言わぬが花も。「君、迷子?」
「……?」
とある昼下がり。暁人はKKに頼まれた買い物を済ませに御嶽商店街へと足を運んでいた。
暁人自身、買い物はネットショッピングや量販店で済ます派だったのだけどKKの影響か近頃は商店街で買い物をすることが多くなったのだ。やはり人と対面でする買い物はまた違う。オマケをしてくれたり顔を覚えてくれたり、KKが言うすぐ手に入る良さもなんとなくわかってきた。
そうして最近お気に入りとなったこの場所で暁人はとあるものに気づいたのだった。
……あの子、迷子かな。
行き交う人々を見つめながらシャッターが降りた店の前でじっと立ったままの子供。その子の服装はTシャツにハーフパンツ、スニーカーと地味ながらも特徴的な赤い長い髪がやたらと目立つ。それなのに周りの人はあまり気にしないようで。
なんか、違和感は感じるけど。子供があんな状況にあるのを黙って見過ごせる暁人ではなかった。
そして冒頭へと至るのであった。
「名前とか言える?家族と来たの?」
「……」
「いつからここに居るか覚えてる?」
「……」
暁人の質問に子供はずっとキョトン顔。反応はするから聞こえてないって訳じゃないんだろうけど…。そんなことを思っていると。
ぐぅ。
子供の腹からそれなりに大きな音が。子供は自分で自分の腹の虫の声にビックリした顔をして。
「ふふっ…、お腹空いてるんだね」
その可愛らしさに思わず暁人は先ほど立ち寄った店で買ったものを一つ、紙袋から取り出した。
「良かったら食べる?ドーナツなんだけど」
帰ったらアジトのみんなも食べるかなぁと思いたくさん買った砂糖をまぶしただけのシンプルなドーナツ。パン屋で揚げたてだというのでついつい買い込んでしまったのはヒミツだ。
まだ温かなドーナツに子供は長い髪のスキマから見える目をキラキラと輝かせて暁人をじっと見つめてきた。
「食べたかったら食べていいんだよ、どうぞ」
暁人がそう言うと子供は恐る恐るドーナツを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
さくり。軽い音を立てて咀嚼されたドーナツに子供の顔はみるみると喜びに満ち溢れた表情になった。
「もっと食べたかったら遠慮なく言ってね。…あ、口の端ついてるよ」
はぐはぐとドーナツを頬張る子供の頬を手持ちのティッシュで拭いながら暁人は笑う。なんか、麻里の小さい頃思い出すなぁなんて。今の麻里はこんな食べ方そうそうしなくなったけどさ。
「お茶もあるよ」
「……!」
ペットボトルの蓋を外して渡してあげれば、小さな口で必死にお茶を飲む子供の様子にさらに暁人の口角が緩む。結局子供はドーナツをもうひとつおかわりして満足したようだった。
「お腹、もう空いてないかな?」
「…!…!!」
子供は少し膨らんだお腹を撫でてコクコクと頷く。これならちゃんとした惣菜パンも買っておけば良かったかなぁとちょっと後悔したが仕方がない。とりあえず空腹は免れたみたいなので良しとしようか。
そしてまた本題へと戻り。
「また同じ事聞いて悪いんだけど…1人でここに来たの?一緒に来た家族とか友達とか、居ないのかな」
すると子供は先ほどと打って変わって「あぁ、」とか「うう」と声を発した。どうやら喋れない訳ではなさそうだが…。
そんな事を思っていると突然暁人のスマホが鳴り出した。発信元はKK。
「あっ…ごめん、ちょっと待っててね。もしもし?」
慌てて電話に出るとKKは〈今誰かと居るか?〉と開口一番にそう聞いてきた。
「え?今は、迷子っぽい子供と居るけど…」
〈はぁ、やっぱりか。買い物頼んだところ悪いがその子供連れて河童ヶ池まで来れるか?その子のツレが俺の所に居るんだ〉
「そっ、そうなの!?」
なんでそんな事がわかるの、とかそのツレって、とか今聞きたい事はたくさんあれど。暁人は子供の手を優しく握って笑いかけた。
「君と一緒に居た人見つかったって。今から一緒に会いに行こう」
子供は暁人の言葉にふにゃりと笑い、繋いだ手を握り返してくれた。その時に気付くべきだったのだ。
ほんの少し、子供にしては握る力が強かった事を。
* * *
『いやぁ〜〜!!ホンマに助かったわありがとさん!!』
「は、はぁ…」
KKに言われるがまま河童ヶ池に足を運べば、そこに居たのはKKといつぞや色んな意味で大層世話になった(世話したとも言える)洲本の狸親分の姿があった。
お久しぶりと言う間もなく親分は暁人の横に居る子供を見るや否や、腰が悪いというのがウソのように瞬足でこちらに飛びつき子供の無事を大袈裟なまでに喜んだのである。
「ったく、いきなりアジトに飛び込んできやがってよ…『迷子のキジムナー知らんか!?』とかなんとか言って俺のこと引きずり回しやがって」
