ヒュンケルとラーハルトは、新婚生活を山中の小屋で送ることにした。悠々自適で静かな生活だ。
しかし、年に三週間ほど、とても煩い時期があると気付いた。
ピョロッピー。ピョロッピー。
昼飯の支度をしていた二人は、内側から屋根を見上げた。
外の森からけたたましい鳥の声がする。
「今年もやってきたか……この季節が」
布巾を絞りつつヒュンケルが吐息すると、ラーハルトもうんざりと卵を溶く手を止めた。
「奴等も相手を探すために必死なのだろうが……これからしばらくはこちらも覚悟をせんとな」
この、繁殖期のオスたちのさえずり合戦は、謂わば求婚バトルである。より景気よく鳴けるオスがモテるという寸法である。
ピョロロッピーッ!
ひときわ発声の良い奴が参戦してきた。
狩りが上手く沢山の餌を食っているから健康で声もデカい、だから貴女が嫁ぐ先として最適ですと主張しているわけである。
もちろん対抗の鳥も負けまいと声を張り上げる。
ピョロッピー! ピョロッピー! ピョロロロッピィー!
ピョピョピョー! ピョロッ! ピョロッ! ピョロロロロー!
「やかましい……」
単なる甲高い音ならばまだ呑気なものだった。
しかし、二人共、耳がすこぶる良いので鳴き声から個体の識別が出来るのだ。ゆえに三週間に渡るバトルの戦況がどうしても気になってしまった。
ピョ、ロッピー!
ピョロロロロッピー!
「鳥Bは押されているな」
「ああ。鳥Cは後発ながらメキメキ実力を付けている」
ちなみに、鳥Aは先週に早くもお相手を見つけてイチ抜けたをしている。ゴールインおめでとうである。
鳥は、相手と結ばれるまで昼の間中ずっと鳴いている。
この周囲を縄張りにしているオスのピョロッピたちは六羽だった。孵化と巣立ちのタイミングから戦列に加わる時期はややズレているが、概ねはやってきた順に番を得ていく。
しかし鳴くのがヘタな奴はそうも行かなかった。
ピヨーロッピー。
「鳥Bは、もうダメかも知れないな……」
皿をぬぐいつつラーハルトが神妙に呟いた。
テーブルを拭くヒュンケルも心配そうだった。
「最初よりは上手くなったのに、相手は見つからなかったか」
鳴き通して三週間。恋の季節は終わろうとしている。フリーのメスはもう居ないかも知れない。
ピョロッ、ピー!
弱肉強食の野とは言え、一人きりで声を張り上げ続ける様は哀れだった。
「彼は努力したのにな……」
ヒュンケルは気の毒そうに目を伏せたが、ラーハルトはフンと偉そうにせせら笑った。
「しっかり鳴けんヤツはあぶれても仕方なかろう」
「だがオレは鳴きもせんのに結婚できたのだから……」
「おまえは鳴いてるだろ? 威勢良く」
うららかな真昼の山小屋、愛の巣で。
しばらく言葉の意味を咀嚼していたヒュンケルは、何秒後かに下ネタだと気付いてラーハルトの頭を思い切りはたいた。
2023.09.24. 16:50~17:40 SKR