ブラックバニーの辻田さん 辻田は当初キャストではなく、黒服として店のバックヤードで働く予定だった。しかし、初出勤の日に届くはずだった190㎝の彼用にあつらえた服は、何故かキャスト用のセクシーなバニースーツだった。
「発注ミスかなあ。仕方ないから、今日はこれ着て働いてくれる?」
「……これでか?」
サイズは合っていたが、首にはシャツの白い衿の部分だけがあり、腕は手首まで布で覆われているが、胸元は黒いハート型のニップレスで乳首を隠しているだけで、後は腹も剥き出しになっている。エナメル素材の黒いパンツは股間が見えそうなぐらい前の布が短く、尻には兎特有の丸い尻尾が出せる穴が開いていたが、穴は尻尾より一回り大きく、尻の割れ目が少し見えてしまう作りになっていた。
辻田は黒兎の獣人である為、尻尾が出せる服は有難いが、こんな際どい衣装を着るのは初めてだった。乳首にもコンプレックスがあり、隠しているとはいえ、わざわざ乳首を強調するようなニップレスを貼るのは躊躇われたが、彼は丸と一緒にいる為にこの店で働くと心を決めていた。
全裸でないだけマシかと渡された衣装に着替え、衣装とセットになっていた踵の高い真っ赤なヒールを履き、黒くてピンと立った長い耳を合わせると、身長2mを超える迫力あるブラックバニーになった。彼が店に出ると、その長身とハシビロコウのような鋭い目付きにキャストと客は驚いたが、周りの目線など気にもせずに、辻田は淡々とドラルクに頼まれた仕事をこなした。
汚れた灰皿や飲み終わったグラスを片付け、台所で皿を洗ったりフルーツを切ったりつまみを盛り付けてテーブルに運んだりと、本来黒服姿でやるはずだった仕事を、辻田は逆バニーの衣装を着て行った。テーブルにつまみや酒を運んでいると、稀に面白がった客からキャストと間違われて席に着くように誘われるようになった。
キャストとして働いた方が店の稼ぎになる。店の為ではなく、全ては丸の為。
辻田は次第にキャストとして客の相手をするようになった。酒は苦手だったが、酔うと弱々しくなるのが面白いのか、辻田を指名して飲ませたがる客はそれなりにいた。具合の悪くなった辻田を解放すると称して体をベタベタ触る奴には腹が立ったが、相手に媚びるたり煽てるような接客が出来ない辻田は、相手がそうしたいなら勝手にするがいいと好き勝手させてやった。勿論、あまりにも酷い客はドラルクが出禁にしたが、高い金を払うなら、多少の事には目を瞑っていた。
そんな彼が呼ばれた席には、珍しく初心な
客が座っていた。夜の店が初めてなのか、それとも男が際どい衣装を着て同じ男に接客をするのが気まずいのか、視線が下を向いており、ちっとも楽しそうでも、エロい目付きでもなかった。辻田を指名するような客は身体の隅々まで舐め回すようないやらしい目付きをした客が大半で、残りは物珍しい珍獣を面白がっているような客が多かった。
隣に座って先輩風を吹かしている奴に無理矢理連れて来られたのだろう。自分のような奴ではなく、誰か他の可愛いのに任せた方がいいだろうと、他のキャストと交代しようとした辻田に気付いた瞬間、客の顔が真っ赤になった。瞬間湯沸かし器のように湯気まで出そうなぐらい顔を真っ赤にした客は、慌てて立ち上がると、辻田に自分の隣に座って欲しいと懇願してきた。何があったのか知らないが、呼び寄せていた交代のキャストに戻るように言い、辻田は豹変した新規客の隣に座った。
「ようこそ、ドラウサキャッスル(仮)へ」
「あ、はい。宜しくお願いします。本官じゃなくて、俺はカンタロウと言います。あの、お名前を伺っても構いませんか?」
「辻田だ」
「辻田さん!素敵なお名前ですね!」
×××××
退治人の先輩に退治人やるなら慣れといた方がいいぜとドラちゃんが経営するバニーなお店に連れて来られたカンタロウ。男性のバニー姿に引き気味だったが、ブラックバニーの辻田さんを見た途端、カンタロウの目の色が変わった。
「あの、何処かでお会いした事がありませんか?」
「お前みたいな退治人に覚えはないな」
