語られなかった真実 -第四章-男が語った衝撃の事実に、中尉はしばらく動くことができなかった。手のひらには嫌な汗がにじみ、口の中はひどく乾いている。
「……"保護区"だと?」
やっとの思いで、中尉は言葉をしぼり出した。
「そうだ。実にきれいな言葉だと思わないか?」
動揺する中尉に、男は語りかけた。
「元々その土地に住んでいた人間や、彼らが持っていた文化を守るために、彼ら専用の土地を用意した。ピリカ民族はとても優しい」
男は、皮肉たっぷりに続けた。
「……というのは、嘘だ。実際は、流星の落下で命を落としかねないこの危険な地に先住民を隔離し、彼らを誰の目にもふれないようにした。彼らに関する記録も、消し去られていて何も残っていない」
男はさらに続けた。
「この事実を知っているのは、私を最後に、歴代の情報局長だけだ。長年にわたってマスコミの動きも封じてきた。軍のトップである将軍や大統領にすら隠されてきた真実だ」
男は話し終えると、息をはいた。辺りはしばらくの間、重苦しい沈黙につつまれた。
沈黙を破ったのはドラコルルだった。
「事実上の"絶滅政策"ですな……」
中尉と男は、ドラコルルの言葉に耳を傾けた。
「この危険な地に先住民を隔離して、たび重なる流星の落下によって死ぬよう仕向けていた。それに加え、朝貢と称して献上していた。人口が増えるはずがない」
「室長……!このことを世間に公表しましょう!」
中尉が口を開いた。そのこぶしはきつく握られ、肩は震えている。
「許されないことです。人間が物として、献上されていたなんて。しかも、この地が隔離……いや、絶滅場所として機能していたなんて、ひどすぎる」
中尉は体を震わせながら、下を向いた。そんな中尉を、ドラコルルは静かに見つめた。
「公表するか、しないかはお前たちの自由だ」
男は告げた。
「確かにひどい話だ。何の罪もない人間をこんな場所に隔離して、外交の手段として数百年もの間、皇帝に差し出し続けたのだから。……だが、私はこのやり方を100パーセント否定できない」
男は続けた。
「ピリカは弱い。朝貢で大国の後ろ盾を得なければ、間違いなく、他の惑星に侵略されていたはずだ。大多数のピリカ民族を守るためには、ほんの一部の人間の犠牲が必要だった。現に、『我々』は平和だっただろう?」
中尉は唇を噛み締めた。
あまりにも悲しい事実だった。自分たちが享受している平和な暮らしは、この場所に隔離されていた人々の不幸の上に成り立っている。何の罪もない人々が、ピリカ民族の平和のための犠牲になってしまった。その命も文化も何もかも失い、とうとう誰もいなくなってしまった。……誰もいなくなった?
中尉は、あることに気がついた。
この場所に住んでいた人々がいなくなった。『献上品としての人間』がいなくなった?
「行き過ぎた絶滅政策が、仇になったということか……」
ずっと話を聞いていたドラコルルが口を開いた。
「気がついたときには、時すでに遅し。あまりにも先住民の人口が減りすぎて、朝貢で差し出す人間がいなくなってしまったのですね」
ドラコルルは、神妙な面持ちで顎に手を当てた。ドラコルルがこの仕草をするときは、何か重大な考え事をしているときだ。
「ドラコルル室長、一体何を……」
「中尉。お前はさっき、この事実を公表すべきだと言ったな?」
小屋の中から自身を見遣る中尉に、ドラコルルは答えた。
「よく考えろ。先住民が死に絶え、朝貢で差し出す人間がいなくなったのだ。ならば、次に狙われるのはどんな人間だと思う?」
ドラコルルの言葉に中尉は目を見開いた。ドラコルルは再び男に視線を向けた。
「やっと分かりましたよ。なぜ将軍の奥方が、献上品として選ばれたのか」
ドラコルルは顎から手を離した。
「奥方の祖父は、この場所の生まれだ。次なるターゲットは、先住民の血を引くピリカ人というわけだ」
「見事だよ。ドラコルル室長」
男もドラコルルに向き直った。
「公表するかね? この事実を」
「まさか。今、公表すれば間違いなく世間は大混乱になる。皆が自分のルーツがどこにあるのかを知りたがるでしょう。わずかでも先住民の血が入っていれば、献上品として拉致される可能性があるのですから」
「差別も助長されるだろうな。ピリカの平和が一気に崩れる」
男はニヤリと笑った。
「ギルモアの妻は、祖父がこの場所の生まれだった。だが、この男は狡猾にも当時の情報局長に取り入り、ただ1人、保護区から外に出ることを許可されたそうだ。この男の子孫をたどれば、朝貢はまだまだ続けられる」
ドラコルルも顔に笑みを浮かべた。
「では、今回の新皇帝の即位でも、差し出す人間の目星はすでについているというわけで?」
「もちろんだ」
男が答えた。
「私が調べた限りでは、今、生きているピリカ人の中で先住民の血を引くのは30人ほどいる。だが、次の皇帝陛下は、20代とお若い。できるだけ歳の近い人間のほうがよいと思っている。そうすると、かなり数は限られる。そして何よりも……」
小屋の扉にもたれかかりながら、男はひと呼吸おいた。
「情報では、小児性愛という少し変わった趣味をお持ちだ。実は私のところにぴったりな少年が1人いてね」
男の言葉に、ドラコルルの顔から笑みが消えた。
「私の秘書を務めている子なのだが、8歳で大学を卒業した天才だ。容貌も可愛らしい。立場上、朝貢船にはあの子も同行させる。だが、帰りの船にあの子の席はない。皇帝にお会いしたら、すぐにでも……」
「……ダメだ……」
そのとき、中尉の静かな声が小屋の中から響いた。
「……子どもは。子どもだけは……。……絶対にダメだ……」
力のない中尉の声に、ドラコルルは目を向けた。中尉は唇を噛み締め、下を向いている。中尉の視線は完全に男から逸れていた。
そのときだった。男は懐から銃を取り出すと、まっすぐにその銃を中尉に向けた。
「中尉!!」
男の様子に気がついたドラコルルは、大声で叫んだ。ドラコルルの声に我に返った中尉が、顔を上げた瞬間。
-ガゥン!!
