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    鯖目ノス

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    鯖目ノス

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    ふせったーで上げた長文をまとめました

    ED後、ゴーストハンターとして怪事件に挑むK暁(未満)小説。
    話の都合上オリキャラがとってもしゃべります
    全部書きあがったら支部にまとめます

    #K暁

    慟哭のエリンジウム -起-「お兄ちゃん。私、退院したら学校の寮に入るからね」

    ほんの数日前までたくさんのチューブに繋がれていた妹は、見舞いに来た兄にあっけらかんと言い放った。


    伊月兄妹には両親がいない。タイミングは違えど二人とも何年も前に亡くなった。
    以来周りの力を借りつつも身を寄せ合って生きてきたわけだが、そんな日々の最中妹の麻里が火災事故によって昏睡状態に陥った。兄の暁人は妹がいつ目覚めてもいいよう時間を惜しまず病院に足を運び、一日も欠かさず見舞いを続けた。それは妹を想ってのこと、というよりは一人になりたくなかったからというのが一番の理由だったと、現在の暁人は考えている。両親を失い、さらに唯一の家族を己のせいで亡くしてしまうなんて耐えられなかった。
    そんな前進も後退もない日々を送っていた二人にさらなる災厄が訪れる。
    渋谷一帯が濃霧に覆われ、人々が姿を消した事件である。
    事態が収束した現在、数日にわたる大規模な通信障害とされているがその実態はとある狂った科学者による魂の救済を謳った無差別実験であることはごく少数にしか知られていない。
    よりにもよってその依り代にされてしまった麻里を取り戻すため、暁人は人ならざる者たちと対峙しながら明けない夜を奔走した。
    事情通数名の力を借りつつどうにか黒幕を倒し、感動の再会を果たした兄妹はお互いの本音を打ち明けあい再び家族としてもう一度進もうと決意新たにしたわけだが。

    「…理由を聞いても?」
    「私、考えたの。私たち、一緒に居すぎじゃないかなって」
    「はあ」

    腕を組みながら考え込むようなポーズをとった妹に、暁人はただただ実のない返事をするばかりだった

    要約して言うのであれば、少し距離を取りたいとのことだった
    麻里は事故から長らく昏睡状態に陥っていた。そのため、本来受けられるはずだった勉強の一切から遅れている。それは塾やら自主勉強などで取り戻せるほど簡単なものではない。恐らくこのまま復学してもついて行くことは不可能だろう。さすがにそれではマズいと言うことで見舞いに来た担任に相談したところ、新学期に合わせて同じ学年からやり直してはどうかと提案された。当然、年下が同学年になるわけだから始めは居心地が悪いだろうけど、無理してついて行くよりはいいだろうということだった。

    「それが、なんで寮に入るなんて」
    「お父さんとお母さんが死んじゃった時、私新しい環境になるのが嫌だった。今までのこと、全部置き去りにしていかなきゃいけない気がして。その度に変わらないお兄ちゃんに甘えてた。お兄ちゃんだけは離れていかないって思いこめば辛くてもなんとかなるって思ってたから。私が辛い想いしないようにお兄ちゃんが踏ん張っててくれたのに、もたれかかってた」
    「…おれだってそうだ。麻里のためとか言って結局は自分のためにだった。自分が辛い思いしたくないからお前を免罪符にしてたんだ」
    「だからだよ。このまま一緒にいたってやっぱりズルズル引きずるから。血の繋がった兄妹でもいつかどこかで別れなきゃいけない。お兄ちゃんはいつか私より大事な人ができる。私だっていつかお兄ちゃんより大事な人ができるから。そのための予行練習ってこと」

    言葉が続かなかった。
    口を閉じた暁人に麻里は肯定したと判断して安心させるように口元をほころばせた

    「折角だし、違う世界も見たいじゃない。新しい友達作って、一緒に遊んで、青春!みたいな。お兄ちゃんいると、友達家に呼びにくいんだもん」
    「勉強が入ってないぞ」
    「バレたか。でも心配しないでよ。きちんとセキュリティもしっかりしてるし、寮母さんもいるし。…もうお兄ちゃんだけに背負わせたりしないから」

    もはや反論の余地もなかった。念押しのように渡されたパンフレットには新しい建物の写真と常駐寮母や責任者の顔写真が名前と共に添えられている。ここまでお膳立てされてNOと言える暁人ではなかった。
    結局、決意に満ち満ちた妹の目に気圧された形で半分渋々ながら了承した。案外強情なところがあるため暁人がどうこう言ったところで暖簾に腕押しなのだ。


    それから気を抜く暇も惜しむ暇もなく、退院間もなくあれよあれよという間に妹は家から出ていった。
    寮の玄関まで見送った時「たまに連絡するからね」と名残惜しそうな顔をした彼女は、けれど何年越しとも言える晴れやかな顔で門をくぐって行った。

    「妹のこと、よろしくお願いします」

    自分以外誰もいなくなった道路の真ん中で、暁人は節くれだった桜の大木を見上げながら一人呟く
    木の上で光を纏った和装の子供が頷いて消えるのを見送って踵を返した





    電車に揺られながら、ぼんやりと外を眺める。
    減速したタイミングで流れていく建物の隙間に小ぶりながら公園が見えた。動物の形をした遊具で遊ぶ子供たち。けらけらと笑いながらボールを投げたり転がしたり。彼らの中に妙に目を惹かれる子供がいた。ものの数秒、瞬きの間でよくは見えなかったけれど向こう側の透けた影が二人ほど転がっていくボールを追いかけていた。それを何となく穏やかな目で見ながら、周りに妙な影がないのかも確認する。幸い、傘を差したスーツの長身も首のないセーラー服もなさそうだ。

