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    おもち

    気が向いた時に書いたり書かなかったり。更新少なめです。かぷごとにまとめてるだけのぷらいべったー→https://privatter.net/u/mckpog

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    おもち

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    PsyBorg。保育士🐏とお花屋さん🔮の話。好き勝手書いてます。

    #PsyBorg

    こどもたちのお散歩の時間に通る道に、洒落た店構えの花屋があった。その店先に並ぶ花は毎日彩り鮮やかで美しく目を楽しませてくれる。先月のある日、こどもが「ちゅーりっぷ!」と大きな声で花の名前を当ててみせてから、店の前に出ている花の中にこどもたちでも知っているようなわかりやすい花が並ぶようになり、その道はこどもたちもお気に入りのお散歩コースとなった。
    俺はその店がこどもたちとは違う理由で気になっていて、仕事が早く片付いた日の夜、駅とは反対側のその通りへと足を運んだ。営業時間を確認していなかったからもしかしたら閉まっているかもしれないと思ったけれど幸いまだ店には明かりが灯っていて、軽やかな鈴の音を鳴らしながら扉を開け中へ入る。お散歩で前を通る時にはそこまで気にならなかったが、店の中はむせ返りそうなほど花の香りでいっぱいだった。
    「こんばんは、何かお探しですか?」
    「あ、こんばんは。……ええと、そうだな、……何か、綺麗なものを……」
    「ふふ、うちの子たちはみんな綺麗ですよ?」
    ひっそりと口角を上げたその人こそ、俺がここまで来た理由だった。こんなにカラフルの花の中にいながら、それを背景にしてしまうほど美しく魅惑的な、名前も知らない綺麗な男。
    彼は俺が視線を彷徨わせると「少し待っていてください」と言って店の中を一周し、いくつかの花をピックアップしてきてくれた。バラバラの色と形をしたそれらが彼の腕の中では花束のようにまとまって見えるから不思議だった。
    「何か花束とか、小さいブーケとかを作りますか? 育てたいっていうことだったら切り花じゃないものもいくつかありますよ」
    「あー……じゃあ、その、ブーケ的なもので?」
    「彼女さんにプレゼントですか?」
    「……、……違いますね」
    「あはは、ごめんなさい、冗談です。お花にあまり興味がなさそうだからどうしてかなって、ちょっとした興味でした。ブーケですね、どんな色がいいとか、こういう雰囲気でとか、ちょっとした好みでもあれば教えてください」
    「……すべてあなたにお任せします」
    「ふ……、分かりました。すぐに準備しますのでお待ちください。あ、もしよければお店の中いろいろ見ていてください。気になるお花があればそれも入れますよ」
    「ありがとうございます」
    作業を始めた彼を視界の隅で盗み見しつつ、言われた通り店の中を見て回る。名札がついていても聞き覚えのない花の名前は頭の中を通り過ぎていき、バラを見つけてバラだなと思うだけの無益な時間だったけれど、俺がそうしている間にも彼の手はテキパキと動いてあっという間に小さなブーケを作り上げてしまった。
    「お待たせしました」と声をかけられる前から意識は彼にしか向いていなかったが、まるで今まで夢中で花を見ていましたというふうにパッと顔を上げてそちらへ視線を向ける。
    「何か気になる花はありましたか?」
    「いや、……あまり花に詳しくなくて」
    「そうみたいですね? ブーケ、こんな感じでどうでしょうか?」
    「……綺麗だ」
    「ありがとうございます」
    得意げに笑うその表情から彼が花をとても愛していて、この仕事に誇りを持っていることが伝わってくるようだった。思わずこどもたちの顔を思い出して、このブーケは園に持って行こうかと一瞬考える。いや、ダメだな、同僚たちに何を言われるか分かったもんじゃない。
    「やっぱり彼女さんにですか?」
    「……いえ、彼女はいないので」
    「わお。すみません、失礼しました、優しい顔だったのでそうかなって。……こんな素敵な人を放っておくなんて、周りに女性の方がいない職場だったり?」
    「ふ、女性だらけですよ。むしろ男が俺だけ」
    「へえ?」
    「……保育士なんです。ここはお散歩の時によく通っていて」
    「! あ、ああ! あのこどもたちの?」
    「ええ、おそらく、そのこどもたちの」
    目を丸くして驚く様子はさっきまでの穏やかな色気を持っていた彼を幼く可愛らしく見せて、もしかしてうんと年下か?と思ってしまうほどだった。
    彼はふわりと柔らかな笑みを浮かべて「どこかで見たことあると思ってたんですよ」なんてナンパのようなことを言った。思わず俺も表情を緩め「俺もそう思っていました」と軽口を返す。
    「ふふ、こどもたちにはいつも癒しをもらってます」
    「よかった。最近はこどもの声がうるさい、なんて苦情もあるみたいなので、そう言っていただけて安心しました」
    「みんな可愛くていい子たちですよね。あ、先生にしか分からない苦労はあると思いますけど」
    「いえ、本当に可愛くていい子たちですよ。……ありがとうございます、話し込んじゃってすみません。代金は?」
    「こちらこそすみません、プライベートなこと聞いちゃって。いま計算しますね」
    「……そうだ、ひとついいですか?」
    「はい?」
    「俺の話をしたので、交換でひとつ」
    「……俺の話ですか?」
    「そう。……彼女は?」
    「……、……いない、ですよ」
    「そうですか、よかった。金額、この表示されてるやつですかね?」
    「あ、はい……。……え?」
    「それじゃあこれ、ちょうどで。ブーケもらいますね」
    「はい……」
    瞬きを繰り返す彼からブーケを受け取り、ありがとうございますとお礼を言って出口へ向かう。花屋の店員でこの見た目なら選り取り見取りだろうに、彼女がいないのか。意外だな。理想が高いとか?
