生きる雨の音は。 雨が窓を激しく叩きつける。空は薄暗い。
意識の遠くで微かに聞こえていたのがだんだんと大きくなり、雨音と共に眠りから覚醒を遂げる。
まだ重い瞼を開くと同じようにぼんやり外を見つめる横顔が目に入り、こちらに気づくと相手は小さく”おはよう”と声をかけた。
「朝から雨って、なんだか憂鬱になるよね」
「まぁ梅雨だからな。そういえばあの時もずっと夜で、たまに雨が降ってたな」
ぽつり、ぽつり。
そっと開く口からこぼれるのは遠い昔の思い出のようで、実は近い日の話。
「そうだね。でも、あの時の雨は好きじゃなかった」
思い出の中から一本棘の付いた蔓を引き出すように、暁人は目の前の相手に語り返す。
「肌に当たって濡れている筈なのに、冷たくないんだ。
不快な気持ちだけが大きく渦巻いて、悲しみや後悔、辛さだって流してくれない。
あの時の雨って、”死んでた”んだって、今となったら思うんだ···」
「······」
その瞳は、真っ直ぐ貫いた強い意思と相棒の存在が雨と共に消えてしまうような恐怖と戦って、光すら失う寸前だった。
その糸を切らずに保てていたのは、紛れもなく。
「僕は、もっと強くならないといけなかった。じゃないとKKに追いつけないし麻里に笑われる。
嫌な雨を吹き飛ばすほど、強く、強くないと」
「でも、今は違うだろ···?」
静かに暁人の想いを聞いていたKKがようやく口を開く。
「俺はずっと一人で戦ってきて、いきなりこんな状況になってお前たちを巻き込んでしまって。
苦しみや辛さを背負うのは自分だけでいい、って頑固になってたんだ···」
少しだけ語尾が震える。
優しく見守る暁人はKKの背中にそっと手を添えながら、次の言葉を静かに待つだけ。
「でもお前は強くなって、こんな俺と一緒に戦ってくれた。そして今ここにいる。
二人で触れる雨は冷たいけど、暖かい。今はそんな気持ちになってるんだよ。
過去が”死んだ雨”なら、今は”生きている雨”、じゃないのか?」
ゆっくりと振り向く顔と目が合った。
あの時と変わらない、強い火を持ったKKの眼差し。
誰よりも暁人を理解するKK、そして彼の支えになっていた暁人。
一人として欠けてはいけない、お互い唯一の相棒であり、大切な人。
彼の真摯な発言に、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚が暁人の中に小さく生まれる。
「···僕は、KKと生きたい」
もう一度顔を見ようと近づき、そっとKKの手を握る。
「今を、生きた雨の中を。
だって僕はKKを守るって決めたんだ」
迷いはない。そう心に決めたのだから。
「過去が死んだ、けど僕たちは生きてるんだよね?
だったらこの梅雨も長い雨も、一緒に楽しもうと思うんだ」
へへっとKKに笑いかけるその表情は穏やかな心そのままで、暗い影を落とすKKの表情からまたひとつ、モヤが取れるような感覚になった。
「あぁ、そう···だな。まぁ、その···なんだ、」
「ん?どうしたの?」
語尾をうやむやに濁し、そっぽを向く。見えない顔は気づいたら耳元まで真っ赤に染まっていた。
「俺の方こそ、お前と、一緒に···
生きる雨を感じたい、って思ってな···」
この感情は一緒のものだった。
不器用な彼から贈られる愛情の形はなんであれ、暁人から送る思想と重なる部分を初めて見つけられたのだから。
「ありがとう。KK」
まだ照れたままのKKの手をもう一度握る。暖かい、生きている温度。
いつの間にか静かに遠ざかる窓の外。雨はまだそこに落ちて、確かに今、生きている。
長い梅雨も、夜の雨も、二人なら一緒に乗り越えられる。
そんな気がした、なんでもない朝の話。
End