    渋谷での一件以降、暁人の視界には常ならぬ者たちも映りこむようになった。
    様々な体型の顔のないサラリーマン。色のバリエーションのある首から下しかない学生服の生徒。嫌に背の高いワンピースの女性。笑いながら近づいてくる人間大のてるてる坊主。エトセトラ。
    マレビトと言われるその異形たちは人の情念から発生する。故に人の多い都心部には否が応でも出会ってしまう。さすがにあの夜ほどそこら中に溢れているわけではないが、一歩外を歩けば必ずと言っていいほどその姿を目にするようになった。
    今まで見えてなかったものたち。見えるはずもなかったものたち。見えてしまったものたち。
    これについて、造詣深いある人はこう言っていた。

    『恐らく、適合者としてもともと備わっていた素質が非常事態によって開花したんだろう。よくある話だ。ついでに体の中にすでに力を使える者がいたことも相まって、本当なら身に着くこともなかった能力まで開拓されたんだろう』

    公衆電話越しに早口でまくしたてられながら告げられた録音ボイスは、まあなんとも想像に易いことで思わずボックスの外にいた年上の相棒を凝視してしまった。

    後悔はない、なんて言えば嘘になる
    見えてしまうものはこちらが見えていると気づけばすぐ追いかけてくるし、一歩外に出れば奇妙なものに出会うのもしばしばだ。
    けれどもかと言って、それを含めてもなお余るほどに得るもののほうがやはり多いというのが本音だった。

    4、5階建ての団地を何棟も抜け、少々薄汚れたアパートに進んでいく。もう随分と通い慣れてしまった階段を、買い物袋を提げて上がっていく。そういえばここには他にも住人がいるはずだが、あまりすれ違ったことはない。単に生活リズムの違いなのか、或いは出てこないタイプの人間が多いのか…あくまで根拠のない推測なので片手間かつ暇つぶし程度の話ではあるが。
    最後の三段をリズミカルに上がって奥の部屋のドアの前へ。初めに来た時は印を結んで解除したドアだが、今は貰った合鍵で難なく開錠できる。玄関に踏み込んで予定では帰ってきているだろう家主に向かって声をかけてみた。案の定返事はない。
    昼間だと言うのにやけに薄暗い廊下を突っ切って一番奥の居間で荷物を下ろす。カーテンを閉め切った部屋の中で明るいのはたくさんの文字列を映し出すモニターばかり。

    (たばこの空箱。適当に投げ捨てた上着。片足だけ落ちてる靴下。読みかけで置きっぱなしの資料。食べようと思ったけど作るのが面倒になったカップ麺。コーヒーの空き缶が5本、などなど…)

    額に手を当て音もなくため息を吐く。朝この部屋を出るまではある程度暁人が整頓していたはずだが、半日もでかけていればこれだ。険しい顔でソファからはみ出た裸足に一瞥をくれると頭から覗き込む。

    「散らかすのは天才的なのにな」

    口を開けたまま呑気に仰向けで寝ている無精ひげを見下ろしながら呟くように一人ごちた。




    妹が家を出ることになって、暁人も住み慣れた部屋を出ることに決めた。
    一人になるとあまりにも広い。息苦しいとすら感じてしまうほどに。

    『お兄ちゃんはいつか私より大事な人ができる』

    そう言われて言葉がでなかった。
    自分と妹は血の繋がった家族。けれどいつまでも一緒にいるようなものでもない。当然のように今までと同じく二人身を寄せ合って生きるのだと勝手に思っていた。今度こそ、きちんと向き合おうと。しかし妹は自分なんかよりずっと未来を見ている。“いつか”なんてそのうちでいいなんて、まるで考えが変わっていないじゃないかと突き付けられている気分だった。もう進まなきゃいけない、と教えられているようだった。
    家を出る前に麻里と話し合い、残っていた物をあらかた処分した。必要のない物はリサイクルショップや質屋に入れ、残しておきたい物だけを纏めたら持ち込めない物はレンタルロッカーに入れた。両親に関する物は親戚に譲ることになった。そうして手元にはある程度の生活必需品と少しの写真。もともと火事で焼けてしまっていたとはいえ本当に必要な物はボストンバッグで抱える程度しかなくて拍子抜けした。
    妹を見送った後身軽になった身体で暁人は何を思うわけでもなくただ無心で歩を進める。どこにいくわけでもないのに。どこか行く場所があるわけでもないのに。
    そうやってしばらく人の間をすり抜けて、気が付かないまま電車に乗ってまた歩き続けた。

    チラつく西日が鋭利に突き刺さる。眩しさとわずらわしさでようやく顔を上げて気が付いた。

    幽玄坂 の  アジト だ


    口が悪くて、愛想もなくて、たまに意地悪で、けどどこか優しくて、誰にも負けない正義感がある元刑事。
    霧で覆われた町で奇妙奇天烈な出会い方をしたあの人。目的が同じでお互いに必要だったから取引をした相手。ビルの間を飛び回りながら人ならざる者たちと戦った相棒。
    誘われるように階段を上り切った暁人はまま、ドアの前で立ち止まった。
    事件のあったあの夜、何度もこの部屋に来た。それは単純に探し物のためだったり休憩のためだったり。家ほど落ち着くとは言わないけど、あんまり足を運んできたからかあまり他人の家とは思えなかった。
    あてもなく歩いていたらどういうわけだかたどり着いてしまった。
    己の行動に瞠目しながらも、しかしどこか納得している自分がいた。
    でもここからどうする気も起きなくて、ドアの横に膝を抱えて座り込む。隣は無人なのか、幸い誰も暁人の存在に気付くことはなかった。
    それから、日が沈んで、夜になって。月が出て星が出て街灯以外の電気が消えて。すっかり真夜中の暗闇に満ちた頃に彼は帰ってきた。