    彼のことを考えながら扉に手をかけたところで、後ろから「あの!」と声をかけられる。
    「はい?」
    「……あの、お名前、聞いていいですか?」
    「……ファルガーオーヴィドです。……あなたは?」
    「浮奇ヴィオレタです。……ファルガーさん、また、お待ちしております」
    「……はい、また来ます、……浮奇さん?」
    「えへへ、好きに呼んでもらって大丈夫ですよ」
    「……ありがとうございます」
    少なくとも嫌われてはいないらしい、と可愛らしい笑顔を見て胸を撫で下ろす。心の中で「浮奇」と呼び捨てにした名前を、次に来た時に呼んでもいいだろうか。
    次の日のお散歩コースは花屋の前を通るもので、いつも通りこどもたちは店先に並ぶ花を見て楽しそうな声を上げた。「このおはなのなまえなぁに」と花が好きな子に質問され答えに詰まると「これはライラックって言うんだよ」と俺ではない優しい声がそれに答える。パッと顔を上げればいつもは店の中にいるはずの彼がそこにいて、優しく微笑みこどもの前にしゃがんで視線を合わせた。
    「お花、好き?」
    「うん!」
    「ありがとう、俺もお花好きなんだ」
    「ふーちゃんせんせいもおはなすきだよ!」
    「……ふーちゃん?」
    「あっ……あー、……こどもたちは、そう呼んでて」
    「……ふーちゃん……可愛いですね?」
    「……仕事は?」
    「ちょうど手が空いてて。ふーちゃん先生も、お花好きなんですか?」
    「やめてくれ」
    「ふふふ」
    「ふーちゃんせんせい、おはなやさんのおにいさんとおともだちなの?」
    「そう、おにいちゃんね、ふーちゃん先生とお友達なの」
    「浮奇……」
    「……名前、覚えてくれてありがと。お散歩の邪魔してごめんなさい」
    彼がバイバイと手を振ると、こどもたちは元気に「ばいばーい!」と言って手を振り返した。お散歩の途中にこれ以上話すわけにもいかず、俺はこどもたちを誘導しながら一度だけ振り返り花屋を見遣った。まだ外にいた彼がこちらを向いていて、視線が重なると表情を綻ばせる。
    教えてもらった花の名前はお散歩から園に戻る間にすっかり忘れてしまったのに、彼の笑顔は脳に焼きついて離れていきそうになかった。


    作ってもらったブーケが枯れ始めて、花には悪いがいい口実ができた、と俺は再び花屋を訪れた。あれ以降も数回、お散歩で通るたびに彼は店を出てきてこどもたちに花の名前を教えたりして楽しそうに会話をしていた。扉の奥にいる彼を見ていた時は彼がこんなに表情豊かな人だとは思っていなくて、バラのように美しく棘があるタイプだと勝手に考えていたけれど、頭の中で想像していた彼より本物のほうがうんと魅力的だった。
    「あ、ふーちゃん、こんばんは。お仕事お疲れ様」
    「……ああ、こんばんは。……ふーちゃん呼びで固定されたのか」
    「こどもたちがみんなそう呼んでるからつい。嫌だった?」
    「いいや、好きに呼んでもらって構わない」
    「よかった、ありがと。今日は? 彼女さんできた?」
    「残念ながら。この前買った花が枯れてしまったから、また何か買おうかと思って」
    「ああ、ちゃんとお世話の仕方教えてあげればよかったね。お花のある暮らし、気に入ってくれた?」
    「うん? ……ああ、まあ、そんなところだ」
    実際はただ彼に会うために来たのだけれど、家の中にある花を見るたび彼のことを思い出すという意味では確かに花のある生活を気に入っているのかも知れなかった。彼の言葉に適当に相槌を打ち、ぐるりと店内を見渡してから再び彼に視線を向ける。
    「今日も、なにか浮奇のオススメを」
    「……ふふ、はぁい」
    「なんだ?」
    「ううん、名前で呼んでくれて嬉しいなぁって思っただけ。ね、ふーちゃん、好きな色は? 誰のためでもなくて、ふーちゃんの家に持って帰ってるんでしょう? ふーちゃんの好きな色にしようよ」
    「……赤、かな」
    「赤が好きなんだ。わかった、任せて」
