夏の終わりの祭囃 ●
八月の終わり、今年もこがねが丘第一自然公園で夏祭りがされるという。
「花火も打ち上げられるんですよ。よかったら、皆で行きませんか?」
UGNこがねが丘支部。閃が仲間達の業務の一区切りを見て、そう提案する。
「……友達と行かなくていいのか?」
少年の言葉が、明らかに自分達を遊びに誘っているものだから――支部長の黄連は片眉を上げた。
「それが、仲の良い子はみんな合宿とか練習試合とかで……」
かくいう僕も去年まではそんな感じだったんですけど、と閃。競技一筋すぎて、夏祭りはなんと小学生以来だという。
「久々の夏祭り……皆さんで行けたらいいなぁって……花火も……こないだ、見に行けたらなって話もしてましたし……」
どうでしょうか。少しおずおずと、少年の上目気味の眼差しが一同を見た。
「はい! 是非!」
一番に元気よく答えたのは康平だった。あのリゾートグランピングで交わしたやり取りを、比喩でなく機械のように覚えていた。
「……なら、わしも行くかぁ」
子供とルンバだけだし、と言うが黄連も肉体は子供である。それから「貴様はどうする」という目でトウジを見る。彼はサングラスの奥の眼差しを、支部長から閃へと向けた。
「学生の時分に楽しめるだけ楽しんで来たらいいんじゃないか」
「……トウジ先輩は行かないんですか?」
閃の物言いには、「そう返ってくるとは思ってたけど、折角の機会だし来てくれたら嬉しいなぁ……」がにじんでいた。とはいえ、強制や食い下がりの色はなかった。
「人酔いする方の質だから遠慮しておくよ」
トウジがにこりと返せば、閃は「そうですか……分かりました」と頷いた。
その時だ。「夏祭りですか?」――話を聞いていた職員がうきうきと声を弾ませる。モルフェウスの彼はこう言った。
「折角なら、夏祭りらしい服で行かれたらどうです? 作りますよ!」
――というわけで。
黄連と康平は甚平、閃は浴衣(足隠しで長足袋を履いている)姿になりまして。
「どうですか、似合いますか」「うんうん、悪くないぞ」「いいですね! 似合ってますよ!」なんて会話もしまして。
会場であるこがねが丘第一自然公園はそう遠くない。
のんびり歩いて向かえば、道中、同じ目的地に向かっているのだろう浴衣の人々がちらほらと。近づくにつれて祭囃子も聞こえてくる。
「わあ……なんだか楽しそうな雰囲気がします!」
「そうですねえ、康平先輩は夏祭りは初めてですか?」
「はい!」
「いい思い出になるといいですね!」
そんな『子供達』のやりとりを、黄連は微笑まし気に見守っている。
「ああ、そうだ」
と、祭会場の目前で黄連が二人を呼んだ。振り返る二人に、小さい巾着をそれぞれ差し出す。
「小遣いだ。好きに使え」
「いいんですか ……ありがとうございます!」
閃が笑顔で受け取ったので、それを見ていた康平もお小遣いを受け取ることにした。
「これは……この資金を使用してもよい、ということでしょうか」
康平としては、まだ子供である閃の見守りと、黄連の付き添いのつもりだった。だが「金は使うものだ」と黄連の続く言葉に、これは遊んでもよいという許可なのだと判断する。
「ありがとうございます、大切に使いますね!」
そして、公園に到着すれば。
吊るされ並んだ赤い提灯、祭囃子と人々の楽しげな賑わい、屋台の活気が一同を出迎える。
夏の暑さや煩わしさを忘れるような、楽しげな熱気だ。
「おお……」
「これが……夏祭り……!」
黄連は少年の体に心が引っ張られ、康平は初めての風景に、感嘆のまま風景を眺めていた。
「あ! カキ氷ありますよ、歩いてきて暑いですし食べませんか?」
ほら、と閃が屋台を指差す。「わしも食べる」と黄連がいそいそ向かう。
「康平先輩はどうされます? 僕の一口わけましょうか?」
列に並びつつ、閃は康平へ問うた。身体構造ゆえ飲食への関心は薄めだろうが、味は気になるだろうと。
「いいんですか? ではそれで……!」
「何味がいいです?」
「何味……」
康平は看板を見る。いちご、みぞれ、メロン、ブルーハワイ、レモン……どれも未知の存在だ。決めあぐねていると、くすりと笑った閃が助け船を出す。
