金曜日の契約 この世界には猿人と斑類の2種類の人間が存在する。斑類はその3割程度しか存在しないが、三ツ谷の周りには割と斑類は多く存在していた。
東京卍會の幹部連中なんかは殆どそうであったし、三ツ谷自身もそうだった。途中で花垣が先祖返りとして覚醒したときはそれはもうどっちゃんどっちゃん大騒ぎをしたものだが、それももう一種の良い思い出である。
そんな感じで高校生になった今でも彼らとは相変わらず仲間であるし、あの頃はな〜なんて語り合ったりもする。
高校生になると斑類の周りでは許嫁などブリーフィングなどの単語が飛び交うようになった。それに斑類は性に対して割と奔放なので、誰と誰がヤったとかそういうのも聞こえてくる。
三ツ谷自身はまだ誰とも交わったことはなかったけれど。
話題が移り変わりつつも、誰も欠けずに平穏な高校生活を満喫していた。
そう、何も変わらず。
……否、それは表面的だけ。三ツ谷はまだ誰にも言えないことがあった。
自分に許婚と呼ぶ存在ができたなんて、仲間内の誰にも話すことができないでいた。
それは突然のことだった。母から許婚が居ると聞かされたのである。
三ツ谷家は猫又の家系であり、長男である彼自身も猫又の中間種であった。既に居ない父親が恐らく中間種だったと思う。母は軽種でこちらも猫又であった。
中間種というのは割と気軽であり、親からも重種と子供を作れなどとは言われたことがないのでふらふらと毎日を生きていた。
三ツ谷自身としては今までに一度だけ、とてつもなく惹かれた魂は一度だけあったもののそれだけだった。
これまで結婚も子作りも急かされたり、なんなら話題にすら上がったことはなかった。そんな家であるのに許婚。目から鱗。
どうやらそれは母方の祖父が進めていた話らしい。会ったことなんて幼い頃の数回程度しかなかった筈なのだけれど。なんなら死んだとも思っていた。
母に聞いたら生きては居たらしい。ただ割と面倒事に巻き込まれやすく家族とは縁を切っていたとかなんとか。怪しい匂いがしてきたが、自分が聞いても恐らく確信を得るような答えは帰ってこないだろう。
しかもその許婚の話、どうやら最近できた話だと言う。生まれた時とかそういう次元ではなく、ほんとに直近。
頭に過ぎったのは“売られた”ということ。斑類においてはよくあることだ。ただそれが自分に降りかかるとは思いもしなかっただけで。
母がとても申し訳なさそうに眉を下げる。そんな母の様子はなんだか痛々しく見えた。
正直自分には現時点で好いていたり結婚したいと思う人間は居ない。そもそも自分でいいのか、と相手にも少し同情してしまう。
だから。
「一回会ってみてそっからだな」
母を安心させたい一心で、今の三ツ谷にできる最高の笑顔を作り出した。
会う機会は割とすぐに来た。街中のカフェ。小道に入った知る人ぞ知る、と言われるような。質素な作りでシンプルだ。それがどこか三ツ谷の感性をくすぐった。
相手が言ってきた場所であるので恐らく相手の行きつけ。
許婚となっている相手はまだ居ない。三ツ谷は先に席についてコーヒーを頼んだ。
ホットを一つ。
暫くして運ばれてきたコーヒーを一口。もうこれだけで分かる、拘りぬいていることを。美味いと素直に思った。
カランカランと音がなく。自分が入ってきたときも思ったけれど、こういうレトロさも堪らない。
相手はコーヒーが冷める前に来てくれた。
「ホントに来たんだ」
「まあ、来るしかねえから。……久しぶりと言っていいのか」
目の前に佇んだ男。その男は三ツ谷も知っている。
かつて憧れた男、争ったこともある男。
そして三ツ谷が今までで一度だけ惹かれた魂。
灰谷蘭。
「まあ座れよ」
「ここ指定したのオレなんだけど?」
口ではアレコレ言いながらも素直に座った。髪は相変わらず三つ編みで。でもそれがさらに魅力を上げているような。