「そうでありますよね。こんな美人のバニーさんとお会いしたら忘れるはずがないであります!あの……本官、いや俺!あなたを見た瞬間、一目惚れしました!あなたは俺の運命のバニーさんであります!どうか俺とお付き合いして頂けないでしょうか!!」
「本指名ってやつか?」
「いえ、あの、お店の中だけでなく……外でも恋人になって頂きたいのですが」
「同伴やアフターは別料金だ」
「そうではなくて!俺は!本気で口説いているのであります!!」
「初めて来店した店で碌に酒も頼まず、外でも金を払わないで会えるように付き合いたいとか言うような奴が好かれると思っているのか?寝言をぬかしている暇があるなら帰れ。ここはお前みたいな奴が来る所じゃない。惚れた腫れたは他所でやれ」
黒服を呼び、お帰りだと告げる辻田の足元にカンタロウは土下座した。
「申し訳ありません!俺が間違っておりました!!店員さん!お酒をお願いします!辻田さんも何か飲まれますか?」
「安酒で粘っても答えは変わらないからな」
「初対面でいきなり失礼な事を言ってしまったお詫びに、何か奢らせて下さい。高いお酒を頼んでも構いませんよ」
「俺は酒は飲まん。飲むならお前だけ勝手に飲め」
「分かりました!では俺にはこれと、フルーツであれば召し上がりますか?」
「……馬鹿な奴だな。好きにしろ」
「はい!あ、ノンアルコールのドリンクもお願いします。乾杯だけでも一緒にして下さい。ね、お願いします」
「ふん、まあどうしてもと言うならしてやってもいいぞ」
「ありがとうございます!」
この席だけ逆接待になってるなあと思いつつ、黒服はフルーツの盛り合わせと飲み物をテーブルに置いた。
×××××
初回でこっ酷くフラれたというのに、カンタロウは店に通い続けた。
「退治人になったばかりだと聞いたが、随分と儲かっているようだな」
「はい!先日下等吸血鬼が大量発生しまして、捕獲した量に応じて報酬が支払われるので、張り切って沢山捕まえました!」
「そうか。ご苦労な事だな。折角稼いだ金だ。こんな所で使わないでソープでも行ったらどうだ?」
「辻田さんが後で一緒にお風呂に入って下さるなら、お財布を空にしても構いませんよ」
「アフターはしてない」
「なら、こうしてお店に通うしかないでありますね。あ、すみませんボーイさん。お酒のお代わりお願いします。辻田さんの分も」
「……飲み過ぎじゃないか?」
「えへへ、辻田さんに少しでも気に入って貰いたくて頑張って飲んでます!」
「無理をして吐いたら出禁にするからな」
「えーん!嫌であります!俺はもっと飲んで辻田さんに好きになって貰うであります!」
「分かった分かった。努力は認めてやるから水にしておけ。ほら飲め」
「辻田さんが飲ませて欲しいであります!」
「調子に乗るな!」
客にグラスに入っていた水をぶっかけるバニーの姿に、お代わりの酒とジュースを持って来た黒服は青くなった。申し訳ありません!と叫びながらおしぼりを手に、濡れた客の服を拭こうと近付くと、大丈夫ですと穏やかな声がした。
「申し訳ありません、少し飲み過ぎました。止めて下さりありがとうございます、辻田さん。席を濡らしてしまった分、お代に入れて貰って結構です」
黒服からおしぼりを受け取り、軽く拭くとカンタロウは辻田に頭を下げた。
「今日はこれで帰りますが、また来ますので、出禁にはしないで下さいね」
「あ、ああ……」
黒服に支払いをして、カンタロウはあっさりと店から出て行った。
「さっきのはちょ〜っとやり過ぎじゃない?」
「……分かっている。席の掃除代やら、俺の給料から引いて置け。あいつが支払った分、今度返す」
「そう。来てくれるといいね」
「……来るだろう」
「珍しいね、お客さんの言葉を信じるなんて。そんなに気に入った?」
「あら、無自覚だったの。若いね〜」
「お前に比べればな。そうか、気に入ってたのか、俺は」
「ま、いい子みたいだし、気に入るぐらい良いんじゃない。でも、気を付けてね。人間はね、甘く見ると痛い目に遭うよ」
「それは経験談か?」
「ノーコメント!」