「あれ? まだ付き合ってないの?」
俺が今一番触れてほしくないところにグサリとナイフを刺し、シュウは目を丸くして俺のことを見た。「オーウ……」と呟いて度数の強いお酒をオススメしてくるから舌打ちをしてそれを頼む。俺の隣でショートがクスクス笑ってた。
「ごめんね? だってもう結構、……結構でしょう? とっくにそういう仲なのかと……」
「ほんとだよね。だって浮奇だよ?」
「うるさい。俺だってそう思ってる」
そう、シュウの言う通り、結構、経っている。具体的に言うなら二ヶ月ちょっと。俺はふーふーちゃんがお店を開ける日にはできる限りお店に行って、人がいなければ二人で一緒に飲んでいる。だけどまだ彼とは店員と客以上の何かになれていない。いや、友人と言ってもいいかな?くらい気軽に話せる仲にはなったんだけど、でも俺が求めているのは友達じゃないもん。
「……ええと、ドンマイ」
「そんな適当な慰めいらないから、ふーふーちゃんの友達なら有益なアドバイスをちょうだいよ。どうやったら彼は俺に手を出してくれるかな?」
「ファルガーは性欲がないの?」
「どうかな。キスは、押せばできそう」
「友達のそういう話は聞きたくないんだけど……」
「そういうのいいって」
「浮奇、どんどん僕に遠慮がなくなっていってるよね」
「俺たち友達でしょ?」
「あ、はい……」
ニッコリ笑ってみせた俺にそう返し、シュウは何かを考えるように腕を組んで斜め上を見た。なんだかんだ言って優しい人だから、俺の求める答えを探してくれるらしい。
ふーふーちゃんの店が開かない夜に飲みに来ていたら、シュウとはすっかり仲良くなってただの飲み友達のようになっていた。もしシュウがふーふーちゃんのツボを知ってたらそれはそれでムカつくって、本人に直接言ってやろうかと思えるくらいには気が置けない仲だ。
「浮奇、ふーちゃんのタイプじゃないんじゃない?」
「……ははは、そーいうこと言っちゃうんだ……」
「だってふーちゃんの今までの恋人と全然タイプ違うもん」
「あーあーシュウがイジワルだあー! 今日はシュウの奢りでいい!?」
「んへへ、オーケー、イジワルはもうやめておく。実際のところ、ふーちゃんは浮奇のこと特別に思ってると思うよ。今までなら絶対手を出さないようなタイプの子とこんなに関わってるんだ、ふーちゃんのことを浮奇が変えたんでしょ」
「……そうかな」
「うん、僕はそう思うよ」
「……ありがと」
恋をするとグラグラ不安定な気持ちになる。大好きな人と二人きりで笑ってる時は無敵な気分なのに、そうじゃないとびっくりするくらい簡単に涙が溢れてしまうくらい。
本当に泣いてしまう前に俺はグラスに口をつけて残っていたお酒を飲み干した。シュウの作ってくれるお酒だって美味しいのに味わうこともしないで、ただアルコールを体内に入れるためだけの乱暴な飲み方。ふーふーちゃんの前では絶対にしないそれをシュウは困ったこどもを見るような優しい目で見ていた。
「寝落ちはしないでね?」
「わかってる……」
「本当かな。今日は他のお客さんが全然いないから良いけど、ここはそんなに安全な場所でもないんだからね」
「んん……そういえば時々真っ白いスーツの怖い感じの人が出入りしてるよね……」
「あ、それは別に怖い人じゃないけど。……浮奇、お水飲んで?」
「ふーふーちゃんが入れてくれたのじゃなきゃいや……」
「あーあ……。……本当にふーちゃんのこと呼んだら驚くかな?」
「ファルガーって呼んだら来てくれるタイプなの?」
「わかんない」
「ふーふーちゃん……会いたいなぁ……」
「「……」」
ふーふーちゃんのお店に行きたいな。今日は開けるって聞いてないからきっとお休みで、ふーふーちゃんは何か別のことをして過ごしているんだろう。お店でだけじゃなくて、休みの日にも会いたいよ。お酒を飲みながら話すのはもちろんすっごく楽しいけど、カフェでコーヒーを飲みながらだっていいじゃん。俺の家に来てくれたらとびきりのおもてなしをするよ。二人きりでもっとたくさん過ごしたい、キスをして、俺のことを抱きしめてほしい。
カウンターテーブルに突っ伏して俺はポロポロと涙を溢した。最悪の酔っ払い、全然可愛くないし化粧も落ちちゃう。シュウとショートが話してる声は薄く張った膜の向こう側であんまりよく聞こえなかった。