ブラックバニーの辻田さんメモ4 僕の推しであるブラックバニーの辻田さんは、ドラウサキャッスルで一番塩対応の兎さんだ。どんな客にも媚びない姿はさながら女王様のようで、ドM客の間では辻田さんを指名して、高い酒を注文して自分で飲み干したご褒美に、客が自ら四つん這いになって椅子になり、背中に座って辻田さんに貰うのが流行っていた。辻田さんに座られると鼻息が荒くなり腰が揺れてしまう椅子に対して、座り心地が悪い!と辻田さんは尻を叩く。ドM客にとってはそこまでがセットでご褒美である。汚い悲鳴を上げる客の背中から退き、心底気持ち悪いといった顔で見下ろす。
辻田さんはとても素直な人だ。他のキャスト達が客に対して、会えて嬉しいとかカッコイイと心にもない言葉で煽てるのに対して、辻田さんはお世辞や嘘を付かない。客がどれだけ大金を使おうと靡かない。いつも不機嫌そうで、つまらなそうでいる。でも、酔っ払った客が吐いてしまった時は、自分が汚れるのも気にせず掃除したり、介抱してくれる。飲み過ぎだ馬鹿と怒りながら水を飲ませたり、汚れた服を脱がせてやったり、落ち着くまで面倒を見たりタクシーを呼ぶのは黒服に任せてしまえばいいのに、彼は黒服に他の仕事をしろと言って面倒事を引き受けてしまう。キャストの仕事ではない。けれど、とても頼もしくて、周りはつい彼に甘えてしまうのだ。ドMでなくても、頼りになる兄貴分のような辻田さんに惚れてしまう客は多い。
そんな辻田さんの様子が、最近変わった。いつも不機嫌そうに顰めっ面をしていた彼が、黒服が来店客の存在を知らせる度に入口を振り返る。誰かの存在を待ち望んでいるかのようで、違うと分かると落胆する。こんな彼を見るのは初めてだった。まるで、恋をしたばかりの少年のようで、見ているだけでドキドキしてしまう。
変わったのは表情だけでなく、髪飾りにも変化があった。辻田さんは店のNo.1である亀のジョン君と同じか似たような飾りを付けている事が多かった。ジョン君が花の冠を付けていれば、辻田さんも花を一輪髪に挿していたし、ジョン君がチャイナ服を着て飲茶を食べている日はお団子だった。
今日のジョン君は星の飾りが付いたティアラを頭に乗せていた。普段の辻田さんなら、星かティアラのアクセサリーを付けるはずだったが、彼の髪には向日葵の飾りが付いたバレッタが留められていた。ジョン君とお揃いの髪飾りを付けていない辻田さんに、彼を指名している客達は動揺した。彼はジョン君に対してだけ、蕩けるような笑みを向けるのだ。髪飾りを付けるのだって、ジョン君とお揃いだからするのだ。客の為にヘアメイクなどしない。そのはずだったのに。
「カンタロウ!」
指名客を席に放って、辻田さんが立ち上がって客を出迎えた。
ジョン君にしか向けられないはずの目が、たった今来たばかりの客に向けられる。向日葵のバレッタは彼の後からしか見えない。同じように、彼の後姿でないと見えないものがある。引き締まったキュートなお尻に付いている、黒くて可愛い兎の尻尾。普段はどんな客が来ても、ピクリとも動かなかった辻田さんの尻尾がふりふりと嬉しげに揺れていた。