愛しさと。昔ながらの鉄製の鍵。揃いの妖怪ストラップが揺れるそれをポケットから取り出し、ドアノブに差し込む。鍵を捻ると、カチリ…とロックの開く音がした。
「ただいま」
扉を開けると同時に、中にいるだろう人物に声をかけるが返事はなく。それはいつもの事なので、暁人はいつものように靴を脱ぎ、中に入った。
そもそも、1LDKの室内。目と鼻の先に家主はいた。万年床に近い薄い敷布団とタオルケットの上で、こちらに背を向けて規則正しい寝息を響かせていた。
「KK、もう昼だよ」
暁人は買ってきた袋いっぱいの食材をテーブルに置いてから、家主に近づく。
「ねぇってば!KK、起きて!」
少しだけ声を張り上げて、しゃがんでKKの肩を叩く。それを数回行った所で、微かな呻き声を上げ、KKは薄く目を開けた。寝惚けた瞳で暁人を捉え、のそのそと緩慢な動きで身体を起こす。それを、暁人は少し可愛いと思ってしまうのは、惚れた所為なのだろう。
「おはよ、KK。ご飯食べる?」
「……くう…」
こくんと頷いたKKに、暁人は頬を緩ませ立ち上がった。
「ん。じゃあ、ちゃんと起きてね」
まだ覚醒しきっていないKKをそのままに、暁人はキッチンへ戻る。そして、買ってきた食材を冷蔵庫に詰めながら、使うものをシンクへ揃えていった。
キャベツに豚バラ、太麺の焼きそば麺と卵がふたつ。それに濃口ソース。一般的な焼きそばの材料だが、KK好みのものだった。
随分と手馴れた動作で包丁とまな板を取り出し、一度水に通してからキャベツを切り始めた。
トントントンッと一定のリズムを刻む音をBGMに、KKは暁人の背中を眺める。
自らと比べては華奢だが、同年代と比べるとしっかりと厚みのある背中。KKはふと、彼の後ろ姿を見た事は少ないように感じた。思い返せば、暁人はKKの隣にいる事が多い。背中ではなく、顔を良く見ていた。自分だけに見せるコロコロと変わる表情。笑っていたり、怒っていたり、拗ねていたり。感情表現が豊富でわかりやすい歳下の相棒であり、恋人。
上機嫌に昼食を作っている彼の顔を、KKは無性に見たくなった。常日頃、何度も見ているというのに。今、どんな表情をしているのか、余す所なく把握しておきたかった。
惹かれるようにKKは立ち上がり、暁人を後ろから腰に手を回して抱きしめた。
「うわ、何!?」
突然の重みに驚き、暁人の動きが止まる。
「ちょっとKK!危ないだろ!?」
「ん」
苦言に生返事を返し、KKは暁人の顔を眺める。驚きと少しの怒りが入り交じった綺麗な表情。可愛いな。と頬が緩み、愛しさが込みあげてきた。
「KK?」
「暁人」
「っ…ん…」
少し顔を寄せた暁人に口付けた。
啄むだけの柔らかいものを送る。愛おしさをたっぷりと詰め込んだ、優しく少しだけ苦い口付けを。
暁人が享受するのをいい事に、満足するまで口付けた。唇を離すと、不思議そうな暁人と目が合う。
「どうしたの?」
「したくなっただけだ」
「なにそれ」
ふふっと小さく笑った暁人に、KKはきゅう…と胸が締め付けられ、もう一度だけ触れる口付けを送った。
「もう。まだ寝惚けてる?」
「いや?」
「ほんとに?なんかおかしいよ?」
「可笑しくなんかねぇよ」
ただ、お前が好きだって思っただけだ。
言葉にするのは恥ずかしく、腹の底に飲み込んだ。代わりに、何度目かのキスを頬に送った。
暁人は擽ったそうに微笑み、KKの頬にキスを返した。