早朝、二人が辿り着いた村は祭りのようだった。
しかし厳かな祭りだ。どの宅の玄関先も凝った竹の飾りでシャンと整えられているし、また人々の装いも見慣れぬ物ながらきちんと熨された一張羅であるのは瞭然だった。
そして粛々と挨拶をするのだ。
「明けましておめでとうございます」
そこここで聞かれるので定番のフレーズらしい。
夜通し歩いてきたヒュンケルとラーハルトはまず宿を訪ねたが、祝日ゆえ三日は働かぬと追い返された。致し方なく食料の調達へ行けども商店は軒並み休みで、どの扉も植物の茎を巻いたリースを掛けて閉ざされていた。
「この暦に働いてはならんのは村全体の掟のようだな。先を急ぐか」
「待てヒュンケル。あちらが騒がしい」
耳をそばだてるラーハルトについてゆくと、木製の神殿が建っており、その脇で人々が炊き出しのようなものを行っていた。蒸されている穀物の良い香りが空きっ腹に響いた。
粒の揃ったきれいな砂利を踏む音に、鍋をかき混ぜていた爺さんが二人に気付いて顔をあげ、随分と遠くにいる内から大声で話しかけてきた。
「おおっ、旅の人らかい? めずらしいねえ! あけましておめでとう!」
手招かれて近寄ると、ほい、と椀を寄越された。
赤茶色の豆が柔らかく煮潰された汁が入っていた。
「はいちょっと待ちなね」
更に爺さんは、火ばさみで炭火焼きの網から白い物体を持ち上げて汁に投入してきた。ジュウと香ばしさが立ち昇った。
「これは……配給なのか?」
「見慣れん料理だな……」
ラーハルトも椀を渡されて、二人して怪訝な顔で手の中を覗き込んでいたら、爺さんは歯のまばらな口でからからと朗笑した。
「そりゃあ一年の始まりに神社から振る舞われる紅白善哉、縁起物ですぞ。白いのは餅っつう目出度いやつでね! 神様からのお裾分けですわい」
二人が試しに椀を啜ってみると、汁の甘みは疲れた体に染み渡るように美味かった。味の評価は感じ入った吐息で察せられたのだろう。爺さんはポイポイとおまけの餅を放り込んでくれた。
箸と呼ばれる、スティック二本をトング状に使うカトラリーを手渡され、会釈して礼を告げた。人々が活動を再開するまで三日も待てないので、この後はすぐに村を出てまた荒野を征く羽目になるが、此処で一杯だけでも温かい物を得られたのは僥倖だった。
周囲には、思い思いの場所に腰掛けて善哉を食う人々が居た。
のどかなそれらから少し離れた石段に座り、神殿を眺めながら白い物体を食う。歯にくっつくような不思議な食感だが、空腹にはありがたい重さがあった。
「そうか、これがモチか……」
「知っているのかラーハルト」
「知識としてはな。初ごよみのモチは運気を上げるとされているが子孫繁栄の意味もあるという。見ろ、あの臼と杵の関係性が男女を表すのだそうだ」
指さされた先では、丸太をくり抜いた重厚な器に入った穀物を耕してゆくハンマーの上下運動が繰り返されていた。
「あれのどこが男女を表している」
「おい、嘘だろ。おまえ童貞か」
「関係ないだろ」
「あるぞ……」
並んで、もちゃもちゃと咀嚼する間、ヒュンケルは臼の凹みが杵でつかれて餅が出来てゆくのを観察していたが謎は解けなかった。
汁を啜ったラーハルトが、疲れたように鼻息を漏らした。
「つまりは一年間有効なラックの種みたいなものだろうから、精々食って運気をあげておけ。 おまえほどツイてない奴は見たことがないからな……」
呆れたようにぼやかれたが、お門違いも甚だしい。
「オレは世界一幸運な男だ」
「ほう? 旅に出るなり大雨が続き、道も崩れていて、やっと村に辿り着いても全店が閉店の日にぶち当たるような奴がか?」
状況こそ指摘の通りなのだが。
それらの出来事を共有できる連れが居れば、些細な不運など旅の思い出にしかならないのだ。だから。
「おまえと出会えた時点で、オレは最高に運がいい」
ラーハルトの箸から、餅がぽろりと汁に落ちた。
「……おい、嘘だろ。童貞のクセに口説き文句だけは一人前なのか」
「口説き? 何の話をしている?」
「……おい、嘘だろ」
箸を椀に置いたラーハルトは、額を押さえて項垂れてしまった。
思い悩む彼を案じはするが、気難しくプライドの高い武人ゆえ容易に人には頼るまい。
ならば少しでも助けになればと、ヒュンケルは覚えたばかりの箸さばきでスッと白い塊を差し出した。
「オレの運をひとつやるから頑張れ」
「要らんわっ!」
励ましたのに何故かめちゃくちゃ怒られた。
2023.10.08. 17:10~19:10 +α
SKR