銃声が小屋の中に響き渡った。
「……え?」
中尉は小さな声をあげ、自身の肩に目をやった。肩には血がにじみ、鋭い痛みと共に、急速に意識が遠のいてゆく。
「中尉!!」
その場に崩れ落ちた中尉の姿に、ドラコルルも腰の銃に手をやった。だが、男の方が速かった。
「若いな。ドラコルル室長」
-ガゥン
男が放った銃弾は、ドラコルルの右足に命中した。鋭い痛みが右足に広がる。だが、ドラコルルは違和感をもった。
──何だ!?これは!?
痛みと共に強烈な目眩がドラコルルを襲った。視界がぼやけ、意識が遠のいてゆく。
──まさか……
そのまま地面へと崩れる体に抗いながら、ドラコルルは最後の力を振り絞った。ギロリと男を睨みつける。
意識を失う直前。
最後にドラコルルが見たのは、優しげな目で自身を見つめる男の姿だった。
ドラコルルと中尉の体を観測小屋の中に横たえた男は静かにつぶやいた。
「安心したまえ。ただの麻酔銃だ。2日もすれば目覚めるさ。傷口も1ヶ月ほどで完治する」
そう言い、男はドラコルルを見つめた。
『あの男、観測小屋の改修だけでなく、あの一帯の墓地の移転まで予算に含めて提出しおった』
数日前にギルモアが言っていた言葉を男は思い起こした。
「地形図と墓の日付から、ここまでたどり着くとはね。全く大した男だよ、君は」
そう言い、男は微笑んだ。
あの地形図は、この地に最後まで残った先住民が作成したものだという。ドラコルルはあの地形図を頼りに墓地を見つけ、そして言いようのない不吉な気配を感じたと言っていた。
──いつか誰かに、自分たちの無念を知って欲しい──
地形図の作成に携わった人々は、そんなメッセージをあの地形図に込めていたのではないか。この地の人々は、大国へ献上された人間の墓をあえて作ることで、自分たちの悲しみを表してきた。その墓の場所を地形図に記し、この理不尽な行為を後世の人間に知らせようとした。
自分たちに関する記録が全て消し去られても、日付が刻まれた墓だけは残った。
人々の心が、ドラコルルをここまで導いた。
「あまり、オカルトは信じないのだがな……」
男はそう言うと、自身の手のひらに目をやった。
年齢を重ね、細かな皺が無数に刻まれた手。
外務大臣として、大国の皇帝を含め、多くの要人と握手を交わした手。
30年前、ギルモアの妻にこの場所へ行くよう、命令書にサインをした手。
「……安心しろ。こんな悪習は私で最後にしてやる」
そう言うと、男は小屋の扉を閉め、その場を後にした。
外に出た男は、空を見上げた。昼間のどんよりとした天気とは一転し、夕刻を迎えた空は、遠くまで美しく澄み渡っている。
「中尉。君は私が即位式の日に合わせて、データを改ざんしたと言ったな」
空を見つめながら、男は独りごちた。
「その通りだ。即位式の日に合わせて、相手の艦にこの地に降り立つよう、通信で伝えていた。逆に言えば、いつ相手の艦がこの場所に降り立つのか。それはこちらが指定できるということだ」
澄み渡った空に、小さな赤い点が一つ光った。その光は少しずつ大きくなり、まっすぐこちらへ向かってくる。
「来るがいい。最後の献上品はこの私だ!」
赤い点は、次第に大きな光の玉になっていく。
「こんな老人では不服かね? ならば殺すがいい。私はそれだけのことをした」
赤い光の玉が地上に近づくにつれ、はっきりと艦の形が姿を見せ始める。
「だが小国とはいえ、一国の外務大臣を殺した報いは大きいぞ。ピリカをいつまでも弱い国だと思うな」
男は、艦を睨みつけた。
「素晴らしい才能をもった子どもがいる。知略に長けた軍人がいる。過去の人間の苦しみに涙を流す青年がいる。そんな若者たちがつくるピリカは、どこのどんな大きな星よりも強い! もう誰一人、貴様らには渡さん!!」
次の瞬間、大きな轟音と共に辺りは赤い光に包まれた。土埃が舞い、光の消失とともに、大国の艦が姿を現す。
「……そして、なによりも……」
プシュッと空気が抜けるような音がし、着陸した艦の扉が開かれる。男は涙がこぼれ落ちないよう、きつく目を瞑った。
「ギルモア……!! ……すまなかった……!!」
つづく