間奏●
『あの事件』から幾らかの日が経った。
季節はすっかり秋めいて、閃の制服も夏季制服の白いシャツから学ランになった。
しばらく支部で大人達に見守られて休息をとっていた少年は、今はもう元の住居で暮らし、学校にも通っている。一週間の休みについても心臓の病を理由にしたから、心配されたものの怪しまれることはなかった。
「……閃くん、大丈夫?」
支部での業務中、職員が声をかける。真面目な子だから、自分を押し殺してはいまいか気がかりなのだ。
「あ―― はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
振り返る閃は笑顔を向ける。言葉に偽りはなく、表情や声音にはいつも通りのハキハキとした溌剌さがあった。
愛されて大切に育てられた少年は、自己の基盤がしっかりとできあがっていて――だからこそ、つらいことがあっても、キチンと休めばまた立ち上がれる強さがある。決して出羽ゆめみのことを忘れた訳ではないけれど、それでも立ち上がらねばならないことを、閃はしっかと理解していた。
「そっか」
閃が元気を取り戻してくれてよかった。職員は笑顔を返す。一時の、本当につらそうで元気のない様子を見た時は、職員達も気が気でなかったものだ。
「碓氷さんとは仲良くやれた?」
「はい、御嶽さんにも良くしていただいて、お二人にはたくさんお世話になりました」
「……菊葉支部長は?」
「あぁ、――」
少年は困ったような苦笑を浮かべた。
「相変わらずです、……せめてお元気ならいいのですが。なんだかお仕事をたくさんつめてらして……心配です」
いつでもお手伝いできますからと支部長にお伝え下さい。職員にそう会釈して、閃は業務へと戻っていった。
その背を見送り、職員は小さく息を吐く。先日のゆめみ事件から……碓氷トウジはいつも通りとして、閃はあの通り元気になった。だが我らが支部長は、未だ何かぎくしゃくとしている。どうにかならないか、閃も悪戦苦闘しているようだが……。
「はぁ」
溜息を一つ、職員も業務に戻るのであった。
『了』