    「…うちは迷子センターじゃないんだがな」

    緩慢な動きで視線を上げると呆れたように脱力したKKが頭をかきながら見下ろしていた。
    けれども彼は暁人の顔をしばらくじっと見て何か悟ったのか、半ば自棄になりながら「風邪ひくから入れ」とだけ言ってくれた。ぶっきらぼうに放たれた言葉。たったそれだけのこと。それだけのことなのに、どうしてこんなにも嬉しいのか。こんなにも満たされるのか。穴が開いていた心の中に未だ実体のないモヤモヤとした感情が生まれて一つ形を成し始めた瞬間だった

    通された部屋の中は前に来た時とはまた違った意味で変わっていた。壁中に張られていた霧や人体消失についての記事、地図、メモなど『般若』が関わっていただろう資料の数々が半端にはがされていて、代わりに乱雑に置かれた段ボールに放り込まれている紙束からKKの中でもすべてが終わったのだとわかった。
    そう、全部終わった。共に駆けた夜も。
    軋轢もあったし何度も喧嘩した。それでも幾度もの衝突を経てお互いを同じ場所を目指す『相棒』となった。
    そんな夜を超えて、光指す道を進み切った先で二人はまた『二人』に戻った。
    もう支え合う必要はない。麻里がそうだったように、KKも身体を取り戻した今暁人を必要としてはいない。
    あの時は目的と必要に駆られたチームアップだった。どちらも無くなった今、自分たちをどう称すればいいだろうか。半分に欠けた月は今の暁人と似ている。それでもあの日の赤い月は二度とこない。

    何も言わずに来た暁人に対してKKは無理に聞き出そうとはしなかった。ただ一言「言いたいことがあるなら吐き出しちまえ」とだけ言って手元の煙草に火を点けるだけ。俯いたまま口を真一文字に結ぶ暁人に時折視線を投げてみては首を回したり肩を揉んだりと随分とお疲れのようだ。前髪の間からちらりと覗き見た時の気だるげな様にどうにも罪悪感を覚えた。
    けぶる煙草に苦々しい視線を向けながら腹をくくった暁人が「ここに住まわせてほしい」と言うと、たばこの一本に口をつけた瞬間盛大に咽た。
    そこからは「ダメだ」「なんで」の言い合いで、KKが住ませない理由を言えば暁人がそれを論破していくというほとんど一方的な殴り合いに発展していた。
    そうやって近所の犬が吠える午前1時。暁人の「家事は僕がやる。バイトしてるから金銭面の迷惑はかけない。化け物退治も手伝うし、KKの邪魔はしない。」という言葉でようやく獣のような唸り声に混じった合意を得ることに成功したのだ。

    「ただし勉強を蔑ろにするなよ。俺の手伝いをして卒業できませんとかナメたこと言い出したら叩きだすからな。」
    「わかってるよ」
    「寝床については自分で見繕え。まあ今日のところは俺のせんべい布団でよければ開けてやらんこともないが」
    「煙草くさそうだからやめとく」
    「テメェ…」

    ピクリと片眉を動かしたKKをよそに、山脈のように積まれた書類やら資料やらの段ボールをずらして早速一人分横になれるスペースを作り出した。とりあえず今はこれだけあればいいや、と持ってきた衣類を敷いてとりあえずの寝床を確保する。なんだか他人の中に自分の居場所を作ってもらっているみたいで安心する。額に手を当てて呆れたようなため息を吐くKKをよそに、どうにも嬉しくてついフフと笑みを零した。




    そんなこともあったなぁ、なんて思い出しながら床に置いたままだった買い物袋をよいしょと持ち上げる

    KKには感謝している。
    身体を得るためとはいえ死にかけていた自分を助けてくれたことも、戦う術を授けてくれたことも、敵に何度も惑わされて足を止める度に手を引いて道を示してくれたことも。
    それに勝手に押しかけてきた自分に対して理由も聞かずとも居場所をくれたことも本当に感謝している。
    真っ暗な中見えなかった地面を眩いとは言わずとも照らしてくれた。本当に、心から、感謝しているのだ。

    けど、それとこれとは別の話だ。


    「よっこいっしょっと」
    「ぐぇっ」

    持っていた買い物袋をわざとらしくソファに落とし置くと現在あまり聞かないようなつぶれる音が聞こえた。
    …厳密にいえばぐーぐー寝ていたKKの腹の上に思い切り買い物袋を落としたが正しい

    「おはようKK。」
    「おっ前…」

    目を薄く開いたKKが憎々し気に睨みつけるが、それを受ける暁人もまた薄目で含んだような視線を返した
    初めこそ肉体のある状態の㏍に遠慮していたが、しばらく共に過ごしているうちにその辺りの垣根は超えてしまった。今更この程度の戯れ何のこともない。
    ちなみに袋の中にはコシヒカリ2Kg・大根・米麹・味噌・牛乳など重みのあるものばかりだったりする。

