「トリックオアトリート〜」
「……ハロウィンは昨日で終わったが」
「細かいことは気にしないで。ふーふーちゃんの家久しぶりだー、お邪魔します」
「そうだったか? ん、荷物」
「ありがとう」
二日分の荷物はそんなに重くないのに、ふーふーちゃんはすぐに俺の手からカバンを受け取ってくれる。きっとこんなの人として当たり前で、なんでもないことだなんて思ってるんでしょう。全部言ったらキリがないから教えてあげないけど、そんな些細なことで俺はどんどんふーふーちゃんのこと好きになってるからね?
先に部屋の奥へ向かうその背中に抱きついてやろうかと考えたところで、リビングから出てきたモフモフの大きなわんちゃんが俺のことを見つけてパタパタと駆け寄ってきた。振り返ったふーふーちゃんが「すっかり懐かれたな」と嬉しそうに笑う。彼の愛犬に擦り寄られ、俺は両手を広げてその子のことを抱きしめた。
「久しぶり、元気にしてた? ん、ふふ、なんか前よりもふもふになってる気がする」
「ああ、そうだと思うよ。もう冬毛が生えてきていて、最近はブラッシングが大変だ」
「あ、そっか。あとで俺もお手伝いさせて?」
「それはこいつも喜ぶだろうな」
俺に撫でられて満足げな顔をする可愛い子から手を離し今度こそふーふーちゃんの後を追う。リビングに入って彼が荷物を置いたのを見てからその背中へ飛びつくように抱きついた。
「ふ、どうした?」
「ふーふーちゃんの充電してるの」
「わお、いつのまにか浮奇もサイボーグになったみたいだな?」
「ふーふーちゃんも俺のこと充電していいよ」
「……ゆっくり充電させてもらうよ。ありがとう」
「はぁ……だいすき……」
「お茶くらい出させてくれないか、浮奇」
「あとでいいからもうちょっと」
「それなら一度手を離してくれ」
「んんん、やだぁ」
「違くて、……これじゃ俺が抱きしめてあげられないだろう」
パッと腕を広げた俺に彼はクスクスと笑って体をこちらに向け、ハグと同時に優しいキスをくれた。あっという間に充電が百を超えて満タンになったけれど、でも、彼が飽きちゃうまではまだこうしていたい。俺がぎゅうっと抱きしめる力を強くしたら彼はあやすように俺の背中をさすって頭を撫でてくれる。ふわふわの布団の中より、ぽかぽかあったかいストーブの前より、ここが一番心地いい。
「……帰りたくないなぁ」
「来たばかりなのにもう帰ることを考えてるのか?」
「ずうっとここにいたいって考えてるの」
「……ああ、そうだ、お菓子があるんだ。食べるだろう?」
「お菓子? 買ったの? 珍しい」
「ハロウィン用だよ。余ったから、浮奇にいっぱい食べてもらわないと、俺一人じゃ捨てることになってしまう」
「いっぱい食べる!」
わざとらしい話題転換に乗ってあげて、俺はパッと顔を上げ彼と目を合わせて笑った。俺は一日中こうしてたっていいけど、ふーふーちゃんのやりたいこともやりたいからね。お菓子に釣られたフリをしてあげる。
くっついていた体を離して、キッチンに向かうふーふーちゃんの後を追いかけた。紅茶の茶葉を取り出した彼からそれを奪い取り、冷蔵庫の中を確認。よし、いつも通り牛乳はあるね。
「俺お茶入れるよ。ミルクティーにする?」
「ああ、いいな、ありがとう」
「どういたしまして。ハロウィン楽しめた?」
「もちろん」
「いいなあ」
「浮奇は楽しくなかったのか?」
「今年はどこも出かけてないもん。ふーふーちゃんに会いに来ちゃえば良かった」
「なんだ、会いにくれば良かったのに」
「今日約束してたから我慢したの。一日も待てないなんてワガママでしょ?」
「おまえはワガママだろう?」
「はあ?」
「ふ、ふは、冗談、浮奇はとってもいい子だ、ふっ……。ワガママくらい言っていいよ、いつでも」
睨みつけた俺をおなかを抱えて笑いながら優しいことを言うふーふーちゃんにまたハグしたくなるのをぐっと我慢して「ぎゅうってしたい」と呟いてみると、彼はまだ笑い声の止まらない震えた体で俺の背中を抱きしめてくれた。俺が固まってしまうと耳元で楽しそうに笑ってからすぐに離れていくイジワルな人だ。
「邪魔して悪いな、どうぞおいしいミルクティーを入れてくれ」
「……」
「ふ、ふふ、怖い顔になってるぞ、浮奇。オーケー俺が悪かった、キスは?」
「……いる」
ティーポットから手を離してふーふーちゃんのほうへ体を向けた。拗ねて不貞腐れた頬に優しく手のひらを触れさせたふーふーちゃんが笑みをこぼす。言葉なんてなくても大好きって言われてるみたいで、俺は緩みそうになる唇を噛んだ。すぐに顔が近づいてきて唇が重なり、柔らかく食まれて、ゆっくり味わうように舌を絡めて、お湯が沸騰した音で俺たちはようやく唇を離した。息を整えたふーふーちゃんが俺の目尻に浮かんだ涙を拭ってくれる。
「こんなんじゃ一日中こうしてるだけで終わってしまう」
「……だめ?」
「だめじゃないから困るよ。会えていなかった間の浮奇の話だって聞きたいし、一緒にのんびりごはんを食べたいし、ゲームだってしたいだろ」
「ふーふーちゃんの一番したいことは? 俺ふーふーちゃんと一緒にいられるならなんでもいいから、教えて?」
「……浮奇のしたいことは?」
「ふーふーちゃんと一緒にいたい。だからもう、今もずっと俺のしたいことはできてるの」
「……はぁ、もう、……もっとワガママを言ってくれ……」
「……ふーふーちゃんのしたいこと、言ってみて。俺がしたいって言ったからしてくれるんじゃなくて、ふーふーちゃんがしたいこと、知りたい」
「……」
きっと言いたくないんでしょう、格好つけ。俺のワガママを聞くという体のほうがふーふーちゃんは気が楽なのかもしれない。でも、ねえ、俺だってふーふーちゃんのことを大好きな男だよ。好きな人のワガママなんて聞きたいに決まってる。キスしたいのは俺だけ? 一緒にいたいのも、ハグしたいのも、俺だけじゃないでしょう。
真っ直ぐ見つめるとふーふーちゃんは観念したように息を吐いて、小さな小さな声で「キスしたい」と呟いた。ふーふーちゃんが俺からのキスを好きなことくらい知ってたのに、言葉にしてくれたのは初めてで、抑えきれない衝動に駆られて彼の後頭部を強く引き寄せた。お茶の準備なんてしてられない。沸騰したお湯が冷めてしまったらまたあとで火にかけよう、キスをしながら待っていればあっという間なんだから。