そしてこの強烈な魂。斑類であることを隠しもせず、自分が強者であると存分に示してくる。
油断したら全てが持っていかれるような。長居してはいけない気がしてくる。
「なんでお前ほどの奴がこの許婚の話を受けたんだ?」
単純に疑問だった。祖父側から言い渡された話だろうに蘭側はどうして受けたのか。デメリットしかないのではないだろうか、と。
「んー……虫除け?」
蘭はそう言う。成程そう来たか、と。
蘭ほどの魂の強さを見せつけられれば男も女も寄ってくる。猿人だってその見た目に惹かれる人間も多いだろう。かつての自分のように。
……嘘。今でも惹かれている。あの頃から変わらずに。魂にも、灰谷蘭自身にも。どうしようもなく自分は引き寄せられる。
だから彼が自分を利用する為に、このデメリットが大きいであろう話を受けたことに全力で乗ることにした。蘭が虫除けと言ったのも本心であるからして。
「……ま、どっちもあんま乗り気じゃねえんだったらさ、利用するだけ利用すりゃいいだろ」
不敵に笑う。
相手にはバレないでいてほしい、これが三ツ谷にとっての精一杯の強がりであることを。
心の奥底に秘めた、願わくば彼との子供が欲しいという願望なんざ、一生知られなくて良い。
三ツ谷が幼い頃から斑類らしからぬ育ちを受けてきたのは先述した通り。そういう相手も存在したことが無かった。
ただ誰にも行ったことがない話が一つ。
かつて祭りで灰谷蘭を見た時から、彼にずっと惹かれていたこと。
ルナとマナと共に訪れた場所で偶然出会った憧れ。直接見てしまったらもうダメであった。自分の目には彼しか写っていなかった。
そのときから三ツ谷の魂は彼に囚われたままだった。
それから始まった蘭との婚約関係。蘭は恐らく隠さずに居るということを言うだろうけれど、三ツ谷は言う気にはなれなかった。
自分が灰谷蘭の許婚だと言える立場ではある。だがこの関係がいつまで続くかは分からない。別れた、解消したといって仲間たちになぜ何どうして攻撃を受けるだろうことが想定できたので、その回避と言ってもいい。
蘭とはそれ以来もう会わないのかと言われればそうでもない。契約上で少なくとも週に1回は蘭の家に行くという契約を交わした。許婚がいると言っても彼の家に何の気配がないのも不自然である。その為の週1の訪問だった。この訪問には宿泊もついてくるので、週1のお泊まりと言った方が正しいのだろうけれど。
この宿泊で三ツ谷は一食作る。それも契約のうちだった。
宿泊の日は金曜日。学校帰りにスーパーに寄って夕食を作って、土曜日の朝に帰る。それがルーティンだった。
なんだかんだ上手くやっているとは思う。もう何だかんだ次で5回目。3回目とかは弟の竜胆とも食卓を囲んだり。飯について文句を言われたことはないのだから及第点は貰っているのだと思う。
それは今日も変わらず。三ツ谷は部活を終えると早々に学校を出た。そのままスーパーへ寄る。今日は蘭がスモークサーモンを用いた料理を所望してきた。中々難しいこと言ってくるな、と料理本を漁る。
目に付いたのはマリネだった。スモークサーモンと玉ねぎとパプリカを用いている。メインではなく前菜だから主食は別に必要だろうけれど。
じゃあメインはハンバーグにしようか、と脳内で組み立てながら食品を手に取っていった。こういう時間は中々に楽しいものである。今日はどういう顔をしてくれるだろうか、なんて考えて。
恋人関係ではなく、普通に良い関係を築けているとは思う。友人関係より少し越えた関係、が1番表現として適していると感じる。
素直に友人と言ってもいいのか怪しいけれど。
三ツ谷は彼のことを知らない。表面上のことは知っているけれどパーソナルな部分は殆ど分からない。果たしてそれは友人なのか。ただの顔見知りではないか。