    「起き抜けで悪いんだけど、この惨状説明してもらえる?」
    「あー…まぁ…」

    眉間に谷を作っていたのもこちらがそう問えばばつが悪そうに明後日の方向に顔を向ける。ぽりぽりと頬を掻きながらどうにか逃げ道を探しているといった具合だろうか。
    大げさなほどデカい溜息を吐いてやると、ぶすくれたように口を尖らせた。なにそれ全然可愛くない。

    「…んだよ、仕事明けの家主様に大層な態度じゃねぇか」
    「せめて脱ぎ散らかした靴下がちゃんとペアになってたら不問にしようと思ってたんだけどね。それとも、このぐちゃくちゃになった部屋でお腹出して寝てるおKK様のために毛布でもおかけすればよかった?」
    「そら悪うござんした。ったく、お前はオレのかーちゃんかっての」
    「それならKKは部屋の掃除くらいでお説教されるお子様だね。」
    「けっ言ってろ」

    憎まれ口に減らず口。これしきの言い合いはなんのその
    これで追い出すと言わない辺りこの男は優しい。案外叩けば響く暁人の存在に絆されているのかもしれない。あくまで希望的観測だけれど。

    会話が一段落したと判断して買い物袋をKKの腹の上から持ち上げる。いい頃合いだしお昼ご飯にでもしようと台所方面へと足を向けた。体を半分起こしたKKが訝し気な目で追いかけてくるから、振り返りざまに言葉添えも忘れずに。

    「置いといたごはんも食べてないし。今から温めてくるからその辺マシにしといてよね」
    「…飯あったのか」
    「冷蔵庫にご飯あるってメモ置いておいたのに気が付かなかった―――んだろうね。じゃなきゃ未開封の塩神転がってないか」
    「悪い…」
    「いいよ、疲れてたんだろうし。僕もお昼まだだから一緒に食べよ」
    「おう」

    一瞬申し訳なさそうに顔を顰めたKKに穏やかな声色で語り掛ければ短くも素直な返事をもらえる。
    なんだかんだ嬉しいのだ。二人で食卓を囲めるこの瞬間が。

    「あ、そうだ。KK」
    「ん?」
    「おかえりなさい」
    「………おう」




    「それで、どうだったの?」

    なんの脈絡もなく暁人が訊ねると、あーと半分気の抜けたような声を出してチンジャオロースに箸を入れる

    「なんでもねぇ。ただただ狸と狐が人の敷地で勝手に化かし合いしてただけだった」
    「えっそうなの?」

    温め直した味噌汁に口をつけながら問えばまた眉をひそめて肯定した。
    たしか依頼内容は『毎夜毎夜蔵の中で騒音がするから見に行くと誰もおらず、何故か知らない置物が増えている。大事な物も保管しているのに気味が悪くて近づけないからなんとかしてほしい』だっただろうか。
    懐中電灯片手に蔵に入っていくと、尻尾の生えた薬師如来像と耳の生えた観音像が向かい合っていたらしい。いくら声をかけてもしらを切られるものだから結局「余所でやれ!」と両方にげんこつを落として空が白むまで説教大会をして帰ってきたということだ。

    「またなんでそんなところで…」
    「両陣営共通で欲しい物を取り合っているらしい。あそこは近所で一番大きな蔵で、品物が増えてても気が付かないだろうってことだそうだ。一応両方の親玉にはうるさくしないように釘を刺したが、あの様子じゃ聞かねぇだろうな。」
    「なるほど。でもげんこつはちょっと可哀そうかも」
    「オレはお前みたく器用じゃねぇからな。ま、いい薬だったんじゃねぇか。これに懲りてくれれば多少楽になるんだがな。」
    「そうだね。僕も今度見かけたらちょっと声かけてみようかな」
    「そうしてくれ。あいつらはお前の話のほうがよく聞く」

    またそんなこと言って。と浅漬けに手を伸ばすが口元は綻んでいる。未だエーテルの扱いが上手くいかない暁人にとって、自分のできることがあるのはやはり嬉しいものがあった。


    「お前のほうはどうだったんだよ」

    全国店の雑貨屋で買ったぬか漬けキットで浸けたきゅうりをうまいうまいと咀嚼していると、一転KKが水を向けてきた。主語はないが、話題については変わっていない。

    「うん、大体聞いたとおりかな。」

    薬局で買った緑茶が体に染みわたる。昔こそその美味さがわからなかったが、ここしばらくでようやく飲みやすさに気が付いた。もっとも、それを知ったのはこの男と食卓を共にしだしてからだが。

    暁人はでかけている時に背負っていたバッグから写真を数枚取り出すと、白米をかきこんでいたKKの前に並べていった。

    「これが件の品ってわけかい」
    「みたい。それでこっちが依頼主の子とそのお姉さんね」

    現在、化け物退治業はKKが主に担っていて、暁人はその手伝いをしている。本当は暁人も前線に立ちたいところだが、如何せんKKと二心同体の時ほどの力は持っておらず今はその修行中だ。一応風のエーテルショットを何発か打てるまでには至ったが、初めのころなんかはKKにエーテルを流し込んでもらってようやく扱えるレベルだった。それを考えれば成長したほうだとは思うが、それではまだ足りない。
    なので今の暁人の担当はもっぱら情報収集に偏る。有り体に言えば相談窓口なわけだが、しかしそれがなかなかどうして好評であった。
    もともと暁人はアルバイトで接客業を経験しているため、人の話を聞く姿勢は体に染み込んでいる。さらに言えば、優しい顔立ちと穏やかな声色を持つ彼はあまり他者との間に軋轢を生むことが少ない。普段からKKと過ごしている分口が悪い相手とも真面に話せるほどの技量もある。見た目だけで言っても整った顔立ちの若者と無精ひげの生えた草臥れた風体のおじさんでは初対面で作られる壁の厚さが大きく違ってくるわけだから、世の中の人は現金なものだ。結果的にKKだけの時よりも依頼件数が少なからず増えているのは間違いなかった。