    拳を作って見せてから照れたように笑って、浮奇は花を選びに行ってしまった。彼が離れてから、思わず溢れた「かわいい」という呟きに自分で驚き口を押さえる。全くの無意識だった、危ない、聞かれていたら一発で不審者扱いだ。こどもたちと視線を合わせて優しく話す姿を見たからだろうか。どうにも、彼が可愛く見える。
    花を選んで作業台に戻ってきた彼は、立ち尽くす俺を見て首を傾げた。何でもないと言うように頭を左右に振り、彼から離れて花へ視線を向ける。綺麗に咲き誇る花は美しい。美しいけれど、それよりも彼のことを見ていたい。花の香りの酔いそうなほどの甘さが良くないかもしれなかった。この店の中にいる間、彼のことしか考えられないみたいだ。
    「お待たせしましたー」
    声をかけられて、ようやく彼に視線を向けられる。赤いバラを使った小さなブーケを持つ彼に見惚れて返事を忘れていれば、彼は可笑しそうに顔を綻ばせ「ふーちゃん?」と俺の名前を呼んだ。口を開けて、閉じて、頭の中で言葉を考えてからもう一度口を開ける。
    「仕事の後、もし予定がなかったらどこか食事に行かないか?」
    「……デートのお誘い?」
    「で、……でー、と……」
    「それともただの友達として? どっちかによって、返事は変わるけど」
    「……どっちなら良いんだ」
    「あなた次第だよ」
    「……、……デート、かも」
    「わかった。お店、もう閉める時間だから少しだけ待っててくれる? すぐに片付けするから」
    「え、じゃあ」
    「デートしよ?」
    にこっと笑った彼は俺にブーケを手渡すとすぐに花を店の中へ仕舞い始めた。店先の明かりを消して、レジをポチポチと操作する。俺は自分が持っているブーケのお金をまだ払っていないことに気がついて慌てて彼に駆け寄った。
    「浮奇、これのお金」
    「ん、今日は俺からのプレゼントってことで」
    「大切な売り上げだろう」
    「ちゃんと俺がお金払うもん」
    「なおさら引けない。いくらだ?」
    「ナイショ」
    「浮奇」
    「ふ、じゃあ、夕飯はふーちゃんが奢って? それならいい?」
    「最初から奢るつもりで誘ってる」
    「……かっこいいなあ」
    「茶化すな」
    「本音だよ。わかった、今日はもうレジ締めちゃったから、また次、……いつ来てくれる?」
    「明日来るよ」
    浮奇は目を細めて微笑み、「じゃあ明日」と囁いた。
    片付けと施錠を終えた浮奇と並んで歩き、数駅移動して何度か行ったことのある店へ入った。保育園の近くだと関係者と会ってしまいそうだから、……浮奇と一緒にいるところを見られたくないとかではなく、仕事外の時間に仕事の関係者と会いたくないというなんでもない理由だ。
    向かい合う席に座ってメニューを開き、浮奇は載っている写真を指差しておいしそう!と目を輝かせた。好きなものを好きなだけ頼んでいいと伝えると、彼はぷくっと頬を膨らませてみせる。
    「こども扱いしてない?」
    「……してない、と思うが……いや、してるのか? 可愛くてつい」
    「……可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど。ふーちゃんよりは年下かもだけど俺もちゃんと大人だからね?」
    「……こどもたちと呼び方が同じせいかな」
    「ふーちゃんがダメなの? でも可愛いし……ふーふーちゃんは? そうやって呼ぶこどもいる? 他の人は?」
    「まさか、いないよ。ふーふーちゃん?」
    「うん。だめ?」
    「……まあ、浮奇ならいいか」
    「じゃあふーふーちゃん。俺のことこども扱いするの禁止だよ?」
    ふーふーちゃん、なんて、こどもたちより可愛い呼び方で呼ぶくせに? 真面目な顔をする浮奇に俺はキュッと唇を結んで顎を引いた。ジッと見つめられて数秒、耐えきれずに吹き出した俺を浮奇は怒ることなく声を上げて笑うから、俺も笑い声を止めることができない。
    「あはは、もう、ほら、早く注文しよ? ふふ、ほっぺ痛い……俺どれにしようかな。ふーふーちゃんは?」
    「ふっ、はは」
    「ねえー?」
    「ああ、わるい、……ふ」
