再会まであと3分 ●
「君が見た通りのコレが真実だ」
「君にもあるんだよこういう”力”が」
「貴様もうすうす感じていたのではないか? 自分の身体能力の異常さに」
「突然変異、ウイルス感染。適応できなければ欲望に呑まれて人間の形をしたバケモノになる」
あの部屋を出てからの記憶は曖昧だ。部員や監督とやりとりをして、解散して……ようやっと少し我に返った頃、僕は夕暮れの街を独り歩いていた。
そうだ、スマホ。音量がどうたら……と、菊葉さんが言っていた。ポケットから取り出す、音量を下げようとして……母さんからメッセージが入っていた。
『試合お疲れ様! どうだった? 怪我してない?』
ふっと、その文字列を見た瞬間、どっと、形容できない感情が溢れ出て、立ち止まって、俯いていた。
あの部屋で起きたことを、母さんに伝えようとは思わなかった。伝えられるはずがなかった。
「あなたの息子は超能力に目覚めた怪物です、今まで試合に勝てていたのは全て超能力のおかげでした、学業の成績がいいのも全て超能力のおかげでした」、だなんて――言えない。言えるはずがない。どんな顔をされてどんな言葉が返ってくるのか、想像するだけでも恐ろしくて。
(え……? ていうか僕、スポーツ特待生なのに、成績がぜんぶ超能力のせいだったら学校……どうなるんだよ? 学費の免除は? 私立の学費ってどれぐらい? うちにあんまり余裕は……、働く? いや就職できるの? 転校? できるの?)
お金とか。将来とか。考えるほどに黒くて暗いものが頭を渦巻く。
(それに……キックボクシング……辞めないといけない、よな、こんな、……え? 嘘だろ……今までこんなに頑張ってきたのに……毎日毎日……必死になって……努力してきたのに……無駄だった、無意味だった、僕の今までってなんだったんだ? 監督に、部の皆に、スカウトしてくれたジムに、なんて言えばいいんだ? 超能力者になったから辞めます? そんな馬鹿みたいな無責任な理由が……まかり通るかよ……)
自分の感情の正体が分からない。いろんな感情が混ざり合っている。だけど、その中で一番大きいのは「悔しい」だった。
悔しい。悔しい。悔しい。今まで我が事のように成したことが全て、超能力の『おかげ』だったなんて。自分は何一つ、成し遂げられてはいなかったのだ。ただ超能力があっただけで、才能なんて――なかったのだ。アンフェアな力を得意顔で振り回して称賛されていい気になっていただけの、滑稽な化け物だったのだ……。
「――っ……」
深呼吸を無理矢理ひとつ。
(冷静になれ、考えろ……考えるんだ……)
結局、母さんからのメッセージには何も返せず既読だけつけたまま、スマホをポケットに仕舞い込んだ。
(……今からでもあの人達のところに行こう。ゴールデンダイナーだったか……もう一度……冷静に……頭を下げて……具体的に話を聞こう。そうしたら何か……何か、どうにかなるかもしれない……)
顔を上げたら、車に窓に看板にと乱反射する西日に目が眩んだ。目をしばたかせて――不意に、空気が、ピリッとするのを感じた。ほとんど反射的に、目が『そっち』を向いていた。
そこには――すぐ目の前には――後方から女性の耳へナイフを宛がう男が居て。
――「……ただし、」
菊葉さんの声が脳裏をよぎるのと、駆け出すのは、同時だった。
――「ファルスハーツとかいうテロ組織には関わるなよ。あいつらは超能力で人を傷つける類の輩だ」
ああ、馬鹿、馬鹿野郎、あの時もっと冷静になっていれば。冷静に現実を受け止めようとしていれば。テメエは下手を打ったのだ、風早閃、馬鹿野郎。
――蹴りが奴の手首を跳ね上げる。ナイフが宙を舞う。男が驚き振り返る。辺りは僕らに気付かない。まるで僕らだけ普通から切り離されたみたいだ。
なんだよこれ、なんなんだよ。分からない。でも、だけど、唯一分かることは。
(ここで戦うと他の人が危ない――)
確かこの路地を抜けたすぐ先に、カジノの建設予定地だかの空き地があったはず。あそこなら人は来ない、多分。
そう思った時には、奴が振り返りきる前に、その体を掴んで路地へブン投げていた。そして奴が大通りに出ないよう立ちはだかる。
「なあ、おい、おまえ 俺と戦え」
こういう時、なんて言ったらいいのか分からなくて。何が有効なのか、何が最善なのかも分からなくて。馬鹿だなぁ、僕、何やってるんだろうなぁ、何が正解なんだろうなぁ。そう思いながら、父さんが教えてくれた通りの構えを取った。今ここで、正に今、何かをどうにかできるのは、自分しか居なかった。