    閑話休題。午前中、KKが帰って来る前に暁人は依頼人と約束していた喫茶店に赴いた。礼儀として時間の15分前には到着していたのだが、依頼人はそのさらに前に着席していた。今思えば気を急くほどに切羽詰まっていたのかもしれない。指定されていた席には自分よりも幼く妹よりも年上に見える少女と、少しやつれた顔の女性が横並びに座っていた。

    「お待たせしました」そう声をかけると、似た顔立ちの二人は驚いたように顔を上げる。恐らく思っていたよりも若い男が来たので詐欺師か何かかもしれないとでも思われてしまったのだろう。半信半疑の秤に疑心の錘が積まれたように感じた。
    とはいえ、話してみると壁を作っていた氷塊は案外簡単に溶けて崩れた。単純な話、遠いながらも知り合いだったからだ。
    どこから崩していこうかと考えながら名刺代わりに名乗ると、少女のほうが反応を示した。

    「失礼かもしれませんが、親戚に麻里って子いますか?」

    同じ名前の妹がいる、と返せばとても嬉しそうな反応を見せた。
    聞くところによれば麻里の中学時代の先輩で、一時期同じ委員会に所属していたらしい。割と仲が良かったと聞いて、こんなところで助けてもらえるとは思わず恐らく学校生活を謳歌しているだろう妹に感謝の念を送らずにはいられなかった。



    「こっちが姉の渡瀬真魚花(わたらせ まなか)。で、こっちが妹の渡瀬飛鳥(わたらせ あすか)。」

    二人で写った写真の人物を交互に指さしてみるが、KKはさして興味もなさそうに咥え箸で聞いている。行儀が悪いのでやめるように言ったのだが。半ば諦めたように頭を振ったところで本題に戻る。

    依頼人は飛鳥のほうだった。

    姉の真魚花には婚約者がいて、その相手と来月結婚するらしい。社交辞令的にお祝いの言葉を贈ると、静かに椅子に収まっていた真魚はおずおずと会釈を返した。随分と物静かな印象だ。

    『それで、当日に白無垢を着る予定があるんですけど』と差し出された写真は2枚。衣紋掛けにかかった雪のような白い着物だけの1枚、一式着こんだ真魚花の1枚だ。曇り一つない煌めく白の打掛には様々花の模様とともに凛々しく立つ孔雀のような生き物の姿が縫い込まれている。素人目で見ても素晴らしい一品だということはわかった。

    『これがその』
    『はい。亡くなった祖父が生前私たちに遺してくれたものです。とても立派な物だったので婚約者と話し合って式の際に着ることにしました。それで、一度サイズ合わせも兼ねて試着したんです。そしたら…』
    『気絶した、と』
    『…はい。』

    真魚花は幼い頃からあまり体が丈夫にできておらず、季節や気候などでも体調を崩すことが多かったらしい。だからこの時も緊張から来るものだろうと考えられていたのだが。しかしどうやらいつもと勝手が違うとしばらく経ってからわかった。最初に気が付いたのは妹の飛鳥のほうだった。

    『ちょうど姉が倒れた日の真夜中だったと思います。私室が隣にあるんですけど、たまたま起きた時に妙な音がしたんです。なんだか布を擦るような音でした。初めは姉が起きてきたのかと思って声をかけようと思ったんですけど、廊下に顔を出した途端音が止んでしまって。』

    それから布を擦る音は毎夜毎夜絶えずに聞こえてきた。しかも決まった時間、決まった速度で。その音は必ず隣の真魚花の部屋から始まり、どこかで突然消えてしまう。ただ、その距離は段々と長くなっているらしく。

    『それと比例するみたいに、姉の体調が悪くなる一方で…』
    『えっ今日は大丈夫だったんですか?』
    『はい。本当は私一人の予定だったんですけど、姉がどうしても行くと聞かなくて。』
    『だって、大事な妹を一人で行かせたくなかったんですもの…』

    確かに先ほどから顔色が芳しくない。それどころか時折せき込んでいて、今にも倒れてしまいそうだ。


    「…さすがに無理させるわけにもいかなかったから、詳しいことは後日改めてってかんじで今日は写真だけ貰って帰ってきた」
    「なるほどな」

    「白無垢ねぇ…」と話を聞いていたKKはしばし考え込むようにまばらな髭を親指で撫でる仕草をみせた。大抵、ある程度の情報を出せば経験値から原因を導き出すKKだが、どうにも考えが纏まらないらしい。

    “白無垢”といえば結婚式で使われる礼装だけあって一般では華やか且つ清廉なイメージを持つものだが、この二人に限ってはそうとも言えない。どちらかというと脳裏をかすめるのは氷と雪を纏った巨大な影で、そちらには何度か苦汁を飲まされた経験からあまりいい印象を持ち合わせてはいない。
    特にあの夜に限っては突如出現した白無垢のマレビトに氷で拘束されたあげくKKと切り離され大変な思いをしたものだ。

