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    「御伽話」 ラーヒュン ワンライ 2024.06.30.

    #ラーヒュン
    rahun

     休日、自宅に押しかけられたポップは一応は茶を出そうとしたのだが、急ぐから要らんと言われた。
    「貴様のモシャスは完璧に他人をコピーできるらしいが、どの程度だ」
     急ぎらしいラーハルトからそう詰め寄られたポップは淀みなく答えた。
    「隅々まできっちり同じ姿形になるぜ」
    「では、真似たい人物の様相が昔と変わっている場合はどうなる?」
    「おれがそいつに最後に会ったときの状態になる。本人がじいさんになっても、若い頃にしか会ってなきゃ若い姿になる」
    「体型も最後に会った状態に?」
    「ああ。本人が太ったとしても、それ以前にしか会ったことがなきゃ痩せてる状態だ」
    「おまえが知らない造形まで再現できるのか? 服に隠れている部分や、おまえが意識していない体格のことは?」
     ラーハルトが、いやに前のめりに細部を掘り下げてくるのでポップは腕組みした。
    「あのさあ、モシャスってのはさ、厳密に言うとおれの記憶で掛けてんじゃねーの。精霊の記憶で掛けてんの。だからおれが知らないホクロの位置とか、ちんこのデカさとかまで正確に、おれが契約してる精霊が最後に認知した通りになんの」
    「術を破られる可能性は?」
    「……いいか、精霊の好むものは『約束』、『契約』、そして『強い心』や『願い』だ。精霊が契約者のおれのこと大好きである以上、おれのお願いは超強力に履行されるってワケ。解きたきゃ大魔王クラスの魔力の波動で吹き飛ばすか、それかもっと強力な解呪……例えば、真の姿をうつす伝説の鏡とか持って来ねえ限りは、破れねえよ」
     ポップが力強く語尾を言い置くとラーハルトはやっと納得したようで、本題に入った。
    「ヒュンケルとは最近、会ったか?」
     やはり、化けたいのはそこか。
    「心配すんな……今日も会ったぜ」