とは言えただの顔見知りが毎週家に上がることもないので、やはり言語化は難しい。
買い物を終えて向かうのは六本木。今も昔も蘭の、灰谷兄弟のホーム。
5回目となれば渡された鍵で開けるのも手慣れたものだ。かと言って緊張が無くなることはないけれど。それは蘭が三ツ谷にとって欲情の対象であり、あわよくば子供がほしいなんて思っているからという点もある。
このマンションの最上階が、灰谷兄弟の住処だ。
「こんにちは」
玄関のドアを開けて、誰かに言うわけでもなく口から発する。三ツ谷にとっていくら鍵を開けることに慣れても、まだまだ他人の家に過ぎない。
「お、三ツ谷いらっしゃーい」
出迎えたのは竜胆だった。竜胆はそのまま三ツ谷が持っていた買い物袋を攫っていく。
「いやイイって」
「いーの、三ツ谷が作ってくれんだから」
そのままリビングダイニングの方へ行く。
竜胆が出迎えるときは大体このやりとりをしていた。いらっしゃい、と来客扱いから始まるものの上がったら身内に対するものと同じだった。それがどこか気恥ずかしくも感じる。
「みつやおかえり〜」
リビングのソファーを陣取る蘭はこんな調子だけれど。蘭はいつも“おかえり”と言ってきた。
「スモークサーモンあんじゃん」
「蘭がそれ使えって言うからさ」
「今日何?」
「スモークサーモンのマリネとハンバーグ」
「デミグラス?」
「そ」
「うまそ〜!」
竜胆はそのまま食材を冷蔵庫に入れていた。礼を言うとこれくらい気にするなと返ってきた。
自分が作る料理を素直に喜んでくれることは素直に嬉しく感じる。腕も鳴るというもの。
「なんか手伝う?」
「マジ? 助かるわ」
手使いを申し出てきたのは竜胆で、せっかくならばといくつか指示を出した。
その間蘭はずっとこちらをじっと向いていた。気付いていたけれど三ツ谷はそのまま手元の作業に集中することにした。
そういえば三ツ谷ってさ。
料理が完成してダイニングテーブルに並ぶ食事を前に、竜胆が口を開く。三ツ谷は箸を止めてそちらを向いた。その様子を見た竜胆は続ける。
「兄貴と一緒に居るのって週1の、金曜の夜と土曜の朝だけでいいの?」
「いい、って……」
だってそういう契約だ。週1、金曜の夜に蘭たちの家に行き夕食を作る。一晩だけ宿泊して帰宅。そういう決まりだ。蘭側にメリットがないこの契約、三ツ谷は仮にもっと会いたくても言い出すことなどできない。
自分は売られたに等しいのだから。
「そうは言っても」
「竜胆」
三ツ谷を蘭が遮った。視線の先には竜胆。見られた竜胆はそのまま「ごめん」と言って黙った。
どんなやりとりがあったのかは分からないけれど、兄弟間でしかわからない何かがあるのだと納得させた。
そのあとは何事も無かったかのように食事の席は進んだ。マリネはどこか味が薄めに感じた。作っているときは何も思わなかったのに。
綺麗に平らげられた皿を見て少し心が満たされた。
その後風呂に入るのがいつもの流れで、決まって最初は三ツ谷だった。お客様だし、とは竜胆の談。汗を流し、自分の家とはまったく広さが違う浴槽に浸かる。
足をめいいっぱい伸ばしても余裕のある浴槽、疲れは大分取れた。
一通りさっぱりして三ツ谷用、と初日に渡されたバスタオルを使い身体の水気を拭き取った。これも蘭が用意した少し大きめなスウェットを着て髪はそのままに、肩にバスタオルを乗せながらドライヤー片手にリビングに戻る。
「あがったー」
「はぁい」
ダイニングテーブルに座りその後ろに蘭が立つ。持っていたドライヤーを渡すと蘭は三ツ谷の髪を乾かし始めた。最初のお泊まりの際に蘭がやりたいと言ったからその時は任せ、2回目の時は何も言わなかったので自ら乾かして出て行ったら不機嫌になったので3回目からはもう完全にやらせることにしている。
