April showers bring May flowers Shit 5月も中頃に差し掛かって、一番雨の少ない時期だって言うのに。せっかく休暇を取ったのにウンザリだ。
雨の日の匂いは、過去の嫌な出来事と頭痛を脳裏に呼び起こす。
ふぅ。と息を吐いて、パチン!と頬を両手で勢い良く叩いて、派手に椅子を倒して、兎に角行動しよう!
思い立ったら、ボディバッグにおやつとスマホと財布を詰めて、フーデッドコートを羽織って。ミスタは街に飛び出した。
It's misting.スプレーで吹き付ける様な雨が、ドーンピンクの髪を濡らして額に貼り付き、メインストリートに辿り着く頃には2日前の風船みたいに気持ちが萎んでしまった。
灰色に光る大通りには、見渡す限り人影が無い。背筋に針金を入れられた様な圧迫感と息苦しさが、雨と共に身体に侵食して来る感覚に襲われて、そっとアクアマリンの瞳が揺れた。
居た堪ら無くなって、薄暗いショーウィンドウの切れ間に足を踏み入れた。窓も無い狭いブリックレッドの路地裏は雨で滑り易く、所々段差があるせいで歩きにくい。
何故か前方だけを目指して、先へ。先へ。
幾つかの角を曲がった先は、行き止まりだったのだけれども、屈めば通れるくらいの穴が開いていた。
良く考えてみれば、不法侵入待った無しの案件だけれど、その時はそんな事少しも思わず。後ろから追って来るナニカから逃げたかった。
壁だと思っていた空間は、1メートル程の奥行が有って、ゴソゴソと進んでいると、延ばした右手の袖がぐいい!と引っ張られて、前転しながら飛び出す事になった。
「痛った!」
仰向けで見上げた空は晴れていて、真っ白い犬がミスタを覗き込んでいた。目が合うと嬉しそうに頬を舐める。
「シベリアンハスキー?カッコイイねお前。カルパス食う?」
バッグから犬と、自分の分のおやつを取出して、地面に座り直して食べる。見渡すと柔らかな下草の生えた草原が拡がっていて。イヤイヤ。近所にこんな所無いって。振り返ると、自分が抜け出たであろう穴も、壁すら無かった。
ポツンと、広い草原に一人きり。
言いようの無い淋しさに拳を握り締めると、犬は足元に擦り寄って、くぁん。と優しく鳴いた。
頭を撫でると、思ったより柔らかな毛足の触り心地で、温かい体温が伝わって来て、安心感が手先から伝わった。
「どうしたら良いんだろ。」
こんな不思議案件の時に、頼れる人物は二人程浮かぶのだけれど、片方は今日はメン限配信だし、もう片方は同じ様に休暇の筈だけど、社交的なヤツにはプライベートも忙しく予定が詰まって要るだろう事が思いやられて、スマホに手を伸ばすのが躊躇われた。
ミスタの心情を反映する様に、空の色が鉛色に変わって、ポツン。It's chucking it down. 土砂降りに成りそう。
「大丈夫?」
顔を上げると、パツンと前髪を揃えた女のコが犬と立っていた。しかも、周りは少し狭い通りにぎっしりと店舗が並ぶ商店街。
「ダイアゴン横丁???」
困惑するミスタのコートの裾を引っ張って、女のコはPennyCandyshopに入る。イロトリドリの量り売りのマシュマロやガム、チョコレート、飴玉がキラキラして、甘い香りが心地よい。
「ね、キミもお菓子食べない?オゴルからさ!」
小さな袋に沢山詰め込んで、店の端の小さな机でパーティーを始めると、しゃた。しゃた。しゃた。独特な足音が近付いて来た。ミスタはその足音を知って居る。
洒落た紙の傘をさして、黒い髪のイケメンと、真っ黒なシベリアンハスキーが、通りの先から段々と。
大きく眼を見開いて自分を見上げるミスタの頭をぽん。と叩いて、ヴォックスは少女の前に左膝を付き、そっと右手を取って自身の額に宛てた。
「ウズメの君に感謝を」
少女は笑いながら、2匹のシベリアンハスキーを連れてミスタに手を振って店から出て行った。
「こんな所に迷い込んで。困ったら連絡しろと言っただろうに」
小首を傾げて眉を下げたヴォックスは、店から出るとミスタの前で傘を振った。赤い蛇の目が視界を横切ると、見馴れた玄関があって。
「送り狼になるかも知れんが、ご招待頂けるかな?ミスタ」
ウィンクをひとつ落として微笑う鬼を家に引入れて、ミスタは思う。
「悪くない。悪くない休日だ!」