    笑いがこみ上げてくるのはどうしてだろう。そんなに可笑しいわけでもないのに、浮奇と目が合い楽しそうに微笑まれると弱いところをくすぐられたみたいに笑ってしまう。
    ゆるんだ口元を誤魔化すため彼から視線を逸らし、メニューに目を向ける。さっき浮奇がおいしそうだと言っていたスパゲッティを指差し「俺はこれにするから浮奇も少し食べるか?」と聞くと、彼は俺の指をぎゅっと掴んだ。体温が低いのか冷え性なのか、その手はひんやりと冷たく感じる。
    「浮奇?」
    「……一口もらう。ふーふーちゃんは、他に食べたいものある?」
    「浮奇の好きなものは?」
    「こっちが聞いてるんだけど」
    「食の好みはあまりないんだ」
    「……」
    「嘘じゃないよ。浮奇が食べたいものを教えてくれ。好みが分かれば次に誘う時おまえの好きな店を探せる」
    「……また、誘ってくれるの?」
    「今日下手なことをしておまえに嫌われなければ」
    ゆらっと浮奇の視線が泳ぐのを見て、重なった手を握り返しその目を覗き込んだ。余裕のある口調だったし慣れているのかと思ったけれど、どうやら案外照れ屋らしい。「浮奇?」と思わず揶揄う声音になってしまった俺の呼びかけに、浮奇は拗ねた顔を作りきれずに表情を緩め「ふーふーちゃんのバカ」とこどものように可愛い悪態をついた。
    おいしい食事を分け合い、少しだけ酒も飲んで、気がついた時には随分遅い時間になっていた。浮奇はあまりお喋りなタイプではなかったけれど、俺の話を落ち着いた雰囲気で聞いてくれて、時折挟まれる相槌に二人で笑うのが心地良かった。
    約束通り俺が会計を済まし外に出ると弱い雨が降っていて、浮奇が俺を振り返り困った顔で笑う。
    「傘、持ってる?」
    「いいや。このくらいならささなくても……、浮奇、家はどのあたりだ? 店の近く?」
    「ううん、ちょっと……ちょっと遠いんだよね。ふーふーちゃんは? ここ、前にも来たことあるんだっけ。家、近いの?」
    「……」
    「まだ何にも言ってないよ」
    「それ、言ってるのと同じだろ」
    「ふふ、そうかも。じゃあ言っちゃおうかな。これからふーふーちゃんの家で飲み直さない?」
    「……、……とりあえず、駅まで歩こう」
    「うん」
    俺が黙って歩くと、浮奇はその沈黙を楽しむように鼻歌を歌いながら歩いた。小雨の降る暗い夜道を、まるで天気のいい明るい花畑を歩くみたいに。
    「……浮奇」
    「うん?」
    「家、おいで」
    「……うん、それで?」
    「お酒も色々あるから好きなものを作ってやれると思う」
    「お酒好きなんだ、嬉しい」
    「それで、……もし終電がなくなったら、泊まっていっても構わない」
    「あっ、そういえば俺って実はめちゃくちゃ辺鄙な土地に住んでて、もう終電ないんだよね」
    「ふ……。ああ、じゃあ泊まっていくといい」
    「ありがと。……ねえ、あとは? 言っておくことある?」
    「……、明日、店は?」
    「わあ、偶然、たまたま、定休日みたいだ」
    あまりにわざとらしい言い方に、逸らしていた視線を浮奇に向けた。目が合って嬉しそうに微笑まれるだけで、たとえその言葉が嘘でもいいか、なんて思ってしまう。
    「でも、明日は店を開けてくれないと」
    「ええ?」
    「ブーケのお金、払わせてくれ」
    「……真面目だなぁ」
    「そうしたら朝が早いんじゃないか?」
    「んー……、午前中は友達に頼むから、午後から行くんじゃだめ?」
    「代わってくれる友達がいるのか」
    「うん、だからふーふーちゃんが良いって言うなら俺は休みにもできるんだけど」
    「……まあ、そういうことなら、……ブーケの支払いは明後日にでも」
    「俺からのプレゼントにしたいのになあ」
    「プレゼントをもらう理由がない」
    「プレゼントに理由なんていらないよ。花なら特に、なんでもない日にだってプレゼントしていいんだから」
    「……たしかに」
    「うん、ね、だからこれは俺からのプレゼント」
    「いいや、これは俺が払う」
    「頑固者……」
    「その通り」
