ブラックバニーの辻田さん(野球拳サービスデー) 野球拳サービスデーとは、野球拳が大好きな吸血鬼が店にやって来て、ステージの上でキャストと一対一で野球拳をしてストリップのサービスを行う日である。この日は特別に、普段は逆バニーの衣装を着ているキャスト達が黒服と同じような衣装に身を包んでいるのだが、下着は男性用のブラジャーとレースのメンズボクサーを着用している。ボクサーパンツまでは脱がない。最終的に男がパンツ一丁になるだけなのだが、客もステージに上がって野球拳を挑んだり、チップを渡してキャストに脱いで貰ったりする事が出来るイベントなので人気があった。
店で吸血鬼が催眠などの能力を使えば、一発退場の掟があるのだが、この日だけは合法的に野球拳の能力を使って暴れても文句を言われるどころか、客に応援されて大いに盛り上がりながら野球拳が出来るとあって、相手が男であるのだけがつまらないが、野球拳が大好きな吸血鬼は、喜々としてこのイベントの為にやって来る。
辻田はじゃんけんが弱い。ストリップも淡々と服を脱ぐだけで面白味がないだろうと、イベントの日は早々にステージの上から降り、興奮し過ぎて暴れたりするような客がいないか目を光らせているのが常だった。
だが、この日はカンタロウが来ていた。彼はこのイベントに参加するのが初めてだった。
「辻田さん!辻田さん!!」
客席から身を乗り出し、チップを握り締めた手をぶんぶん振っている姿は、尻尾を千切れんばかりに振っている犬のように見えてしまい、辻田は思わず噴き出した。
「つ、つじたしゃん……」
ニヤニヤと笑いながら辻田がカンタロウの席に近づくと、カンタロウは顔を真っ赤にして目を泳がせた。辻田からすれば、普段のニップレスの方が恥ずかしいが、見慣れない男性用のブラジャーが珍しいのか、それともレースのボクサーパンツが気になるのか、どちらにもチラチラと目を向けてしまうカンタロウの反応に気を良くして、辻田はカンタロウが握っていたチップを指さした。
「それ、咥えろ」
「はひっ!?」
「だから、口で咥えていろ。動くなよ」
恐る恐る、カンタロウがチップを口に咥えると、辻田はそれを自分の口で挟んで受け取った。唇同士が触れる事はなかったが、まるでキスをするようにしてチップを持って行った辻田は、サービスだとブラジャーを外してカンタロウの頭に乗せた。
「いらなかったか?」
こんなサービスは他の客にした事がなかった。カンタロウが固まっているのを見て、辻田はちょっと恥ずかしくなった。新入りのキャスト達が似たような事をして客を喜ばせていたから、自分も真似をしてみたが、あれは見た目が可愛い兎共がやるから喜んでいるのであって、自分のようなデカイ上に強面で可愛げがない黒兎がしても滑稽だったかと、カンタロウの頭の上に置かれたままだったブラジャーを取ろうとして辻田が手を伸ばそうとすると、カンタロウはハッと慌ててブラジャーを両手でガードした。
「こ、これは……頂いても、宜しいのでありますか?」
「ああ、別に構わんが」
「かっかっ、家宝にします!」
「するな馬鹿!捨てろ!」
「嫌であります!絶対大事にしますから!!」
ギュッとブラジャーを抱き抱き締めるカンタロウに飽きれながらも、辻田は内心でホッとした。勝手にしろと言い捨てて仕事に戻ろうとした瞬間、カンタロウが自分の着ていたジャケットを辻田に羽織らせた。
「あの、出来れば、今日はそれを着て頂けないでしょうか……その、お胸が……」
チラチラとカンタロウの目が辻田のブラジャーがなくなり、隠すものが何もなくなった胸元を見ていた。ああ、乳首、見せるのは初めてだったなと思い辺り、辻田は顔を赤らめた。自身の陥没している乳首の事を、すっかり忘れていた。
「辻田さんのお胸を、他の方に見られたくないのであります。どうか、お願いします」
「……分かった。今度返すから、ちゃんと来いよ」
「はい。絶対来ますから。あなたに会いに来ます。辻田さん」
ストリップイベントの日に客から服を奪って来た辻田の行動は、次回も来てね♥のテクニックとしてありだなとキャストの間で情報が共有され、次のイベントで流行るようになった。