    「話だけ聞けばその白無垢に原因があると考えて構わないだろうな」
    「うん。そう思って念のため霊視だけしてみたんだけど…ちょっとひっかかるんだよね」
    「なに?」

    暁人が衣紋掛けの写真を手に取ると、左手をかざす。目を閉じて水滴が落ちるイメージで力を使うと、清らかな波紋が部屋に広がった。すると、呼応するように写真からじわりと赤黒いものが薄く浮き出てくる。凡そ穢れとみて間違いはなさそうなのだが。

    「何が気になる」
    「なんとなくだけど…穢れの周りに何か薄い膜があるような気がする。でもそれ自体は悪い気じゃなくて、穢れとは全く違うものだと思う」
    「…貸してみろ」

    KKが写真に触れるとキン…と金物を打つような音と共に鋭い波紋が広がる。
    写真というものは古い時代、写されると魂を取られると言われていた。さすがに人間の魂のようにがんじがらめになったものを写し取るのは難しいのだろうが、念や気のようなものを空間ごと写し取ることはできる。昔から心霊写真のように妙なものが写りこむことがあるが、それは写真によって空間を切り取っているからである。
    そんな写真を力ある者が読み取れば、写しきれなかったものも浮かび上がらせることができるわけだ。この場においては暁人よりも霊力の強いKKが適任と言える。
    事実、KKが霊視を行った途端ぽつんと浮かんだ赤黒い物が写真中央で蠢いていた。

    「確かに中心にあるのは穢れだな。しかし、白無垢より外に出ようとはしない」
    「それってこの何かの膜のせい?」
    「と考えていいだろうな」

    ふむ、とKKはまた考え込みながら顎の髭をじょりじょりと触る。白と黒が混ざった髭を眺めながら暁人はなんとなく向かいの男の顔立ちを見つめた。粗野な態度も年相応の仕草もあるが、それを差し引いても悪くない形をしている。それどころか、きちんと整えればなかなか見ごたえのある姿になるのではないだろうか。

    「おい」
    「なに?」
    「今何か悪い事考えてなかったか?」
    「別になにも」
    「そうか」

    ただ今度部屋を片付けずに寝転がっていたら無精ひげをブラジリアンワックスで全部抜いてやろうという決意をしただけなので、なにも悪い事なんか考えていない。ないったらない。

    「…話を戻すが、恐らくこの白無垢には何かが憑りついていると考えていい」
    「悪霊?」
    「いや、まだ断言はできねぇ。それに類似したものだ」

    原因を悪霊だと仮定して、それが毎夜毎夜何をしているというのだろう
    音は日を経るごとに距離も時間も増していく。単純に考えれば、どこかに向かっていると考えるのがベストだ。

    「しかし姉の体調を考えれば早めに解決するしかねぇな。察するに、これに憑りついているモノは姉の精気を吸っている可能性が高い。実物を見せてもらうのが一番手っ取り早いんだろうが…」
    「あ、もうアポは取ってあるよ。早速明日には家に来てほしいって」
    「さすが暁人くん。話が早くて助かるねぇ」
    「でしょ?」

    誇らしげに口角を上げると、KKは特段閊えもなく褒め言葉を暁人にくれる。
    渋谷事件の時からそうだったのだがこの男は案外人を褒めるのが上手い。けれどもそれはきちんとKKのおめがねにかなった人間だけ得られる称賛ではある。この偏屈で口も柄も悪い男が仕事を褒めるのは少ない交友関係の中でも数えるほどなのだが…暁人自身はそれを知らなかったりする。

    「依頼人にはきちんと後日僕と愛想もない髭面のおじさんが伺いますって言ってある」
    「仕事はできるが一言余計なんだよなぁ」
    「それKKが言うの?」
    「オレの余計な一言は純粋な本心であって、お前のあからさまな悪意とは違うんでね」
    「悪意だなんて心外だな。僕だって思ってることをそのまま言ってるだけなのに」
    「それが余計性質悪いんだよ」

    ごちそうさん、と箸をおいて手を合わせたKKに倣って自分も手を合わせて暗唱する。
    とりあえず明日のことは明日案じよと言うし、今優先すべきは家事だ。広げていた空の食器を纏めて立ち上がろうとしたとき、ふとKKが声をかけた。

    「明日同行するつもりなら今日のうちに準備しとけよ」
    「札はまだ余裕あるから大丈夫」
    「穢れにヤツらが寄ってくる可能性がある。弓も持っていけ」
    「もちろん。念のため帰って来る前に矢買い足したから問題ない」
    「…本当に話が早いな」

    暁人の素早い返答にKKは少しばかり渋い顔をした。
    本心から言えば未熟で防衛方法のない人間を現場に連れて行くようなことはしたくない。しかし相手はあの日の夜を共に駆けた相棒で、今やお互いの性格を知り尽くした仲間でもある。KKの知る限り伊月暁人という人間は芯が強い反面強情で、性格は素直なのに指示に対しては素直に聞くほど単純ではない。とどのつまり「ついてくるな」と言っても聞きやしないのだ。
    しかも先に依頼人に「二人で行く」と宣言している手前、彼を出し抜いて一人で行くことはできない。要領の良さは買っているが、自分の意図しないところで発揮されるとどうも調子が狂う。
    古なじみの凛子にこの話をした際「独断専行お構いなしの一匹狼の手綱を持つには丁度いいんじゃない。まんざらでもないんでしょ、押しかけ女房」と言われ盛大に咽たのは言うまでもない。まんざらでもないだなんて…だからこそ困るのだ。