    浮奇が俺のために作ってくれたというだけで、すでにこのブーケはプレゼントみたいなものだった。その上お金まで払わせる必要はない。拗ねたような可愛らしい顔で「まあいいけど」と呟いて、浮奇は俺のことを見上げる。
    「じゃあ、明日は休みで、明後日は店にいる。ふーふーちゃんはお仕事は?」
    「この土日は二日とも休みだ」
    「それなら明日は寝坊しても平気だね?」
    「……かもな?」
    「ふふん」
    楽しそうに笑い声をこぼし、浮奇はさりげなく俺の手に触れた。指をひっかけて、俺がそれを振り払わないと分かるとするりと手のひらを重ねる。暗いし、人もいないし、駅に着くまでは好きにさせておいてもいいだろうか。触れ合った体温が、心地いいから。
    「ふ、えへへ……」
    「……もう酔ってるか?」
    「んーん。全然まだ飲めるよ。ただ楽しいだけ」
    「それはよかった。……花の香りだな」
    「うん?」
    「浮奇、花の香りがする」
    「あ、うん、あそこに一日中いたらね。……大丈夫? 気持ち悪くなったりしない? 生花の匂いが苦手な人もいるでしょう?」
    「ああ、そういうことなら大丈夫だ。浮奇が綺麗な花みたいで良いと思う」
    「……酔ってる?」
    「全く?」
    「じゃあ素でそういうこと言えちゃうんだ……」
    ため息を吐く浮奇の横顔を見つめて、繋がれた手に力を込めた。パッと目を見開いてすぐに俺のことを見上げる様子が可愛くて頬を緩める。
    「……ふーふーちゃん」
    「ああ」
    「揶揄ってるでしょう」
    「可愛がってるんだよ」
    「……はやく、家まで連れてって」
    睨みつけるような目つきに笑みを返し浮奇の頭に手のひらを乗せた。柔らかい髪をくしゃりと撫でるとじわりと目元が染まったように見えたけれど、暗いから見間違いかもな。そうならいいと俺が思っているからそう見えるだけで。
    駅が近づいてきたから、俺はそっと手を解き半歩分浮奇から距離を取る。浮奇はすぐに俺の手を追いかけてきて再び掴むと、そのまま道の端へと俺を押しやり建物の影に二人の体を隠すように身を寄せた。花の香りが近づいて、目を見開いた俺の視界は浮奇だけでいっぱいになる。
    「やっぱり家まで待てない」
    「待て、人が」
    「いないことちゃんと確認したし、ここなら見つからないよ」
    「だけど外では」
    「俺だけ見ててよ」
    言われなくても、おまえ以外見えていない。強引に重ねられた唇は柔らかく、花の香りのせいでまるで花びらとキスをしているようだった。目を開けたままの浮奇から逃げるように瞼を閉じて食まれた唇を噛み返す。
    本物の花も食べたら甘いのか、花屋は答えを知っているだろうか。
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    💘☺☺💕💕💕💕👏😭💯🍼💘💖🌸🌹🌺🌼🌷💐💖💖💖💖👏👏💞💞💐💖👏👏😭❤💜👍💐💐💐💖💖💐❤💜👍💕💖💗👏💐💕👏💯😍❤💖💖💖💖☺
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    DONE少し不思議なお話でシリアスな話にしたかったけれどどうしてもシリアスは難しいという罠。
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    ーーーいってらっしゃいませ。



    ーーおや、珍しい。こんなところにお客様が。来るつもりは無かった?なるほど表の者が大変失礼なことを。けれどウチを見る価値は有るかと。きっと貴方にとって忘れられない物と出会えるはず。どうぞ店内をご覧になって。ーーー色々な物があるでしょう?今日はとっておきを仕入れたんです。まだ販売できる状態ではありませんが…はい?ああ、はい、はい、表の者は購入できるとは一言も言っていなかったでしょう?ふふふ、冗談ですよ。貴方がもし気に入って直ぐにでも持ち帰りたいとご購入頂けるのであれば、急ピッチで調整いたしましょう。
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