今年の桜柔らかな日差しが降り注ぐ午後。
今日は特にすることもなくもはや休みと言ってもいい、しかし部屋でゴロゴロ過ごすのも退屈だと感じたKKは公園まで赴くことにした。案の定平日の公園にはあまり人が居ない。
空いているベンチに座って一応周囲に人が居ないことを確認してから煙草を咥えて火をつけた。
…ヒマなのは平和な証拠である。休みだってあまり無いKKにとっては最高の一日であるはずなのにどうしてか実感があまり無い。味気なくて仕方がないのだ。
「なんだよ、すっかり春だなぁ」
ふと見れば公園の真ん中に陣取っている桜の木はほぼ満開を迎えていた。大輪の花をあちこちに咲かせ、薄紅色の花弁を風に乗せてささやかに地上へと降らせてくれている。
暗い夜の中で走り回るいまのKKにとってはこんな陽気の中でのんびりしていること事態がイレギュラーで、だからこそついつい浮かれてしまってコンビニで煙草を買うついでに食べるかもわからない三色団子なんかを買ってしまった。
…なんだ?何かが足りない。
こんな春を過ごしてきたのは今が初めてでもあるまいに。
煙草はある、公園は人も少なくて静かで桜だって見頃だ。天気だって最高なのだし。
「う〜ん………?」
膝を組んで頬杖をつきながらKKが唸っていると。
ぴとり、と冷たい何かが頬に触れた。
「っつぁ!?」
冷たさに驚き思わず跳ねる体。
慌てて後ろを振り向けば、そこには缶コーヒーを片手に笑っている暁人が立っていた。
「ぷっ…ごめん、KK。そんなに驚くとは思ってなくて…はは…!」
こちらのリアクションが面白かったのが暁人は笑いを抑えながら謝ってくる。KKは今更ながらにふつふつと恥ずかしさによる怒りが湧いてきた。
「あーきーとーくーん?お前なぁ…」
「出来心でついやっちゃったんだよ、本当にゴメンって!KKの所に行こうかなって思ってたらここで見掛けたから」
「……チッ、イタズラ坊主め」
柔和な暁人の笑顔を見てしまうとどうにも全部許してしまう、いや許さない時はきちんと怒るけれども。
「まぁまぁ。コーヒー買ってきたから…ってあれ?三色団子なんてKK食べるの?」
「あ?あぁ、そういやさっき煙草買う時ついでに」
「飲み物はないのに?」
「…………」
忘れてた。厳密に言えば団子にコーヒーは合わねえよなぁと思いつつそのままレジに向かってしまったのを。春の陽気にボケてたか、KKは自嘲の笑みを浮かべた。
「なんとなくノリで買っただけだ。お前が食いたかったら食って良いぞ」
「えっ…良いの!?」
KKの言葉にパァッと明るくなる暁人の顔。
…なんかアレだな。餌をあげた犬と似ている気がする。
そんな事を言えば流石の暁人も怒るだろうから絶対言わないが。
KKはさっさとパッケージを開けて一本を取り出し暁人へと差し出した。暁人はそれを受け取ると思っていた、のに。
「いただきます」
「は?」
ぱくっ。
あっという間に桜色の団子は暁人の口の中へと消えていった……じゃなくて。俺は食べさせるために団子を差し出したんじゃないんだが?
「おいコラ、自分で持って食え」
「んぇ?食べさせてくれたんだと思ったのに」
「変なとこで甘えたになるなよ」
冗談めかすようにちぇーと口を尖らせながら暁人は渋々と団子の串を受け取る。コイツは時々本気なのか悪ふざけなのかわからない事をしてくるから困ったもんだ…何が一番困るってそんな暁人が心の底では可愛く見えてる俺のチョロさなのだが。
「KKもひとつくらい食べなよ、美味しいよ?」
暁人はそう言って俺に串を差し出してくる。浮かれて買ったのに食べずにいるのは確かにちょっともったいないか。これなら塩大福か桜餅を買っておけば良かったかもしれない。
「…じゃあ一個だけもらうわ」
あぐ、と白い団子に口をつけて引き抜く。口の中に途端に広がる甘みは昔から変わらないやさしい甘さで。
「美味いな」と俺が思わず零すと暁人は「でしょう?」とご機嫌な笑顔になる。
それは咲いている桜にも負けないくらいに綺麗で愛らしくて、とてもホッとする暖かさで。
──あぁ、なんだ。
そういうことかよ。
ふっと鼻で笑い俺は暁人の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「え、なっ何!?」
「別に」
「別にじゃないだろ、髪グシャグシャなんだけど!」
「よっ男前」
「KK〜…」
「すまんすまん」
笑ったり怒ったりくるくる変わる表情に俺は笑う。そして心の底からの安心を覚えるのだ。
俺にはお前が足りない、なんていつか言えたらどんな顔をするんだろう。おそらく拒絶はされないだろうと根拠のない自信があるのはこの春の陽気のせいか?
だってさっき思ってしまったのだ。暁人が隣に居て、自分の名前を呼び花咲くような笑顔で笑ってくれた時に。
──ここに春がやって来た、とガラにもなく。
「暁人。お前このあとヒマか?飯食うなら連れてってやるよ」
「えっ…い、行く!」
「だろうと思った」
とりあえず今日は時間の許す限り一緒に居たい。
そんな甘やかな気持ちは口の中に残る優しい甘みにひどく似ている気がして。
「ねぇKK」
「なんだ?」
立ち上がり、暁人は言う。
「今年の桜をKKと見られて良かったよ」
はらりと舞う花びらは暁人の微笑みを彩っている。
「………俺も。本当にそう思うよ」
この返事を暁人をどう受け取ったのかはわからない、けれど。願ってやまないのはただひとつだけ。
来年も再来年も──その先もずっと、暁人と一緒にこの桜を見られたら良いのに。
この甘いささやかな願いにもうしばらく浸りたくなったKKはもらった缶コーヒーを開けることもせずに上着のポケットに捩じ込んだ。
今年の桜が今まで一番綺麗に見えたのは、きっと気のせいじゃない。
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