Summer haze 体温を超しそうな気温に50パーセントの湿度とくれば、汗は蒸発できずどっぷりと頭からつま先まで湯に沈められているのと変わらない。
机に置かれたペットボトルの尋常じゃない結露の水たまりが、机から床に滴り落ちるように思考回路も溶けて脳死状態だ。
夏季休暇というイベントが始まっても、部活だとか補習だとか学園祭の準備だとかで、何かと学生は登校せざるを得ない状況がある訳で。
部屋単位で空調のある生徒会室は必然的にたまり場…もとい避難所という名の彼らのオアシスとなっていた。
今年は皆で夏祭りに行こうね。なんてアイクが言い出し。僕、お神楽があるから夜は無理なんてシュウが応じて、この町の夏祭りは規模が大きいから楽しめるんじゃないか?とヴォックスがミスタを誘う。
「水風船?」
「うん。キャラが印刷されているヤツがあって…..」
「マジ?見てコレ! コ◯ドームに水入れて膨らまして投げ合うクレイジーな動画!」
どんな検索をしたのか、スマホをいじっていたミスタが叫ぶ。アイクがキれる。
「ミぃ~スぅ~タぁ~?」
「ごめんて!」
「ウォーターランだよね? 俺参加したことある! ハーフ走ってる間に、 観客から水風船とか水鉄砲で攻撃されるヤツだよね?!」
「いや。なんだそのクレイジーな競技は?」
ルカの発言にヴォックスがツッコむも、シュウも攻撃側で参加したよね。 楽しかったですね。 なんて頷き合う二人。
「そういえば。皆、面白いものがあるのを思い出したぞ」
ヴォックスが続きの倉庫室からごそごそとビニール袋を持ち出して皆の前に置く。
ブドウのように茎に繋がれた色トリドリの丸いゴム。一度に大量に水風船が作れます。というアレだ。
「何代か前の謝恩会で、空気を入れてアーチを作った残りだ。これだけあれば多少劣化していても、ちょっと遊ぶ程度の数は確保できるだろう」
「裏のマザーガーデンだったら水道もあるし、この時間は誰もいないかもね」
尤もらしい口調で悪ふざけには一番乗りする生徒会長サマが笑うと、 はああ。とため息を吐いてこめかみを抑える副会長が場所を指示する。 まぁそう言いつつ、メガネの奥のツァボライトは好奇心の浅葱色にキラキラ輝いて、そそくさと足が出入り口に向かっている。早速バルーンセットをひっ掴んで外に駆け出す金色の毛並みのゴールデンレトリーバーを、2人分の鞄を抱えてしなやかなアメジストの風が笑いながら追う。
「ミスタ。私たちも行こう」
ぽん。と軽く肩を叩かれて我に返ったミスタの柔らかな牡丹鼠色の髪をくしゃりと撫でて、金色のユーパーライトの瞳が優しく揺れる。
「な、なんかその顔やらしい!」
「む。下心が透けて見えたか」
八重歯を見せて笑うその顔も、300Hzのバリトンも、無性に喉の奥を。胸をざわざわさせるので。
俺はいつも走って逃げる。
「POG !」
「あぁーーははははは!」
「小さめに作ると多く持てるんですよ!!」
洒落た公園の庭なら兎も角、学校の夏の庭にあるのはひまわりと、暑さを凌ぐための瓜類の蔦だけだ。緑一色であるはずのそこは、破裂したカラフルな風船爆弾の欠片が散らばってビシャビシャだ。
バァッシャァン
ありえない質量の丸い塊が視界に入った瞬間、身を屈めて避けたミスタの後ろで、爽快な爆砕音が弾ける。
一応手を騙すも、張力ギリギリまで水が入った風船は、触れたとたんに破裂して、ヴォックスの顔面に少なくない水流を叩きつけた。
「ルカの馬鹿力えげつねぇ…..」
「Fack…やってくれるじゃないか。あァ?」
遅れて参戦した2人の体制が整うまで。なんてフェアな精神なんてハイテンションの男子学生に欠片も残っちゃいないのだ。
「痛っ。シュウのなんかピンポイントで痛い!」
「ヴォックス!相手の近くで握りつぶすの反則じゃない?!」
「アイク!背後から襲うの怖いって!UN POGだよ!」
「ミスタ!私の陰に隠れるな!」
「 効率悪いですね。ルカ、連携しましょう」
数十分のじゃれ合いに体感1時間ぐらいの体力を使って、全力で遊び倒した5人は、全部の水風船を使い切ると、とぼとぼとごみ拾いに転じる。最後はホースで水を撒いたり、バケツを振り回していたような記憶がしないでもない。
少し経てば乾くなんてもんじゃない位に濡れた5人は、ぬるく貼り付く衣服にげんなりしながらびっちゃびっちゃと足跡を残しながら歩く。
部活のジャージを素肌に着たルカはコンビニで下着を買って、 シュウの家で着替えると言いながら一緒に帰って行った。アイクはもう一着制服の替えがあるから、生徒会室に戻って少し書類を整理してから帰ると校舎に戻って行った。
残されたミスタとヴォックスは、昼に差し掛かって真上から見下ろす太陽に焼かれながら、なんとなく歩いた。露出した肌が乾燥し、じりじりと炙られて身体が重い。
時折熱風が駆け抜ける、無言だが心地よい空間は手放し難く。
「ヴォックス、うち、来る」
「それは素晴らしい提案だ。ぜひご相伴に与りたい」
うろうろと視点を彷徨わせて、何度か逡巡したミスタがたどたどしく言葉を形にすると、気怠げに首を傾けたヴォックスは、蕩ける様に相好を崩して直ぐに返答した。
それから二人は少しだけ軽くなった足取りで、コンビニで下着と飲み物とスナックを買い、食事はちょっと良いものを食べよう!とヴォックスがデリバリーを注文し、一駅先のミスタが一人暮らしをしているワンフロアの学生マンションに向かった。
コンビニ袋をぶら下げて楽しそうに歩く二人は、強い日差しによるためか、はたまたアスファルトから立ち上る熱気による影響か、頬から耳までほんのり赤く染まっているのが見てとれた。