     斯くして、ラーハルトはヒュンケルの姿で街を歩いていた。
     道を行きながら、いつもの自分とは違う白い左手を眼前に掲げて、にまにまと笑っていた。
     ついに彼の左手を手に入れたのだ。 
     ヒュンケルの指は、現役の戦士だった頃よりも華奢にはなったけれど、未だに凄い握力でもあるし、どれだけ太いやら細いやらがさっぱり分からなかった。
     いざ結婚を申し込んでも、差し出した指輪が上手く嵌まらなかったら無様すぎるではないか。それが最近の悩みだったのだ。
     しかし、もう迷うことは無い。このまま宝飾店に入ればヒュンケルにぴったりの指輪を買うことが出来る。
     薬指用を自ら求めるシチュエーションになってしまうのは気が引けたが、転ばぬ先の杖だ。致し方なかろう。
     カランコロン、とドアベルを鳴らして店内に踏み込んだ。
    「いらっしゃいませ」
     カウンター越しに接客をしていた店主らしき老紳士が顔を上げた。
    「おあ……?」
     ラーハルトが非常に間抜けな声を上げてしまった原因は、年老いた店主ではなく、店主の向かいにいる客だった。
    「……ぐふ」
     カウンターから振り返って目が合った途端に潰れたウシガエルみたいな声を漏らした客は、なんとラーハルトの姿をしていたのだ。
    「おまえか……」
    「おまえだよな……」
     いかに完璧なモシャスであろうとも化けられた本人には偽者と分かるのが道理。そして同じ店に居るがゆえに、変身の動機も同じだと容易に推測できた。
     とすれば、ラーハルトにサイズ指定のある貴金属を贈ってくるような相手はたった一人しか居ない。
    「お知り合いですか? どうぞこちらへ」
     気を利かせた店主がカウンターへと促すので、ヒュンケル姿のラーハルトは、ラーハルト姿のヒュンケルと気まずく並んだ。
    「お求めの品は?」
    「ええと、指輪を……」
    「ご自身でお使いのものですか?」
    「ああ……」
    「石のお色などはお決まりで?」
    「金剛石をと思っている……ええと、この指で」
     ヒュンケルの姿で薬指の根元をもじもじと弄ると、横でラーハルトの姿がそわそわと身じろいだ。
    「奇遇ですね」
     と店主は、二人の来店者へ笑いかけた。
    「奇遇?」
    「お二方とも同じ物をお求めのようで。武器を扱われる方は中指よりも薬指のほうが邪魔にならず着けやすいと、先程ご友人からお聞きしましたよ。金剛石は店頭にはお出ししておりませんので、品を見繕って参ります。お待ち下さいませ」
     店主が奥に引っ込んだと同時に、小声で顔を突きつけ合った。
    「この嘘吐きっ! 何指に着けても武器には邪魔だろうが……っ」
    「おまえこそ嘘吐き! 今日は公務で一日不在と言ってたくせに……!」
     そういえば、休日に恋人に会わない事への言い訳を要するかと、そのような方便を使っていた。
    「おまけにこんな不意打ちみたいな事を……」
    「それは……そっちだって不意打ちだろう……!?」
     潜めた声で吠え争っても結局、求めている物は指輪である。一生の思い出になる品である。虚しくなってきた。
    「……どうせこうなるならば、おまえの顔を見ながら買いたかったな」
     ラーハルトの顔をしたヒュンケルが悄気返るものだから、ラーハルトも意気消沈した。
    「そうだな……おまえの指に色々着けてやりながら選べたら……」
     もっと楽しかっただろう。
     残念なことをした。
    「モシャス……、気合いを入れたら解けんものかな」
     魔族の見た目のヒュンケルが、不用意に光の闘気を練り始めたのでラーハルトは慌ててその頭を小突いた。
    「やめろ。店が壊れるだけだ。大魔道士があれほど自信満々で掛けたモシャスだぞ」
     目をこらして真の姿を求めあっても、そこにあるのは相変わらず自分の顔だ。まるで鏡を覗き込んでいるような複雑な心境だった。
     ヒュンケルが不意に吹き出した。
    「いいさ。オレたちの事だ。どうせこの先も馬鹿ばかりやるのだろうよ、きっと末永く」
     違いない。今日という日は、新たに始まる人生の一幕に過ぎないのだ。
     はにかむ姿に、ふと、いつものヒュンケルがそこに居る気がして、
    「そうだな。こんな風に上手くゆかぬことも含め、これから、よろしくな」
     ラーハルトは自然と唇を寄せた。
     ああ、今、本当のおまえが見たい。
     口と口が触れた瞬間、ぼふんと煙が吹いた。煙が晴れると両者とも元の姿に戻っていた。
     互いに何度も瞬きをした。
    「ど、どうなっている?」
    「……そうか、解呪に成功したぞ」
    「──? どうやって?」
    「いまの口付けだ」
    「まさか、おとぎ話ではあるまいし、キスで魔法が解けるものか」
    「ヤツは、もっと強力な解呪でなら破れると言っていた。精霊は『契約』や『願い』を好むとも。その条件がたったいま揃ったのだ。一生に一度しか出来ぬミラクルだったな」
    「願いはともかく……契約とは?」
     と、コツコツ靴音を鳴らして、店主が戻ってきた。



     店主はおや、と少し見開いた。
     若人たちの雰囲気が変わった。立ち位置の左右が変わっただけではない、二人を包む空気がどことなく華やいでいる。
     店主はビロードを敷いた盆にいくつかの指輪を乗せていたが、耳の長い若者はそれを見ず、カウンターへ身を乗り出してきた。
    「気が変わったぞ。ペアのリングを誂えてくれ」
     ああ、と得心した。
     なんと彼等は自分が席を外したわずかな間に誓いを交わしていたのか。
    「ご婚約おめでとうございます」
     店主は、にこやかに祝辞を述べた。









    2024.06.30.

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