ベッドの寝心地の良さに気がついたのはセックスをしないでただ手を繋いで眠った夜だった。いつもは目が冴えてなかなか眠れないのに、目を瞑ってからの記憶がほとんどないくらいすとんと眠りに落ちた。もちろん柔らかく心地好い布団のおかげだけでなく、俺を優しく抱き寄せてくれる彼の体温と心音の効果も大きかっただろうけど。この俺が夜と言える時間に眠って、昼になる前に自然と目が覚めるなんて。
開けられたカーテンから差し込む朝の眩しい陽の光を見つめ、まだ緩慢な動きでぽっかり空いた俺の隣のシーツをするりと撫でる。夜に感じた温もりが消えてしまった冷たさが少し寂しい。
「お、起きたなねぼすけ」
「……この時間に起きて寝坊なら、いつもの俺にはなんて思ってるの」
「俺の家では、この時間はもう朝食は片付けまで終わってるんだよ。でも今日は特別。コーヒーを飲むか? パンとシリアルどっちがいい?」
寝坊とは無縁の早寝早起きの男は朗らかに笑いながらベッドに近寄り俺のすぐ近くに腰を下ろした。伸びてきた冷たい機械の手が俺の頭をふわりと撫でる。シーツよりもよっぽど冷たいけれど、この手に触れて寂しさを感じたことはない。
「ん……コーヒーよりも先に、欲しいものがあるよ。あててみて?」
「二度寝はダメ」
「ケチ。でもそれじゃない」
「んー……、……シャワーは昨日の夜浴びたよな?」
「一緒に長風呂したでしょう? そうじゃなくて、……ねえ、わかっててはぐらかしてるでしょ」
「ハズレだと言われたらだいぶショックだから言いたくない」
「言って。ふざけないで言ってくれたら、たとえハズレでもそれをアタリにしてあげる」
「……」
じっと見つめられ、俺はまっすぐにその目を見つめ返した。残念だけどこの類の勝負で俺が負けることは少ない。今回も根負けしたふーふーちゃんがふいっと視線を逸らして、拗ねたように唇を尖らせる。可愛くて大好きなその顔をもっと近くで見たくて、俺はようやく体を起こして彼の頬に手のひらを這わせた。
「ねえ、言ってみて。それが正解だよ」
「……おはようの、キス」
「ほら、大正解だ」
口角を上げたまま顔を近づければ彼は避けることなく顎を上げてそっと目を伏せた。唇を重ねてリップ音を鳴らし、吐息も食べられそうな距離のまま「おはよう」と囁く。瞼を上げて俺を見たふーふーちゃんにもう一度キスをして、俺は幸せが溢れ出したような息を吐いて彼を抱きしめた。
「幸せ過ぎてバチが当たりそう」
「……キスひとつで?」
「キスだけじゃない。朝から大好きな人と一緒にいられていちゃいちゃできるんだよ? こんなに幸せなことある?」
「……もう昼になる」
「細かいことはいいの。久しぶりにぐっすり寝られたし今日はいい日かも」
「ああ、それはよかった。昨日はおやすみを言う隙もなく寝てたから驚いたよ」
「俺もびっくりした。もしかしてコレすごく高い布団だったりする? めちゃくちゃ寝心地良かったよ」
「いや、そんなことはないけど……?」
「そうなの? 一日中寝てたいくらい気持ちいい」
「……一日中……。浮奇、今日はのんびり過ごしたいって言ってたよな?」
「うん? うん、明日には帰らなきゃだし、今日はどこかに出かけないで家でのんびりしたい。どこか行きたかった?」
「そうじゃなくて。……ああ、でも、浮奇は嫌がるかも」
「なんのこと?」
頭の中で考えをまとめているんだろう真面目な顔でふーふーちゃんは固まって、少ししてから話すことが決まったように俺を見つめた。どうぞと視線で促し彼の言葉を待つ。
「今日一日、ここで過ごさないか?」
「ここ? ……って、ベッドの上?」
「ああ。飲み物とスナックを用意して映画を見て、昼寝したりのんびり話したりして、ごろごろして一日過ごしたい」
「……食事はちょっと」
「溢さないように気をつければいいしきちんと掃除するよ。テーブルを挟まなければ、浮奇にシェアもしやすいし」
「……あーんしてくれるってこと?」
「俺に食べさせてもらうの、好きだろ」
「だいすきだよ……。……んん、わかった。じゃあ今日は一日ここで二人でごろごろしよっか……ちゅーもしていい?」
「布団を汚さない、以外に禁止事項はないだろ?」
「正しい布団の使い方をして汚しちゃうのはセーフにして?」
「ふ、だな? それはセーフで」
彼の肩を抱き寄せたままもう一度ベッドに横になり、枕に顔を沈めて彼を見つめる。開けたままのカーテンから明るい光が入り込んで部屋の中を照らしているし、二人してすっかり目が覚めた瞳をしてるけど、今日は一日ベッドの上で過ごすことになったから。ベッドに横になったまま唇を重ねて体を抱き寄せ、朝には相応しくない音を立てる。
朝ごはんは、気が向いたら食べることにするよ。コーヒーを溢してベッドを汚したくないしね。