    「KKはこれから凛子さんたちのところで資料探しに行くんでしょ?」
    「そうだな」
    「差入れあるから持って行ってよ。」
    「差入れだぁ?いらねぇだろ」
    「いるよ。お世話になってるんだから当たり前だろ。あ、この前持って行った分のタッパーももらって来て」
    「お前…あいつらに甘くないか?」
    「そうかな?麻里もお世話になってるし…放っておくと平気でご飯抜いたりするからさ」
    「そうなってもあいつらの自業自得だろうが」

    凛子はともかくエドは熱中すると平気で3食抜くしデイルは偏った食事になる。それを危惧して用がある時には栄養満点のおかずを持参している。念のため絵梨佳にも協力を仰ぎ食生活の改善を試みてはいるが、結果はいいとも悪いとも言えない。

    「そもそも差入れくらいお前が持っていけばいいじゃねぇか」
    「今日は夕方から429で待ち合わせがあるから無理」
    「なんだデートか?」
    「違うよばか。麻里と絵梨佳ちゃんの付き添い」
    「荷物持ちってか。お兄ちゃんは大変だねぇ」
    「まあね。夜は二人を送ってから帰るから少し遅くなるかも」
    「へいへい勝手にしな」

    水場の方向へ消えていく暁人の背中にひらひらと手を振りながらKKはため息交じりに身支度を始めた。その最中、あ、と思いついた足で相棒の背中を追う。

    「…折角だから夕飯出前でもとるか?」
    「いいけど急だね。なんで?」
    「昨日の依頼人のばあさんに依頼料と別で店屋物の割引券貰ったんだよ。俺だけで食ってもよかったんだが頑張ってるお兄ちゃんは労ってやらねぇとな」
    「ふーんKKのおごりね。了解」
    「あってめ誰もおごりなんて言ってねぇぞ!」
    「僕うな重特上と盛り蕎麦と天丼ね」
    「食いすぎだろ太るぞ」
    「太りませーん若いんでー」
    「くっそ腹立つ」
    「KKこそちょっと運動したら?最近ビールばっかり飲んでるしちょっと出てきてんじゃない?」
    「ばぁーか俺は毎夜毎夜仕事で走り回ってるから関係ねぇよ。」
    「えっ…でも…」
    「…なんだよ」
    「…」
    「おい黙るなよ不安になるだろ」
    「…がんばろっか」
    「やめろ曖昧な顔するな憐れむな目を逸らすな!なんかあるのか!?おい!暁人ー!?」





    「「夫婦か」」

    429の傍にあるビルの1階にあるファミレスで女子高生二人にじっとねめつけられて暁人は身をすくめた

    あの夜を超えて、無事救出した麻里は暁人と同様少なからず能力に開花した。兄のように祓うことはできないが、そういったモノを感知すること…簡潔に言えば勘が鋭くなったようだ。現在、自分でコントロールすることができないため凛子の下、己の能力を完全に制御できるように訓練を重ねている。
    その過程で年が近い絵梨佳と仲良くなったようで、休みがあればこうして街に繰り出しているわけだが。その度に暁人も呼び出しを食らい、その都度このようにファミレス(暁人のおごり)で尋問を受けている。

    「なんか変だったかな?」
    「変っていうか…」
    「ねぇ…?」

    ひそひそと何か後ろめたい事でもあるかのように机越しの少女二人は囁き合う。
    渋谷が霧で覆われた夜も学生服のマレビト二人が同じようにひそひそ話をしていたのを思い出す。あの時は自分の中にKKがいたから彼と世間話で気を紛らわせる事ができたけれど、実際に本物の女子高生にこちらを見られながらぽそぽそと会話されると何も悪いことはしていないのに鳩尾が縮こまる。
    絵梨佳が「KKとはどう?」と聞くものだから今日あったことをそのまま言っただけなのだが。

    「え、聞くけどお兄ちゃんっておじさんと最終的にどうなりたいの?」

    妹はクリームソーダをズルズルと飲みながらあっけらかんと言い放つ。思わず飲みかけのコーラを吹き出したがこれについて自分に非はない。備え付けのペーパーで口元を拭う兄に構わず彼女たちは半ば説教口調で主張し始めた。
    勘の鋭い女子と言うのは恐ろしく、暁人が隠そうとしていることは概ね気づかれ白日の下に晒されてしまっている。それがどんなことでも…例えば己がしまい込んだ心、感情ですら。

    「まずお兄ちゃんっておじさんのこと本当に好きなんだよね?間違いないんだよね?」
    「まっ麻里!ちょっと声が大きくないか!?」
    「いいからそういうのいいから!」

    いつもの声量を大きく超え身を乗り出しそうな勢いでまくし立てる。幸いと言うべきか丁度大人数の客ががやがやと横断してくれたおかげで周りにはたいして響いていない。ただ、近くで皿を下げていた店員さんは随分とそわそわしていたが。

    「まあまあ麻里ちゃん。あんまりぐいぐい行くとお兄さん引いちゃうから」

    メニューを両手で抱えた絵梨佳が立ち上がりかけた麻里をどうどうと落ち着かせる。横からの助け船に肩から力を抜く。いいぞ絵梨佳ちゃん。そのまま麻里を抑えててくれたらもう一品頼んでもいいから!と視線を送ると彼女は目を輝かせてにっこりととてもいい笑顔で言った。