「僕はレモンが好きなので……レモンにしましょうか」
「はい! 異論なしです!」
「あ……それと支部長、一人前食べられますか?」
秘書として、彼の胃の小ささは把握している。閃の問いかけに、黄連はふんと笑う。
「カキ氷は実質水だからな、問題ない」
そうして渡される、レモンシロップのカキ氷と、みぞれシロップのカキ氷。
夏に火照った身体に心地良く染み渡る、冷たい甘さ。それを味わいながら、屋台や祭りの賑やかさを見物する。
ビールが売られているのを、黄連がチラッ……と見るので、「ダメですよ」と閃がたしなめた。やむを得まい、黄連はグッ……と我慢をする。
と、支部長は康平がじっと一点を見ていることに気付いた。視線を辿れば、おもちゃ売り場がある。夏祭りらしくお面があったり、ピカピカ光るものがあったり。すぐ近くでは、光る剣で遊んでいる男児の姿があったり。
「光るのに何か意味があるんでしょうか?」
「……さあ?」
そんな二人のやりとりに、閃がこう言う。
「光ってると、なんだか楽しいじゃないですか。夏祭りといえばああいう……光る腕輪ですよ」
ほら、と示すのは、祭りを行く人々の手首で光るケミカルライトの腕輪だ。
「折角だし着けてみますか?」
というわけで。
一同の手首に光るのは『夏の風物詩』だ。
それが照らすのは、二人と一機の夏祭りの風景。
焼きそばを食べる閃と、一口もらって「わしが作るのがうまいな」と呟く黄連。傍らでは、水風船――水風船釣りにて紛うことなき機械の精密さでゲットした、エメラルドグリーンの球体――を無心でしゃぼしゃぼ振っている康平。ちなみにくじ引きで光るカチューシャが当たったので、手首も頭部も光っている。
「射的ありますよ、康平先輩どうですか」と瓶ラムネを飲んでいる閃が屋台を指差す。「頑張ります!」と康平は挑んでみるものの……普段と勝手が違う銃器に悪戦苦闘、「この銃……欠陥品では?」と訝しむ彼に、人間達が「まあそんなもん」と含み笑った。
その後も、りんご飴やスーパーボール掬い、盆踊り見物なんかも堪能して……。
「――そろそろ花火の時間ですね、行きましょうか」
いい位置を事前に調べておいたんですよ、と綿菓子を手にした閃が案内をしてくれる。辺りは花火の時間が近いこともあってか、ますます人が増えていた。黄連はその人混みに流されかけるも――閃の用いる異能『彼方からの声』に「こっちですよ」と導かれて、どうにかはぐれずに済んだ。危ないところだった。
「楽しいですね」
賑わいの中、閃が肉声で言う。半ば祭囃子に掻き消されているも、その声は確かに傍の二人には聞こえた。二人が目線を上げた先には、少年のはしゃいだ笑みが見えたことだろう。「そうだなぁ」「そうですねぇ」と、二人の返事が重なった。
そして、公園の開けた場所に辿り着く。花火の時間より少し早く来たのだが、同じことを考えている人は他にも居たようで、既に大賑わいだ。
「黄連支部長、肩車しましょうか?」
小さいと埋もれて見えにくかろうと閃は善意で言うが、
「せんでいいせんでいい」
流石に恥ずかしい。手を振ってお断り。
「花火……楽しみですね!」
康平が思い出すのは、あの砂浜で見た花火だ。本格的な打ち上げ花火は人生……いやロボ生初で。
「……そうだな」
かくいう黄連も、打ち上げ花火を現地で見るのは三十年以上は昔のことだった。
閃も閃で、中学ぐらいからは部活一筋だったから……オーヴァードに覚醒していなかったなら、きっと今頃、ここにはいない。
三者三様、想いは銘々に。
かくして――そんな時だった。
「あ」
閃が夜空の一点を指差す。黄連と康平がそちらを見る。「ひぅるるるるる……」とか細い音を立て、小さな光が夜空へ昇って――
だぁーーーん。
夜空に咲いた大きな花火と、空気ごと全身を震わせる音。
わあっ、と周囲で歓声が上がる。
「」
康平は、あの砂浜で見た規模とは大違いの光と音にビックリしたようだ。だがそれも束の間、次々続く打ち上げ花火を――瞬きの要らないアイカメラで見つめる。その『瞳』に、花火の光が映り込む。「すごい……」と呟いた。電子の回路に、記憶としてその輝きを焼き付けていく。
「綺麗だなぁ」
