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    しきる

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    しきる

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    🐑が居なくなる夢を何度も見る🔮と、後ろ向き気味な🐑の対話。妄想過多です。

    #Psyborg
    psychborg

    Haveそれは酷い夢だった。
    だけど、寝起きの脳では夢か現実かの区別もすぐには出来なかった。

    ある時は、一緒に寝たはずの温もりが消えていたり。
    ある時は、通話中、突然さよならを告げられたり。
    ある時は、白んだ視界の中、もう二度と開かない柵越しに微笑んでいたり。

    段々と脳が覚醒していき、それらが全て夢だと気付けるのは、起きて数分が経ってからだ。
    浮奇はじっとり汗ばんだ身体の気持ち悪さと、夢見の悪さに舌打ちをする。
    ああ、この不快感をどうにかしなければ。



    それは酷い妄想だった。
    けれど、そう考えてしまうのも仕方がないと思う。ファルガーの生きてきた時代は、世界は、常に終末との隣り合わせだったのだから。

    例えば、急にどちらかが配信者を卒業してしまうこと。
    例えば、急に自分たちのあるべき世界に戻されたりすること。
    例えば、霞む視界の中で、嘘と共に永遠の別れを告げること。

    これらは全て、一秒先の未来で有り得る話なのだ。
    かといって、未来の全てに悲観的というわけでもない。

    ただ、終わりは必ず来る。

    ファルガーが何より鮮明に自覚していることであり、無自覚に自縛している思想だった。
    青白く輝く画面からふと目を逸らし、ファルガーは時計を見る。
    そろそろあいつが来る時間だ。



    「変な夢を見るんだよね」
    ふぅ、と湯気の立つコーヒーに息を吹きかけながら、浮奇はぽつりと零した。
    「ふうふうちゃんが、いなくなっちゃう夢」
    伏し目がちにマグカップを両手で持ち、彼は続けた。

    「俺が?」
    自分の分のコーヒーを淹れ、部屋に戻ってきたファルガーは座りながら浮奇の話を促した。
    「うん。…あのゲームのせいかなぁ」
    苦笑混じりに浮奇は言う。先日コラボで行った雪山のゲームだろうか。
    「やっぱり俺、あのゲーム嫌い」
    拗ねた口調でコーヒーを啜る。
    愛らしい感情を抱く恋人につい頬が緩み、ファルガーは目を細める。
    「俺は、浮奇の方が消えてしまいそうな儚さがあると思うけどな」
    左右で異なる紫を持つ伏し目がちな瞳に、低めの透き通る声色。線の細い体躯は触れていないと、それこそ雪にでもかき消されてしまいそうな儚さだ。
    ファルガーも同様にコーヒーを口に運ぶ。香り高い苦味が口内に広がる。

    ゴトン、と机が揺れた。浮奇がマグカップを強く置いたようで、コーヒーの表面がゆらりと揺れている。
    音の発信源は俯いたままで、ファルガーから表情は読み取れない。
    「浮奇?」
    「それ、ホントにそう思う?」
    それ、というのは先程の発言だろうか。
    「何か気に障ったか、すまない」
    「…ううん、違うよ」
    浮奇は椅子から立ち上がり、つかつかとこちらに向かってくる。
    ギシリ、と椅子が軋む。
    浮奇はファルガーの膝の間に膝を置き、肩に手を乗せ、普段とは真逆にファルガーを見下げる。

    「ふうふうちゃんは、今の俺を見てる?」
    「…どういう意味だ?」
    「俺、本当に怖いんだよ。…あのときの配信でも、ふうふうちゃんは先を見越した話をするから」
    それもまた、雪山のゲームを一緒にした後の話だった。

    ファルガーはふと、浮奇が来るまで作業をしていたときに過ぎった妄想を思い出した。
    「…先を見るのは悪いことか?」
    「悪いことじゃない。…けど、少し寂しい」
    寂しい。思いがけない言葉にファルガーは目を丸くした。

    「…ふうふうちゃんの未来に、俺は居させてくれないの?」
    「居てほしいさ。勿論、俺はその為になら尽力する。…けど、それは、絶対を保証出来るものじゃない」

    ─例えば、急に自分たちのあるべき世界に戻されたりすること。

    「誰が原因でもなく、突然離ればなれになることが、俺達なら有り得るんだ」
    続けた声は、自分が想定したよりもずっと低く、震えていた。

    最初こそ浮奇に向き合う形をとっていたファルガーの視線は、今は自分の手元に落ちていた。
    浮奇は、薄鈍のカーテンの先にある素肌に触れ、上を向かせる。

    「ねぇふうふうちゃん。今の俺を見て」

    浮奇は整った顔を歪ませ、今日はじめてファルガーの灰銀の瞳に向き合った。

    「俺の前から、居なくならないで」

    夜空を閉じ込めた瞳から、涙が零れる。流れ星だ、とファルガーは思った。

    いても立ってもいられなくなり、ファルガーは力任せに目の前の儚い存在を抱き締めた。

    「ふうふうちゃん、」
    「浮奇」
    ファルガーの銀糸はさらりと頬から落ち、浮奇の夜景色の髪を撫でる。
    「俺も、今ここに居る」

    夜空と鈍く光る星の瞳が交わる。

    「確かに俺は、ずっと先の終わりを考えて、少し先の未来に対して諦念的になってしまう」
    荒廃というよりは、生物の気配が失せ、一刻も進むことのないような未来の世界が、頭に広がる。それは、紛れもなくファルガーが観てきた事実であった。

    「…でも、そのずっと先の最後の瞬間。隣にお前が居たら、なんて考えてしまうんだ」

    自分の瞳と同じ空の色。
    それ以外の色を見たのは、過去に来てからだった。
    身体は機械仕掛けだというのに、心は一丁前に人間らしく、多くを望むようになってしまった。

    「……望んでいいんだろうか」

    気付けば、ファルガーの瞳にも涙の膜が薄っすら張られていた。
    浮奇は、ファルガーの目尻にキスを落として応える。
    「約束して。俺を、諦めないで」

    バイオレットの双眸が、柔らかく細められる。
    この愛に満ちた表情が、俺を諦めから遠ざけ、俺を強欲にする。
    つられてファルガーの口元も緩み、笑みが溢れる。

    「…俺はいつの間にか、随分と欲張りになったな」

    この世で一番信じ得ないものは、口約束だ。
    だが、口頭だろうが、紙切れに書こうが、命に誓おうが、信頼がなければ約束は成り立たない。

    やがて今は過去になるし、これからやってくる未来も〝今〟になる。

    だったらそんな面倒なものは飛ばして、目の前の愛しい存在に、今一番伝わる言葉で約束しようじゃないか。

    「何度でも、何処でもお前を絶対に見つけてみせる。約束しよう」

    柄でもない台詞だ、なんて心の中で苦笑しながら、ファルガーは涙の跡が残る頬に、優しくキスを落とした。

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