優しさも愛も、全部君に。乱れたふたつの呼吸音が、重なっては離れていく。
「浮奇」
重たかった衣服は、彼の大きな手によってみるみるうちに剥がされていった。
肌が空気に触れ、ただ、涼しいなと思う。
「なに」
返答を返す。生来の僕の、とてもマイペースな速度で。
この人の前で僕は無理に飾らなくて良いことを知っている。
だって、きっとそういう関係だから。
「泣かないでよ」
唐突に告げられたその言葉を、うまく認識できなかった。
はっとして自分の目元に手を寄越すと、確かにそこからは涙が溢れていた。
「どうして」
滑稽なほど、自分の涙の理由がわからなかった。
そんな僕を見てサニーはため息をつく。
「そりゃそうだよ。俺たちが今からなにをしようとしてるのか、本当にわかってる?」
そう言ってサニーはとても哀しそうに笑った。
その表情からも滲んでいる、隠しきれない彼のあたたかさが、浮奇の喉をきゅっと締めた。
「間違ってるって言いたいの?」
「全然」
サニーは苦い顔で笑った。
こんなにも素敵な子に、こんなにも歪んだ表情を浮かばせてしまっている。
押し倒されたその瞬間から、ずっと心が痛かった。もう、押し倒させた、といったほうが正しいだろう。
「僕、謝らないけど、いい?」
それでも尚溢れる身勝手な言葉たちに、目の前の彼は呆れたようなため息をついた。
「謝るもなにも。同罪だろ」
浮奇は─────ファルガーのことが好きだった。
でもその想い人は一向に、心を開いてはくれなかった。
精一杯のアプローチすら無に帰してしまった僕は、もうどうすればいいのかわからなくて。毎晩毎晩、寂しくてたまらなくて。
見かねたサニーが相談に乗ってくれていたはずが、気づけばこんな状況になってしまっている。
「大丈夫だから泣かないでよ、浮奇。じゃなきゃ俺が無理やりしてるみたいだろ」
温かい体温の手のひらが頬を包む。その親指が涙を拭ってくれた。
その優しさに頼って息を整わせながら、僕はある懸念を口にした。
「………僕多分、最中ふーふーちゃんのこと呼んじゃうと思う」
「それはいやだな」
本当に嫌そうな顰めっ面で即答されたので、思わず吹き出してしまった。
「だってさ、せっかく好きな子のこと抱いてるっていうのに、他の男の名前呼ばれるとかないでしょ」
言いながらサニーは上に着ていたグレーのTシャツをさらっと脱いだ。
仕事柄か鍛えられたその体は、美しかった。
「セクシーだね」
薄々感じてはいたものの今初めてはっきりと聴いてしまった彼からの告白に耳を塞ぎたくなって、思わず話題を逸らした。
動揺を抑えながら、そのまま彼の筋肉を指でなぞってみる。
頭上から吐息が聞こえ始めて、こちらも少し楽しくなっていたら急に手首を掴まれた。静止の合図だ。
「いいじゃん触らせてよケチ」
「どの分際で……………」
また呆れたように言うサニーに、そのままキスをされる。
やっぱり優しいそれに、少し泣きそうになった。
そのまま何度も触れるだけのキスが繰り返されて、自分の表情がわかりやすく溶けていく。
触れるだけのキスしかしてくれないサニーに焦れて、僕から先に進もうとしたその瞬間、ふいに顔が離れた。
「やっぱりやめる?」
「どうして」
心から疑問に思って伝えると、彼は困った顔で笑った。
「だって、浮奇、泣いてるから」
嘘だ、と思って触れた頬には確かに涙が流れていた。
それを意識してしまうともう止まらなくて、僕はそのまましゃくり上げるように泣いた。
目の前の、想い人より少し大きな体に縋れば、どんなときも変わらない優しくて温かい腕が抱きしめ返してくれた。
「サニー、ごめん。ごめんね。僕、間違ってたよ」
嗚咽を漏らしながら絶え絶えに言うとサニーは微笑んで、再度僕の顔を優しく両手で包んだ。
愛しさが溢れるその手つきに、心臓が壊れそうになった。
「間違ってない。間違ってなんかないよ浮奇。浮奇は本当にふーちゃんのことが好きなんだよ。こんなことをしてしまうくらいにね」
絆されちゃだめだと思いながらも、その優しい言葉が壊れそうな心に酷く響いた。
泣きながら謝り続ける浮奇に、サニーは心のなかで祈った。
神様。浮奇の想いが叶いますように。
彼が、幸せになれますように。
そのためなら、俺の恋なんて。
「浮奇。大丈夫。ありがとう」
宥めるように優しく名前を呼んだあと、感謝を口にするサニーに浮奇は泣きながら問いかけた。
「なんで、ありがとう、なんて」
サニーはまた微笑んだ。とても嬉しそうに。
「俺、本当に君が好きなんだ。凄く幸せな夜だったよ」
その言葉は優しい闇に溶けて、藍色にまた涙を灯した。