人混みの隙間から垣間見える花火に、黄連は目を輝かせる。赤、青、緑、金色、様々な色彩が、小さな流星となって夜空に数多流れていく。花火の音の残響が、こがねが丘のビルに染み入り、微かなこだまを余韻として返す。あれが所詮は化学反応の光だとは知っている――それでも――今の黄連の胸に「所詮は」と腐す気持ちは、どこにもなかった。
閃もまた、周囲の人々と同じく花火に「わぁ」と感嘆をこぼしていた。そうしてふと、スマホを構えている者が目立つことに気付くと――ここにいない先輩を思い出した。
取り出したスマホを空に向ける。シャッター音は、花火と歓声に掻き消えた。四角いディスプレイ。切り取られた刹那が、データに保存される。
花火を見ながらの簡易な操作。メッセージはなくてもいいか。閃はトウジへ花火の写真を送った。「今ちょうど花火上がってますよ」の意を込めて。支部からなら見えると思います、今まさに見頃ですよ、と。
小物入れに仕舞われたスマホは……ほどなく、通知音を花火の音に掻き消されたが、トウジからのメッセージを受信していた。メッセージのないそこには、支部の窓から撮れる花火の写真が添付されていた。
●
「お疲れ様でした、楽しかったです。ありがとうございました」
花火も終わり、祭会場を後にする。遠のく喧騒を背中に、閃は黄連と康平へ丁寧に礼を言った。それから――少しはにかみつつ、こう続ける
「来年も行きたい、って言ってもいいですか?」
「ああ、また予定が合えばな」
黄連はそう頷き、
「もちろんです! 来年も行きましょう!」
康平は笑顔で声を弾ませた。二人の返答に、閃は嬉しそうに「ありがとうございます」と微笑んだ。
そうこうしている内に岐路に出る。
ゴールデンダイナーへの道と、閃が暮らしているアパートへの道だ。
「では、僕はこの辺で」
閃はこのまま帰宅する予定だった。暗めの路地へと歩き出そうとするが――
「ついて行こうか?」
子供一人でか、という気持ちから黄連が呼び止める。彼の見た目は閃より幼いことに関しては触れてはならない。
「僕もう16……あ17ですよ」
少し前に誕生日を迎えたばかりの閃は、17歳をまるで大人のように言うが、子供は子供だ。
「いくつであっても、夜に子供を一人で歩かせるわけにはいきません!」
康平がキリッと言う。彼にはイマイチ、17歳が子供の中ではほぼ成人であるという認識がまだできていない。
「ええと……じゃあ、よろしくお願いします」
気遣いを無下にするのも悪かった。子供扱いは少し気恥ずかしいが、閃は二人の申し出を肯った。
――帰り道は、夏祭りや花火の思い出話をしながら。この後に予定もないので、のんびりと歩いて。
から、ころ、下駄の音が、蒸したアスファルトに響いていく。銘々の手には。水風船やらカラフルなスーパーボールやらが提げられていた。
そうして閃のアパート前に辿り着けば、少年は改めて「ありがとうございました」と頭を下げた。
「こちらこそ。とっても楽しかったです! お誘いありがとうございました!」
康平は心からの言葉を伝えた。また一歩、人間への理解を深められたのだと充足感を抱きながら。
「ふふ」
少年が笑った。今夜は本当に楽しかった。心が柔らかくてあったかいモノで満たされるような。
「――うん、楽しめたのなら重畳だ」
眩いほどの純粋な空気に、黄連も柔らかく頷いて。
「それじゃあ閃、夜ふかしせずに寝るんだぞ」
「はい、黄連支部長も。今夜はありがとうございました」
閃がアパートへと入っていったのを見届けて。
甚平姿の黄連と康平も踵を返す。
「しかしまだまだ蒸し暑いなぁ……」
「今年は残暑が長引くそうですよ」
そんな会話を交わしていく。
手首を光らせ、祭帰りの浴衣達に紛れながら。
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(あれ? トウジ先輩からメッセージ来てる)
部屋について、花火中から触っていなかったスマホを確認して、閃は微かに眉を上げた。そうして中身を確認して――ふっと笑う。同じ花火を同じ瞬間に見ていたことに、なんだか、少し、嬉しいなぁと感じた。
(さてと……シャワー浴びよっと)
『了』