太陽の裏側窓を開けてから、今日が満月だということに気付いた。
温い風が木々を揺らすついでに、サニーの頬を優しく撫でる。
長時間向かい合っていたパソコンをシャットダウンし、身体をぐっと伸ばすと、時計の針が丁度日付を越えようとしているのが目に入る。
作業のお供に淹れた、冷めきったコーヒーの残りを飲み干し、マグカップを持ったまま、サニーは何をするわけでもなくぼんやりと外を見やった。
カチカチと秒針だけが響く部屋に、扉の開く音がひっそりと響いた。
音に対し、サニーは特に驚くこともなく振り返る。漠然と、彼が今日ここに来ることが勘付いていたからだ。
廊下の灯りと自室の暗がりに挟まれたままこちらを見つめる瞳に、サニーは柔らかく微笑んだ。
「おいで?」
扉を後ろ手に閉め、何も言わないまま招かれた男は一直線にサニーに向かって歩を進めた。
「サニー…」
とす、と弱った仔猫はサニーの肩に頭を埋める。
アルバーンは、時たま皆が寝静まった時間にサニーの部屋を訪れる。いつもの丸いオッドアイは伏せられ、弧を描く口元が一文字に結ばれたその姿は、何も言わずとも彼の胸中を物語っていた。
アルバーンの表情は、いつもサニーからは見えない。
何も言わないまま、サニーはゆっくりとアルバーンの背に手を回し、優しく抱き締める。
少しして、アルバーンも同じようにサニーの背に手を回し、僅かに震える手でシャツを強く握った。
何がきっかけで、彼が苦しんでいるのかはわからない。聞かれたくないから黙っているのだろう。
けど、その気持ちを俺が少しでも溶かしてあげられるなら。
彼が口を開いてくれるのを待つだけだ。
無言の空間に風が通り抜ける。
アルバーンはこの時も涙を流すことはない。ただ静かに自分と向き合い、サニーの腕の中で気持ちを整理している。
身長は対して変わらないのに、この時だけはいつも、サニーの瞳には、アルバーンが自分より幼い子どものように映ってしまう。
ふわ、とサニーの大きな掌が、触り心地の良い栗色の髪を撫でた。
突然触れられたからか、アルバーンはびくりと肩を跳ねさせ、パッと顔を上げた。
「あ、ごめ、」
驚かせてしまっただろうか、とサニーは咄嗟に謝罪の言葉を述べようとするが、ぱちりと視線が交わり、アルバーンが言葉を遮った。
「月が、綺麗」
僅かな月光と、机上のランプの光を受けたカナリアイエローの髪を、風が揺らす。
木々が擦れる音が、なんだか異様に煩わしく感じた。
ぶつかった視線があまりにも真っ直ぐなせいで、かつて冗談めかして言われたその言葉に、サニーは何も言えなくなってしまった。
「……やっぱ嘘」
数分にも、数秒にも感じた静寂の後、ぽつりとアルバーンが呟いた。
いつもの冗談か、と苦笑しながら、サニーは言葉を紡ごうとした。
しかし、アルバーンの手がサニーの頬を包み、それは遮られた。
「サニーの方が、綺麗」
夜と、夜を彩るネオンの瞳が、サニーのライラック色を射抜いた。
「は、」
何も言えず、息が音となって漏れる。
時間も、空間も止まったような気がして、サニーはアルバーンの双眼以外見つめられなかった。
「……なんてね」
そう言って、アルバーンはパッとサニーから離れた。
離れた温もりが、サニーを急に現実に引き戻す。
アルバーンは目を細め、いつものいたずらっ子のような笑顔に戻っている。
「じゃーね、ありがと、おにぃ!」
ひらひらと手を振って、アルバーンはサニーの反応を待たず部屋を出た。
パタン、と深夜だからか丁寧に閉められたはずの扉の音が、やけに大きく響く。
サニーはただ呆然と、触れられた頬の熱に浮かされ立ち尽くしていた。
扉を閉め、アルバーンはそのままずるずると座り込み、部屋の主に聞こえないよう小声で呟いた。
「何やってんだろ…」
頭から爪先までが熱い。鼓動の音が尋常ではない程煩い。
太陽と表される彼を、アルバーンは月の様だと感じていた。
夜に訪ねる俺を包んでくれる優しい月。
それが、欲しくなってしまった。
何よりも誰よりも、キラキラとした彼を。
俺は怪盗だからね。狙ったものは絶対逃さないよ。覚悟しててねサニー。