どうしてこんなに嬉々としてやっているのかは分からないけれど。
蘭が髪を撫でる手つきは普段からは想像できないほど優しい。鼻歌まで歌っているのだから本当に気分が良いのだろう。男の髪を乾かしていて何が楽しいのか不思議だけれど。
いつも使っているという蘭愛用のヘアオイルまで持ってきて三ツ谷の髪に施す。三ツ谷はいつもこの間されるがままだった。
「終わり」
「ん、ありがと」
蘭がやりたいこととは言え、やってくれたことに変わりはないのだから素直に礼を言った。素直に笑顔を浮かべるこの顔はこの関係になるまで知るよしも無かった顔。
次に風呂に入るのは蘭らしく、ドライヤーと三ツ谷の肩にあったタオルを持って向かっていった。こういうとこな、とちょっと心が揺れる。今でも惚れていることに変わりはないから。
「……三ツ谷さぁ」
残っている竜胆に、先ほどの食卓の場と同じ声のトーンで問い掛けられる。遮られた話のことだろう。
「なに」
「このままで良いの」
そう言われる。竜胆には恐らく気付かれているのだろう、この秘めている想いのことなど。繕っているつもりでも。
「良いんだよこれで」
だって契約だし、虫除けだ。いつかは終わる日が来るだろう。こんな不毛な思いを抱えながら惹かれてどうしようもない相手の家に泊まる生活を続けるなんて。
「本当に気づいてねえのな」
「はあ?」
思わず顔が凄む。少し馬鹿にされた気がした。
「んー……えっと」
竜胆が頬を掻く。なんて言ったら良いかな、と考える素振りをして。でも一旦辞めて話題を少し変える。
「三ツ谷って鼻が馬鹿ってわけじゃねえんだよな?」
「あー……」
思い返す。そりゃあ猫又である三ツ谷は犬神人と比較すると鼻は弱いに決まっている。
そもそも斑類は匂いである程度色々な事が分かる。だから他の種族も匂いというものには割と敏感だ。
しかし三ツ谷はどうしても他の斑類より弱かった。思い返すのはドラケンと初めて出会った時。他の人間ならすぐにドラケンが重種であることは匂いで分かっただろう。でも三ツ谷はわからなかった。マイキーも、分からなかった。
強いことは理解できても確信が持てなかった。その程度。
自分の鼻がなぜそうなのか理由はなんとなく分かっている。
「馬鹿っていわれたら馬鹿かも、オレの鼻」
軽く笑いながらそう言った。
竜胆は少し目を見開き、少し罰が悪そうな顔をしてごめんと謝った。
三ツ谷は気にするな、と笑う。
「鼻が悪いのは分かってるから。理由もな」
「……そっか。でもそれなら納得した、気付かねえのも」
さっきから竜胆が言う“気付かない”ということは良く分からなかったけれど、それで竜胆が納得したのならそれで良いかと思った。
その後は蘭が風呂から出てきていつも通りに終わった、って言いたかったけれど、その日は蘭のベッドで寝ることになった。
いつもは客間を使わせてくれている。だから今日もそれかと思って客間に入ろうとしたら、蘭に持ち上げられてそのまま蘭の部屋のベッドの上。
目を白黒させて一瞬止まり、ハッとなった。これはもしや、抱、抱かれる……と思って。
「表情コロコロしてどうしたんだよ、寝るぞー」
「へ!? あ、うん、ハイ」
裏返った三ツ谷の声に蘭はカラカラと笑った。どうやら一緒の布団に入る、本当にそれだけらしい。蘭の傷が残る筋肉が付いた腕で三ツ谷を包む。暫くして三ツ谷の後ろから寝息が聞こえた。
今日の三ツ谷は抱き枕、ということで。
「(……いや、寝れるわけねえだろこんなの!)」
暫く悶々としながらも夜は勝手に黒に染まっていく。
5回目の金曜日の深夜の話。
翌朝。後ろにいる人間より早く起床して、どうにか蘭の腕から脱出しリビングに向かうと、先に起きていた竜胆に心配された。
「顔やっっば」
「お前の兄貴のせいなんだが???」
