『
迷宮の奥に隠されていた秘宝は、惚れ薬だった。
古語での記述があった。飲み込んで最初に見た者に恋をする薬だと。
結局あの瓶の存在を誰にも言えなかった。
言えないとはつまり、使うことを考えているのだろうか。自分が恐い。
食卓を共にする度にラーハルトの食器を見てしまう。
あそこに一滴、二滴と思ってしまう。駄目だ。やってはならない。
どちらにせよ大勢が居るところは危険だ。
飲み込んだあとに誰を見てしまうか分からない。
二人きりの食事だったが、今日は控えた。
まだ無理だ。一回目では、まだ向こうにも警戒心があるはずだ。
もう何回目の食事だろう。試しに水を注いでやったら飲んだ。
ではいよいよ次回、あの瓶を。そうしたら彼が手に入る。
今宵オレはラーハルトに殺されるかも知れない。
いや殺されなければならない、本当は。
けれどおまえはその機会すら与えられぬまま、オレを愛してしまうだろう。
恋愛においてこれほどに酷い不正があるだろうか。
だがゆくぞ、彼の部屋へ。
』
『
古竜との死闘に勝利して与えられた秘宝は、惚れ薬だった。
息絶える前に告げられた。飲み込んで最初に見た者に恋をする薬だと。
調査報告書に、あの瓶のことを書けなかった。
オレは卑怯なことなど大嫌いな筈だろう。なのに何故これを隠し持っている?
今日は食堂で、二人分のコーヒーを入れて席に着いた。
ヒュンケルのやつ疑いもなく受けとりおった。まあ、入れてないが。
良い友。そうなのだろう。
オレは、そうでしかないことに、疲れつつあるが。
夕食の差し入れに来られた。二人分を持ってきて、オレの部屋で食われた。
オレの内心など知りようもないのだろうが、疲れた。理性が疲れる。
これがもう何度目の差し入れだろうか。疲れの限界だ。
あいつの口元ばかり見ている。今日だって入れるチャンスはあったのだ。次こそは。
瓶を懐に忍ばせて、差し入れを待つ。
もしもバレたら、軽蔑のまなざしがオレを灼くことになるだろう。
ヘマはしない。必ずおまえの心を盗む。
それと引き換えにオレは永遠に罪悪感で悶え苦しむのだ。
さあ来い、この部屋へ。
』
という運命の夜を終えて、全裸の二人はベッドの上で大揉めに揉めていた。
「だから! おまえがオレに惚れているのは、この薬のせいなのだ! オレの日記ちゃんと読んだか!?」
ヒュンケルは開いたページをパシパシと叩いて見せる。事が終わったらすべてを明かして断罪を願うためにと、持ち込んでいた自分の日記だ。
だが負けじとラーハルトも、自分の日記のページを指さした。
「おまえこそ! オレの日記の日付を見ろ! 少なくともおまえがこの部屋に通いはじめるずっと前から、この薬でおまえを落とそうとしてたのだ!」
すごく良い雰囲気でベッドインして、好きだ好きだと言い合って、ああこれが薬の効果なのかと切ないながらもありがたく堪能をして、あれやこれやとヤルことを全部ヤって、さあ一夜の思い出を得たからネタをばらしてきっちり責めてもらおう、と思ったら。
相手も惚れ薬を入れていた。というのが現状である。
おかげで己の恋心が薬のせいでは無いことを証明する羽目になってしまい、日記を見せつけ合っている。
「オレの日付だっておんなじだろうが! 薬の入手日は同じだ!」
「ぐぬ……っ、しかしオレのほうが前から好きだった!」
「ほう? その日記があるのか!?」
「死んでたから書けんわ!」
「オレは死んでなかったから書いてたぞ! ほら見ろ!」
「だとしてもオレのほうが惚れてる! オレは元々から恋煩いで病気になりそうなほどおまえの事が好きだった! だがおまえがそこまでオレに執心なのは薬のせいだ!」
「違う! オレは最初から死ぬ気で槍の特訓するくらいにおまえの事が好きだった! でもおまえの気持ちは薬のせいだろうが!」
別に、惚れ薬で記憶を失うわけでなし。
昨日までだってちゃんとこれくらい好きだったと、自分自身は覚えているのに。
だがしかし、それを証明するすべがどこにもない。
「あー! もどかしい!」
「同感だ!」
やはりズルなど、するものではない。
SKR