珍しく朝から起きてキッチンに篭っている浮奇のところへ、散歩を終えて愛犬と共に顔を出す。ただいまと声をかける前に振り返った浮奇はいつもより可愛らしくて、ハグをしてからジッとその顔を見つめた。
「今日はどこかに出かけるのか?」
「え? 出かけないよ、一日ふーふーちゃんを独り占めする予定。どうして?」
「メイクがいつも出かける時と同じだ。友達と予定でもあるのかと思った」
「誘われたけど断った。だって、初めてふーふーちゃんと二人で過ごせるハロウィンだよ? ……メイク濃いかな? いつものとどっちが好き?」
「可愛いよ。浮奇が好きなようにするといい」
不安そうな顔は一瞬で吹き飛ばしてやり、額をぶつけて間近で笑う。イベントごとは嫌いじゃない。年中ハロウィンのような装飾がされた我が家はあまり季節感はないが、今日はそれがピッタリ合う日だ。騒がし過ぎる場所へ行くことはないが家の中でも十分楽しめる。浮奇がいるなら、なおさら。
「浮奇のことだからコスプレでもしてパーティーに行くのかと思ってたよ」
「そういうのもしたことあるけど、今年はいいの。あ、せっかくだしコスプレしようか? この前配信で使ったから医者とかネコミミとか、探せばいくらでも出てくると思うよ」
「ふ、そういうコスプレか」
「ふーふーちゃんもお医者さんになって俺のこと診察してくれる?」
「ノー。ハロウィンが一気にAVになるだろ」
「えへへ。じゃあそういうのはまた今度にしよっか」
「……とにかく、コスプレはまあ、したいならすればいい。その料理もハロウィン用か?」
「そう! パンプキンパイ作りたくてね、あとお菓子もちょっとだけ。ふーふーちゃんは何か食べたいものある?」
ニコニコと楽しそうな浮奇にキスをしてから体を離そうとしたけれど、いつのまにかがっしりと抱きしめられてて一歩も動けなかった。料理の途中だろう? 先に邪魔したのは俺だけど。
「デビルエッグはどうだ」
「それは俺が食べたいものじゃない?」
「浮奇がおいしそうに食べてるところを見ながら食事をしたい」
「……好き」
「知ってる」
「も〜……おいしいごはんいっぱい作るね」
「楽しみにしてるよ。あ、でもそうだ」
「うん?」
俺の胸に顔を埋めていた浮奇は小首を傾げながらこちらを見上げた。ちらりと背後に視線を向ければ愛犬はすでにキッチンから出て行ったようで見える範囲にはいなかったから、浮奇の頬に手のひらを触れさせて悪戯な笑みを浮かべる。
「trick or treat?」
「……わお」
「お菓子はあるか?」
「……ふーふーちゃんの好きな甘いお菓子なら目の前にあるよ?」
「……じゃあそれをもらおうかな」
「でも、でも、……イタズラも欲しい……」
「欲張りめ」
「そうだよ、欲張りなの。ふーふーちゃんはどんなイタズラしてくれる?」
すでにお菓子もイタズラも、欲しいものを全て手に入れたかのような幸せそうな笑みを浮かべ、浮奇は背伸びをして俺に顔を近づけた。いつもの癖で求められるままにキスをしてからこれをイタズラに使えば良かったと後悔する。少し焦らすだけで浮奇にとっては十分にイタズラになっただろうに。
「ん、えへへ……」
「……イタズラ、何がいい?」
「ふふ、俺が決めるの?」
「今日一日キスは禁止、とか」
「やだ。無理」
「ああ、俺もそう思ったからやめておく」
「……ふーふーちゃんも?」
「……あー、ええと、……イタズラ、イタズラな」
「ふーふーちゃん、もういっかいキス」
「あとで」
「んぅ〜、いまがいい……。いますぐ、ふーふーちゃんとキスしたい……」
「……オーケー、目をつむれ」
「ん!」
キス好きなこの子には負けるけれど俺だっておまえとするのは好きだよ。浮奇の唇はいつでも柔らかくて甘く気持ちいい。だけど、そう、イタズラをしてあげないと。
顔を近づけて、唇はくっつけずに俺からのキスを待ち望んでいる可愛い浮奇を見つめた。数秒経つと焦れてむにっと唇を尖らせて見せるからこっそり笑い、唇ではなく指をそこに当ててやる。すぐに気がついた浮奇は目を開けて拗ねた目つきで俺を睨み、指にかじかじと歯を立てた。
「イタズラ成功だな?」
「可愛いイタズラをありがとう、今すぐ目をつむってくれる?」
「仕返しか?」
「もちろん」
怒りのこもった笑みに素直に目を瞑ってみせれば、浮奇は舌打ちをしてから俺の後頭部に手を回して下へと引き寄せ、次の瞬間には唇を重ねて舌を伸ばしてきた。なんだ、キスのフリをするわけじゃないのか。
されるがままにキスを受け入れ応えていると、先に息が続かなくなった浮奇から唇を離した。瞼を上げて浮奇と目を合わせる。
「これがイタズラ?」
「……」
「ふふ、意地悪を言ったな。もういっかい、今度はお菓子の方のキスにしよう」
「……ふーふーちゃんからして」
「ああ、喜んで」
そっと重ねて、あまく食むだけの優しいキス。浮奇の心を満たすためにするようになったそのキスが今では俺もとても好きだった。リップ音まで可愛らしく響かせて唇を離し、鼻を擦り寄らせる。
「おいしいお菓子をありがとう」
「んん……ね、ふーふーちゃん……」
「うん? どうした?」
「……trick or treat」
「……イタズラはさっきしただろう」
「お菓子、ある?」
「……俺はおまえと違って、自分がお菓子だなんて言えない」
「じゃあないんだね? イタズラだ?」
「待て、だからそれはさっき」
「どんなイタズラにしようかなぁ」
ご機嫌に笑う浮奇に釣られて思わず俺も笑みを溢し、俺を抱きしめていた浮奇の手を掴んで放させる。物欲しげな表情で顔を覗き込んでくるから触れるだけのキスを送って、もう一度唇が近づいてくる前に浮奇の体をくるりと反転させた。
「えー」
「おいしい料理を作ってくれるんだろう?」
「ふふ、はぁい。じゃあごはんのあと、俺のこともちゃんとおいしく食べてね?」
「……腹がいっぱいにならないように気をつけないとな」
「ごはんも俺も、おなかいっぱい食べてくれないとイタズラしちゃうよ」
「どんなイタズラを?」
「……んー、どうしよっか?」
もうお互いどんなイタズラもお菓子にしかならないと分かってる。視線を重ねて秘密めいた笑みを交わしてから、俺たちは飽きることなくキスをした。