優しい金色に包まれて ●
夜の遅い時間だが、ゴールデンダイナーの厨房には明かりがついていた。
黄連用にカスタマイズされた厨房は小ぢんまりとして、ともすれば小人か妖精のキッチンのようなメルヘンが漂っていた。
が、そのメルヘンとは程遠いしかめ面で、黄連はデカいフライパンで大量のチキンライスを炒めていた――
「グッ……くそっ……米が……米が多いっ……!」
混ぜるだけでも筋力が要る。手首が腱鞘炎になりそうだ。火の元の熱気も相まってハァハァしながら、料理人は奮闘する。
なぜこんなバカみてぇな量のチキンライスを作っているのかというと――「好きなものは?」「米2合オムライスです!」という閃とのやりとりがありつつの。
「で、重里はどうする」「なんでもいいですよ!」からの、閃が「じゃあ同じものにしませんか」と提案したからだ。
閃からすれば、「同じものを食べた方が親睦を深められそう」という気持ちと、「メニュー2つより、同じメニューの方が菊葉支部長も用意をしやすいだろう」という気遣いがあってのことだろう。
だがしかし。米2合オムライスを2つということは、つまり、米4合要る、というワケで……。
「こ……米2合分を包める玉子、どれぐらい要るんだこれ……? ええい大は小を兼ねる!」
大量の卵をデケェボウルにぱっきょんぱっきょん割り入れて、牛乳をひとたらし、デケェ泡立て器でガショガショガショガショ。手首がもう限界よ!
「えっ……これ、人間が食べる量……なのか……? デッカ……」
我ながらなんてものを作ってるんだとちょくちょく正気に返りつつ、黄連は2合ずつに分けたチキンライスを無事に卵で包んだ。手首が痛いです。厨二病患者のように手首を押さえる。
そんなこんな。
医療チームから、閃と康平の治療と修理が終わった連絡が来たので、「重っ……米2合、重いッ……」とボヤきつつ、ダイナーのテーブルに大きなオムライスを2つ並べた。ケチャップもかけて、パセリも散らしてやった。
「……わあ! すごい」
ダイナーに現れた閃――痛々しい裂傷は綺麗に完治している――は、オムライスを見るなりパッと表情を華やがせた。カツンカツンと金属の澄んだ足音と立てて、「いいんですか?」という目を向けてくるので、「冷めんうちに食べろ」と先に座った黄連が促す。彼の前にはミニサイズの自分用オムライスがあった。
「すごーい! 大きいですね! 支部長、お疲れのところをありがとうございます!」
ヒューマンズネイバー状態の康平も、ハキハキと元気な声と笑顔を浮かべた。黄連はそれを見て――先程の戦闘で見た康平の翳りと不安を思い出し――大丈夫そうだな、と内心で安堵する。
「「いただきます」」
閃が手を合わせる。康平も、人間を真似て同じことをする。銀色の大きなスプーンを手に取った。
閃は大きな一口でもりもり食べていく。男子高校生という、人生で一番食べる時期に相応しい食べっぷりだ。だがガツガツ食べるような荒っぽさはなく、品が良い。食べている時の姿勢も正しく所作が整ってある。両親の躾と愛――育ちの良さが窺えた。
(……普通の、大事に愛されて育った幸せな子、なのだな)
黄連は微かに目を細めた。そんな子が非日常に引きずり込まれてしまった現実の残酷さを改めて感じつつ、自分のオムライスを頬張る。
「おいしいです、ありがとうございます!」
黄連の視線に気付いたのか、顔を上げた閃が嬉しそうに微笑んだ。「そうだろうそうだろう」、と黄連も相好を崩した。手首を痛めた甲斐があった。
さて康平はどうか、黄連は康平へ目を向けた。食べるペースは流石に閃より遅いものの(ていうか閃が速いのだ)、着々と食べ進めている。一口一口を、確かめるように噛み締めている。
「……これが、おいしい、ってことなんですかね?」
嬉しそうに食べ進めている閃を、優しく見守る黄連を、不安を乗り越え迎えた今を、そして康平という道具の居場所であるダイナーを見回して、レネゲイドビーイングはスプーンを置いて呟く。人間のように細やかな味の機微までは康平には分からない。だけど、あたたかくて、安心して、快いものだと、電子の回路に感じたのだ。
「うむ。そうだな。よかったではないか」
「おいしいですよねぇ、先輩」
向けられる二人の笑顔は、他の誰でもない、康平だけに向けられたものだ。
「――はいっ!」
康平は笑顔を返した。だが……
「あの……ところで……これ以上は……機体内部に入らないのですが……」
訳:おなかいっぱいです。
「……」
作った側の黄連は、残すな馬鹿者という感情よりも「だよな? やっぱりコレ多いよな?」という気持ちが先んじた。だが彼が何かを言う前に閃が――恐るべきことにもう食べきっている――「大丈夫ですよ」と康平の皿を掴んだ。自分のもとに引き寄せた。嬉しそう〜な顔で。
「残りは僕が食べますので」
「うっそじゃろ貴様……」
まだ食うの??? ほぼ米3合だが??? 黄連はエイリアンを見るような目をする。一方の康平は「閃さんは食べ盛りなんですねぇ!」と感心していた。
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「碓氷先輩も来たら良かったのに」
完食して、お皿を洗うのを手伝いつつ、閃が呟く。
「まあ、奴にも色々あるのだろうさ」
「そうなんですか」
蛇口の水がキュッと止まる。拭く・しまう係の康平に大きな皿を渡しつつ、閃は独り言ちるように黄連へ言った。
「……碓氷先輩、ちゃんと食べてるんですかね?」
その言葉を、黄連はその時こそ純粋な心配だと思ったのだが――
後からこのことを思い出して、ふと疑問を抱く。あの言葉の真意って、「もっとしっかり身体作りして仕上がった碓氷先輩と殴り合いてぇなぁ」だったんじゃねぇの? と……。
まあ、真実は閃のみぞ知るし、黄連はちょ〜っと聞く勇気がないのである。
『了』