最後の登校日はホームルームと終業式があるだけで午前のうちに学校が終わった。短い春休みにも課題は出されていて、朝より重い鞄を持って俺は登校したのとは違う道を帰っていた。
隣には俺の手を掴んで離さない浮奇が拗ねた顔をして歩いてる。
「課題は早めに終わらせておこう。浮奇も一緒にやるだろう? おまえ一人じゃ真っ白のまま新学期が始まりそうだし」
「……ん」
「春休みはどこかに出かけるか? この間行きたいって言っていたカフェとか、あと浮奇が見つけてくれた綺麗な本屋にも行きたい。一緒に来てくれるか?」
「……うん、行く。……行くけど」
「……大丈夫だよ、きっと同じクラスになれる。春休みの間中そんな顔で過ごすなんてもったいない」
「でも、なれなかったら、……俺、ふーふーちゃんと同じクラスになれなかったら、……っ」
ぐすっと涙の気配を漂わせて鼻を啜り、浮奇は一層強く俺の手を握った。
もちろん俺だって浮奇と同じクラスになりたい。だけどこれは俺たちでどうにかできる問題ではない。どうなるか分からない未来を不安に思うより、今この時間を二人で楽しく過ごしたかった。
繋がれた手を宥めるように握り返してゆらゆらと揺らすと、浮奇は涙の色が濃くなった声音で小さく俺の名前を呼んだ。
「ふーふーちゃん……」
「うん」
「……違うクラスになっちゃっても、お昼ごはんは一緒に食べたい」
「……ん、約束だ」
「休み時間、いっぱい会いに行っちゃうかも」
「ああ、俺も会いに行くよ」
「っ、……一緒のクラスがいいよぉ……」
「ふ、もう……。ほら浮奇、まだ泣くな。こんなとこじゃ抱きしめてやれない」
「んんん〜……っ」
俺の腕に抱きついて涙で肩を濡らしてくる浮奇の愛しさに笑みが溢れ、俺は反対の手を伸ばして浮奇の頭をポンポンと撫でた。ただのクラス替えで一生のお別れのように悲しんでくれる恋人、可愛くないわけがない。
「よし、わかった。今日はもう好きなだけ泣いてくれ。俺はおまえのことをとびきりに甘やかすよ、浮奇。それで、明日からは二人で楽しい春休みにしよう?」
「んっ、うぅー……そうするぅ……」
「よしよし」
頭を撫でたついでに濡れた頬を拭い、指で優しく目元をなぞる。浮奇は顔を上げてうるうるとした瞳を俺に向けた。なあ、そんな可愛い顔、外でしないでくれよ。
「早く帰りたいから真っ直ぐ立って歩いてくれないか?」
「やだ。くっついてたい」
「……キスをしたいのは俺だけか?」
「……誰もいないよ」
「人がいるいない関係なく、外ではそういうことはしない」
「んん〜、ケチ」
唇を尖らせる浮奇の頬をふにっとつねり、期待する目で見てきたから「本当にしない」とハッキリ伝えた。睨まれたって可愛いだけだし、少しくらい怒らせておいた方が気が紛れるだろう。
「キスしたい」と言い続ける浮奇に俺は「しない」と言い続けて、浮奇の体温を感じながら足を動かし続ける。さっきより浮奇が歩くのも早くなった。
男子高校生なんて単純だ。好きな人と、キスをしたい。ただそれだけ。
「ふーふーちゃん、今日さ」
「ん? どこか出かけるか?」
「ううん。……今日、泊まってく?」
「……何も持ってきてない。泊まるなら一回家に帰る」
「んん……ずっと、一緒にいたい……」
「……俺の家に泊まりに来るか?」
「……でも、家族がいたらキスしてくれないでしょ?」
「俺の部屋の中なら、キスくらいは」
「……夜、寝るのは別々?」
「……一緒に寝て、浮奇が手を出して来ないとは思えない」
家族の気配があるところで、俺は浮奇に手を出さない。だけど浮奇に誘われたら断れるか自信がなかった。
「じゃあやっぱりうちがいい。あとでふーふーちゃんのお家一緒に行っていい? 一人で待ってるより一緒にいたいから」
「このままUターンして先に荷物を取ってこようか?」
「だめ。早くキスしたいから、うちに行くのが先」
「……了解」
今すぐキスをしたいのは浮奇だけじゃない。どうしてか今歩いている道に俺たち以外の人気はないし、一瞬なら……。頭の片隅でそう思ったけれど、やっぱり外では嫌だった。だから早く、浮奇の家に帰りたい。俺たちの他に誰もいない、誰にも見つからない場所で、浮奇のことを抱きしめてキスをしたい。
たとえ同じクラスになっても教室の中で触れ合えるわけでもないし、どうせ学校が終わってから二人で過ごすんだから、同じクラスにそこまで拘らなくてもいいだろうとも思う。それでも、座学の授業中に居眠りをしている浮奇を、やる気なく体育の授業を受ける浮奇を、全部見逃してしまうなんてもったいない。
好きな人と同じクラスになりたいなんて幼い希望を抱えて、俺たちはもうすぐ一つ上の学年へと進む。