『へへへ…その件についてはすまんの。それよりアンタ、偶然とはいえその子を保護してくれてありがとうな。この子になんかあったら知り合いに顔向けできんところやったわ…無事でホンマ良かった』
親分にお礼の握手をされながら暁人は横に居る子供が人間ではないことに今更ながら驚いている。髪の毛以外はほぼ人間そのものだ。
『そりゃワシの変化の術でちょちょいやで。ホンマの姿はもうちょい赤ら顔で背も低いけどな、こんくらいなら違和感なく人間の街ウロつけるやろ思て』
聞けば、この子…キジムナーは一度東京へと観光に来てみたかったのだという。そこへ東京観光へ行った洲本の親分がまた東京へ行くと聞きつけたこの子の親御さんが是非にとお願いしてきたのだそうだ。もちろん親分は二つ返事で承諾。滞りなくここまでやってきた…のだけど。
『東京はな、美味いモンの匂いとか珍しいモンがたくさんあって目移りし放題やろ?この子も例に漏れんかったようでなぁ…今回ばかりはワシの監督不行き届きや。面目ない』
「でも、きちんとしてたよ?ウロつかないで同じ場所にじっと立ってて…お腹空いてたみたいだからドーナツ食べさせちゃったけど」
『あれま。そりゃまた世話んなって…このお礼は後ほどさせてもらいますわ。良かったなぁ、坊』
洲本の親分の言葉にキジムナーはニコリと笑った。本当に、こうしている分には普通の子供と何らかわりはない。変化の術も大したものだ。
「で、まだまだ観光は続けんだろ?」
『そりゃもう。この子らは木の精霊やからな、親戚の木霊たちにも会わせてやらんと』
「しっ親戚の木霊!?」
何やらめちゃめちゃ聞き捨てならないワードに思わず暁人も声を上げた。どうしよう、許されるなら同行したいぐらいだ。
しかしその思惑をすぐに見透かされたのか、KKがじっとこちらを見つめてきたので暁人はすぐにそれを諦めたのだった。いや、だって見たいでしょ親戚の木霊。
「…無事、親分さんにも会えたし良かったね」
『…』
キジムナーは暁人を見上げて、少しだけモジモジしたあと暁人のTシャツを引っ張った。何かな?と暁人は屈みこみキジムナーへと顔を近づけると。
『かなさんど、じょおい、まじゅん』
まるでそれは耳打ちをするように小さな声で。キジムナーの小さな手の指先はKKを指差し、それから暁人を指差していた。
「……へ?」
『……!』
なんて言ったの、と暁人が意に介さない顔をしてみてもキジムナーはニコニコと笑うだけ。KKはKKで自分が何か言われたのかと怪訝な様子。
しかし洲本の親分はやたらとご機嫌な様子で『まぁまぁ』とキジムナーの手を取った。
『まだあとしばらくは東京に居る予定やさかい、また時間の合う時に遊んだってや〜。兄さんがくれたドーナツがサーターアンダギーと同じくらい美味しかった言うとるし、キジムナーも兄さんのこと気に入ったみたいやしな!ほんじゃまた!』
『ばい、ばい』
無邪気に手を振るキジムナーに暁人は呆気に取られつつも「うん、ばいばい…またね?」と手を振り返した。
「………何はともあれ良かったじゃねえか」
「うん…まあ、そうだね」
そういえばとKKは暁人が持っていたエコバッグを見る。
「頼んでた買い物、済ませてくれたのか?」
「あっ!ごっごめん!あの子見つけちゃったから途中までしか買えてないや!」
わざわざここまで足を運んだと言うのに何をしてるんだ僕は!暁人が少しの情けなさに眉尻を下げているとKKは「そんなこっだろうと思ったよ」と笑って。
「ほら、俺もここまで来たんだ。一緒に買い物して帰ろうぜ。アジトでの仕事はデイルに押し付けてきちまったしよ」
「KK…」
「お詫びのコロッケも買って帰んなきゃだしな」
「…ふふっ、そうだね」
いつの間にかKKの手の中にあるエコバッグ。こういうところは抜け目がないなと暁人は感心する、…また少し惚れ直してしまったというのは心に秘めておくとして。
一連の迷子騒動はこうして幕を閉じたのだった。
後日。
あのキジムナーは訛りを気にしてあまり喋らなかったのだと親分の談。そういえばあの時話した言葉は何を意味するのだろうと聞けば『それは自分で調べた方がええやろうな』と親分はヘラヘラと笑うだけ。
そしてこれも余談ではあるが、キジムナーは自分達に親切にしてくれた人間達に大なり小なり恩返しをしてくれる性質があるらしい。どうりでやたらと羽振りの良い依頼が舞い込み続けると思った。
そしてそんな恩恵を受けつつも、暁人が自分であの言葉の意味を調べた時──しばらくKKの顔をまともに見られなかったのは、言うまでもなかったそうな。
誰か、キジムナーは人の心もわかるのだと後述しておいてくれ。
(愛してるよ、ずっと一緒)
了.