月曜日。高校生である三ツ谷は学校へ行く。サボることはしていない、学校では割と真面目な生徒として通っていた。一部の生徒からは少し見られていたような気もするが、特に気にすることもなく1日を過ごす。
授業を終え部活中。作業をしているとドアがガラガラと開く音。
「みつやぁー」
その声と共に入ってきたのはマイキーだった。中学でも入ってくる事はあったけれど高校に上がってからは大人しくなっていたものだから、少し驚いた。
驚きつつも相談事かな、と目星をつける。マイキーは先祖返りである武道とお付き合い中で、そういう相談を双方から聞いているのは大体三ツ谷だった。
部員たちが誰だと騒ついているのを宥め、端の席にこっちだと手招きする。
「学校まで来るの久々だな、どうしたんだよマイキー」
「ちょっとタケミっちとのことで相談が、あっ、って……、?」
マイキーは少し言葉につまり、はてなを浮かべ三ツ谷を見る。三ツ谷も首を傾げた。マイキーは鼻をクンクンとさせる。
そして顔を顰めて口を開いた。
「……三ツ谷、なんか変なのに捕まってねえ?」
「へ?」
変なの、とは。もしかして蘭のことだろうか。自分で腕をすんすんと嗅いでみるものの何も分からない。
「めっちゃ蛇臭いよお前」
「えー……?」
そう言われても分からない。蛇の匂いが付いてしまっているのは分からなくもないけれど。毎週末灰谷兄弟の家に行っているのだから。だがそこまで顔を顰めるほどの匂いになるだろうか。最後に行ってから二日も経っているし。
「三ツ谷鼻馬鹿だから分かんねえのかな」
マイキーの首が傾く。三ツ谷の鼻が弱いこととその理由は東京卍會創立メンバーは全員知っていた。
だから余計にマイキーは心配なんだろう。
「マジで蛇、めっっっちゃ蛇。巻きつかれてんのかってくらい蛇の匂いする」
更に近づいてきて三ツ谷の周りをぐるぐるしながら匂いを嗅いでいる。ここまで匂いのことを言われるとなんだか恥ずかしく感じてくる。
ただ三ツ谷は少し不可解だった。
恐らく蛇の匂いは蘭だろう。ただ蘭と許婚という関係ではあるが、蘭は三ツ谷のことを虫除けと言っていた。祖父のことがあって仕方なくこの関係になっているのだと。あれも体裁のための契約であると。
マイキーにそこまで言われるほどの匂いが付いているとは到底思えなかった。
匂いの原因を探ろうとしていたマイキーだが、一通り終わると出口の方へ向かっていった。
「あれ、相談ことあんじゃねえの」
「変わった。ケンチンに相談しなきゃいけねえことができた」
オレより三ツ谷だよこれ、とそのままスタスタ出ていった。
「なんだったんだ」
三ツ谷は改めて自分の腕を鼻に当ててみるが、いつもと変わらないような気がした。
そのまま作業を再会し、部活終わりになった頃携帯が鳴る。
“いつものファミレス、三ツ谷絶対来い”と書かれたメールが来ていた。見るとマイキーから送信されている。
行かない方が後が色々と恐ろしいので母親に連絡し、そのままファミレスへ向かうことにした。
中学の頃から世話になっているファミレスへ到着すると既にマイキーとドラケンの2人が居た。
「おまたせ」
とドラケンの横に座ろうとした。見るとドラケンの眉間に皺が寄っている。
「……なに、お前も蛇臭いって言うの」
「言う。めっちゃ蛇だなお前」
「ね、言った通りでしょ」
ドラケン、お前もか。そう言いたかった。しかもドラケンは蛟だ、鼻が発達している方ではない。だから相当なんだろう。
ドリンクバーとパスタを頼み、そのまま飲み物を取りに向かって戻ってくるとマイキーとドラケンの2人で話し合っていた。
しかも結構真剣な表情をして。戻ってきたことに気付き、そのまま三ツ谷さぁ、と続く。
「なんかあったよな。言ってみろ」
マイキーが言う。東京卍會自体は解散したと言っても、マイキーのこの迫力にはいつまで経っても勝てる気はしなかった。
