・・・自覚あんのかよ」
    「えー。オレは合意の上でしょ。だって三ツ谷、抵抗しなかったじゃん」

    信号が青になり、ぱっと周りの人並みが動き出す。小さな世界に置いてきぼりにされた二人は、それでも動かず視線を絡め合う。先に逸らしたのは三ツ谷だった。

    「さっきからテキトーなこと言ってんじゃねぇ。いい加減、手ェ離せ」

    三ツ谷が言いながら無理やりに腕を振り払おうとすると、灰谷はパッと両手を上げてひらひらと振った。いちいち大仰な奴だと思いながらも、整った顔立ちやスタイルのおかげで様になるのだから何も言えない。

    「三ツ谷、こっち」
    「どこ行くんだよ」
    「お茶って言ったじゃん」

    てっきりいつものように六本木にある灰谷のマンションに行くのかと思っていた三ツ谷は拍子抜けした。でも別にセックスがしたかったわけじゃない。なんて誰にともなく言い訳をしてから、そういえば自分から終わりを告げたのだったと思い出す。

    もしも――もしも、セックスから始まるんじゃなくて、もっと違う出会いだったら、素直な気持ちでいられたのだろうか。二人の間に甘やかな言葉が似合うような関係性になれたのだろうか。
    好き、大好き、愛してる。やっぱりどれも三ツ谷にはピンとこないけど、そんな有り得ない想像をしてしまうのだ。

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    Hana_Sakuhin_

    MOURNING『昨夜未明、東京都のとあるアパートで男性の遺体が見つかりました。男性は数日前から連絡がつかないと家族から届けが出されておりました。また、部屋のクローゼットからは複数の女性を盗撮した写真が見つかり、そばにあった遺書にはそれらを悔やむような内容が書かれていたといいます。状況から警察は自殺の可能性が高いと――「三ツ谷ぁ。今日の晩飯、焼肉にしよーぜ。蘭ちゃんが奢ってやるよ」
    死人に口なしどうしてこうなった。なんて、記憶を辿ってみようとしても、果たしてどこまで遡れば良いのか。

    三ツ谷はフライパンの上で油と踊るウインナーをそつなく皿に移しながら、ちらりと視線をダイニングに向ける。そこに広がる光景に、思わずうーんと唸ってしまって慌てて誤魔化すように欠伸を零す。

    「まだねみぃの?」

    朝の光が燦々と降りそそぐ室内で、机に頬杖をついた男はくすりと笑った。藤色の淡い瞳が美しく煌めく。ほんのちょっと揶揄うように細められた目は、ふとしたら勘違いしてしまいそうになるくらい優しい。

    「寝らんなかったか?」

    返事をしなかったからだろう、男はおもむろに首を傾げた。まだセットされていない髪がひとふさ、さらりと額に落ちる。つくづく朝が似合わないヤツ、なんて思いながら三ツ谷は首を横に振った。
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