    「で、どうなんですか?」

    前言撤回。助け船というか押してダメなら引いてみろ作戦だった。

    「…~~~~~~っっっす……~~~~…きだけれど…」

    散々唸った挙句小さな声で蚊の鳴くような声で暁人は白状した。最後の一文字はほとんど霞みたいなものでほとんど聞こえるようなものではなかったが、一応意図は通じたようで向かいの妹は満足そうに笑っているし絵梨佳はキャーキャーと頬に手を当てて喜んでいる
    耳を真っ赤に染めながら、これだけ辱めを受けているのだからきちんと聞きたいことは聞かなくては割に合わないと右手をぐっと握りこんだ

    「半ば強引に押しかけて、同棲状態で、ほぼほぼ夫婦の会話して、ここまで来たら事実婚だけど?」
    「じっ…!……別に、そういうふうになりたいとかは…思ってないから」
    「どうして?いったん好きになったら行くとこまで行きたいじゃん!」
    「っ~~だから!そういうつもりはないんだって!」

    視線をゆらゆらと忙しなく揺らしながら暁人はお冷をぐっと飲み込む。火照りかけた体に氷の入った水は美味しく感じたけれど、すぐに喉が渇いてしまう。

    KKのことを好ましいと思っているのは事実だ。弁解の余地もない。
    どこか抜け落ちていた部分をKKは埋めてくれる。満たしてくれる。閉じてくれる。
    傍にいられる、共に走れる。それだけが暁人の心を、身体を充たしてくれる。だから、本当にそれだけでいい。
    向かいの彼女たちは恋や愛を推してくるが、自分の中に蓄積された気持ちは断言できるほどに違っていた。傍にいられればそれでいいなんて言えば確実に顰蹙を買うことになるだろう。けれど、それ以外の何かになりたいとは思わない。本当に、それ以外望むものがない。それだけなのだ。

    「もしかして暁人さん、KKの家族のこととか考えてる?」
    「…多少は。でも、ご家族に負い目を感じてるとかじゃないんだ。」

    渋谷事件のあと、奇跡的に生還したKKは過去に折り合いをつけるために離れて住んでいた家族に会いに行った。どうなった、とかは詳細には知らない。ただ、落ち着くところには落ち着いたと聞いている。結果的にお互いの想いをきちんと伝えた上で修復することはできなかった。もともとする気はなかったのかもしれない。ただきちんと区切りをつけるために会ったのだ、と彼は目も合わせずに言った。暁人はその言葉にそっか、と相槌を打つことしかできなかった。

    「離婚した男に言い寄ったからって隙につけこんだことにはならないと思うけど?」

    顔を伺うような姿勢で静かに諭す麻里に暁人はやはり一言も言わず頭を横に振った。
    卑怯なことをしていると思っていないわけでもない。でもそういうことじゃない。暁人自身が納得しない。
    もしもこの関係を前進させたいと思うのなら、暁人自身が自分に対して満足できなくなった時だけだ。

    「はぁ、わかった。無理にくっつけようとかもう思わない」
    「お前そんなこと思ってたのか」
    「思ってたよ!じれったいんだもん!でも、お兄ちゃんの話聞いてたらそんな気も失せちゃった」

    ごめんな、と一言口にすれば顔をくしゃっと歪ませて麻里は前のめりになっていた身体を椅子に深くかけなおした。横でずっと様子をうかがっていた絵梨佳も当事者同士がそう思うなら、と目線を外す。それだけでも暁人の肩にあった圧迫感は薄らいでいった。

    「でももしおじさんのせいでお兄ちゃんが悲しい目にあったら迷わずフィジカルに訴えるからね」
    「えっ」
    「今のうちに空手でも習いに行こうかな」
    「いいね。私も一枚噛もうかな。」
    「ほ、ほどほどにしてあげような」

    そもそも元といえ本職の刑事相手に付け焼き刃の空手では話にならないだろうに。とはいえ今のKKなら甘く見てあえて甘んじて受けるかもしれない。それはそれでちょっと見たいかも…と暁人は盛り上がる少女たちを真剣に止めることはなかった。
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    okusaredango

    MEMOフォロワーの雨映さんとお話してて話題にあがったK暁の猫パロのネタが湧いてきたのでとりあえずざっくりメモ。
    なんか、こんな感じの絵描きたい......
    本編後全員生存エンドで紆余曲折あってお付き合い後同棲を始めたK暁の世界線。K暁と猫2匹のほのぼの平和物語。
    以下思いついた設定↓

    KK→仕事(怪異退治)の帰りに怪我をした猫を発見。何となく既視感を覚えてお持ち帰り。そのまま飼うことに。我が子のように可愛がる。デレデレ。最近何処の馬の骨か分からない男(猫)連れてきてうちの娘(オス)はやりません状態。

    暁人君→同棲人がどこからか拾ってきた猫に戸惑いながらも懸命に看病するうちに愛着が湧いてそのまま飼うことに。デレデレ。自分と同じ名前なのでたまに自分が呼ばれたのかと思って反応してしまうのがちょっと恥ずかしい。

    猫1(あきと)→元野良猫。車と事故にあって右側(特に顔と腕)を負傷。倒れてるところをKKに保護されてそのまま飼われることに。怪我は治っているが後遺症で右目が少し見えずらくなっている。名前は模様が何となく嘗ての暁人君に似ているということでKKが勝手に暁人と読んでたら定着してしまった。通称あき君。飼い主大好き。最近野良猫と仲良くなって家に連れてきた。
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