どうしても最初は言う気にはなれなかったけれど降参した。
「許婚、できたんだよな……」
「いいなずけぇ!?」
「三ツ谷が!?」
大きい声でそれなりに驚かれた。こうなるから言いたく無かったんだ。
そのまま三ツ谷は話し始める。いないと思っていた祖父が生きており、そこからなんやかんやあって許婚ができたと。相手は蛇の重種であることも、言える範囲で。灰谷であることは伏せた。
話を聞いている2人の口は開きっぱなしになっていた。
「……お前それ、売られてんじゃん」
「そうだよ売られてんだよ」
改めて口に出すと笑えてくる。実際なら悲壮感漂うものであるのに、中々良い生活をさせてもらっている自覚はあるのだから。蘭は自分がどうしようもなく好きな人間であるし、竜胆とは友人と呼べそうな程の関係になってきている。
竜胆は別として、蘭との関係にあるのはただの契約に過ぎないのに。
「お前、自分の魂元隠しすぎて忘れてねえだろうな」
ドラケンが真剣な顔をして言ってくる。
三ツ谷の魂元の話。実はこれが三ツ谷の鼻が弱い原因だった。
「忘れてねえよ、ただ自分でそこまで大事だと思ってねえし。それに、」
何だかんだ今楽しいんだ。三ツ谷はそう笑った。
ドラケンもマイキーも本人にそこまで言われてしまうと何も言えなくなってしまう。
「……もし正式に何かあったらちゃんと紹介しろよ」
それは三ツ谷を心配してから出てくる言葉だった。それが分かっていたから。
「うん、分かった」
その心配は心地の良いものだった。友人は、仲間はいつまで経っても大事なものであると改めて感じさせられた。
三ツ谷隆の魂元の話をしよう。
猫又の中間種、それは本当のこと。先祖返りか、それも否。
三ツ谷は一般的にはラグドールとして通っている。所謂変え魂だ。変え魂をしている斑類は大体が珍しい魂元をしているか先祖返りか、ということが大半だ。三ツ谷もそれに該当する。
彼の本来の魂元は雲表だ。雲表は絶滅危惧種に数えられている。それは斑類の世界でも変わらない。
珍しい魂元は繁殖の為でも観賞用としても狙われる。希少性が高いものを持っていることがステータスになる。
だから三ツ谷は親に言われて隠し続けている。創立メンバーには言ってあるけれど、知っているのはそのあたりだけだ。
その弊害か三ツ谷の鼻は殆ど機能しなくなってしまっているけれど。
三ツ谷はファミレスで夕飯を済ませて帰宅した。その途中に蘭からのメールが入る。
“次はドーナツ食いたい”って。
なんでいきなりデザートになるんだよ、とクスリと笑った。
たとえ契約だけの関係だろうと今だけは許されたい。蘭を想うことを。彼の子供を欲しがることを。
あの夏祭りの日から、三ツ谷の魂は彼に弾き繋げられたままだった。
「なあ兄貴、三ツ谷のことだけど」
「うん」
同時刻、灰谷家で兄弟揃ってソファーに座っていた。蘭が聞く体勢なのを見て、竜胆がこの際だと聞きたいことを全て聞く。
「どこからどこまでが兄貴の掌の上なのさ」
その問いに蘭は口角を上げて。
「――最初から最後まで、かな」
そう。最初から。
三ツ谷の祖父に話を持ちかけたのも、自分の家に泊めるのも、その家で蘭のスウェットやバスタオルを使わせたり、蘭自身が髪を乾かしたりしてじわじわと匂いを付けて。この間はそろそろ良いだろうと牽制の意を込めて共に寝た。蘭が毎日寝ている、蛇の匂いがしっかりとついているベッドで。
全てはあの日、夏祭りの日から惹かれてやまない雲豹を手に入れる為。
「もう名実共にオレのだから、何してもいいよなぁ?」
じっくりと蛇の毒を仕込ませる。じわじわと囲っていくのは蛇の目の得意分野だった。
蘭の中では、自分の子供を抱く三ツ谷の光景が浮かんでいた。
「三ツ谷には3人くらい産んでほしいよね」
うっとりと自分が思い浮かべる将来に思いを馳せた。