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    ラーヒュン ワンライ 「狩り」 2023.10.25.

    #ラーヒュン
    rahun

     旅を始めたばかりの頃、ラーハルトは幼少期を語ってくれたことがあった。周囲は大人の魔物ばかりだったヒュンケルとは随分と違ったようだ。
    「鬼ごっこ? オレと? 笑止だな。たとえ迫害の始まる前だとて、その手の走力競べには二度と誘われなかったぞ」
     ハドラー侵攻前の村ではラーハルトにも遊び友達というものが存在したようだが、如何ともしがたいのが人間と魔族の身体能力差だ。やりづらい遊戯もあったという。
    「では一体、何をしていたんだ」
    「隠れん坊ならイイ線いく人間も居たな。風向きを考慮する賢い奴とかなら」
     言いながらラーハルトは自分の耳をトントンと指で示した。彼から逃れるならばその聴力と、嗅覚にも情報を与えぬよう風下を移動せねばならない。もはや児戯ではない。
     ヒュンケルはヤレヤレと明後日を向いた。
    「おまえとは遊びたくないな……」
    「ふん。遊びではないからな。やるか、やられるかだ」



     旅は、長く続ける内に世直し行脚の様相を呈していた。行く先々で名うての戦士達の評判を聞きつけた住民達から依頼を受けるのだ。
    「魔物?」
    「いえ分かりません。誰も姿を見てませんので。けど、ここしばらくは森に入って帰ってきた者が居ないんです。大規模な討伐隊も何回か来ましたが……」
    「全滅か」
    「戻って来ないから、そうなんでしょうね……」
     ヒュンケルとラーハルトは目配せして頷き合った。どうせ通る予定の森だ。退治くらい請け負っても構わない。
     その足で現地に赴いた。



    「妙な力場はないな」
     分け入った森の中でヒュンケルは精神を集中して周囲を探ったが、闇の力や淀んだ魂などは感知されなかった。
     木漏れ日のあまりの長閑さに、槍を携えるラーハルトの手もおざなりに下がりつつある。
    「モンスターの気配もない。空振りか?」
    「しかし悉く消息不明とあらば、原因がないのは不自然だ」
    「……ん」
     ラーハルトが短い声と共に、一時方向へ視線を留めた。ヒュンケルもそちらへ注目して歩を止める。
     しばらく無言で待っていると、意外にも現れたのは人間だった。ただしその眼は赤く充血し、口からは低いうめきを漏らしている。
     野犬のように牙を剥いて前置きもなく剣を振りかぶってきた相手を、ラーハルトは槍の腹の一撃で難なく昏倒させた。
    「なんだ? コイツは」
    「騒ぎの元凶にしては弱いな。普通の人間だ」
     意識のなくなった男の装備品を検めて、ヒュンケルはまとわれているその鎧が公的機関の支給品である事に気付いた。
    「……もしや先に入った討伐隊なのでは? ……ラーハルト?」
     返事がないのを訝しんだ矢先、殺気を感じて真横に飛んで転がった。
     いままで自分の首があった空間に振り下ろされた魔槍が地面に刺さっている。
     血走った目のラーハルトがゆらりとこちらを見下ろした。腕にザアッと鳥肌が立った。
     死ぬ。
     ヒュンケルは直ちに立ち上がり、踵を返して逃走した。
     メダパニ、いや、毒蛾の粉と予想される。その手の毒には、成長期の環境からヒュンケルの方が耐性がある。
     毒蛾が大量発生して死骸が積もる事例は少なく無い。討伐隊もこれにやられて同士討ちが起き、最も腕の立つ戦士だけが敵を求めて森を彷徨うことになっていたのだろう。そして次の討伐隊が訪れたらまた争い、最強の一人だけが生き残っていく構図だ。
     混乱の効果は何日続くのか。状況から推測するにかなりの持続性がある。自然回復の期待は薄い。
     だとしたら、この場で生き残れるのはラーハルト唯一人。
     風下へと駆け込んで樹木の陰に身を隠す。視界を塞ぐ植物には事欠かない森。
    ──隠れん坊ならイイ線いく人間も居たな。
     サワサワと葉擦れも鳴っている。物音はカムフラージュされている筈……。
    「……っ」
     刃状に飛んできた衝撃波が近くの木々を切り倒し、ヒュンケルの潜んでいる幹も余波を食らって裂けた。何処に居るかが分からないから当てずっぽうで薙ぎ倒しに来たのだろう。居場所がバレていたらアウトだった。
     いつも手合わせ程度ならしているが、本気のラーハルトと相対するなど初対面以来だ。そうだ、こんなにも恐ろしい奴だったのだ。勝負になっていない。一方的な狩りだ。狼に狙われた兎の気分だ。
     なんとか、この森を脱出しないと……。
     足下でパキッと乾いた小枝が折れた。しまった、拙いところを踏んだ。聞きつけたラーハルトがたちまち距離を詰めて躍りかかってくる。逃げなければ。だがしかし。
    ──鬼ごっこ? オレと?
     勝てるわけが無い。
     ラーハルトの狂気の刃が眼前に迫った刹那、ヒュンケルは悟った。
     もしもここで背を向けて、正気に返ったラーハルトが後ろから刺されたヒュンケルの死体を見れば、きっと彼は生涯を苦しむ。
     そうはさせない。
     ヒュンケルは渾身の気合いで踏み留まり、両腕を左右に開いた。オレは自らの意思でこうなる事を選んだのだから気に病んでくれるな、と。
     槍の一撃を待つヒュンケル構えに、弾かれたように目を見開いたラーハルトが急ブレーキを掛けて後ろへ飛びすさった。顎を引いて怯んでいるその表情は、やがて瞬きを繰り返して曇りを晴らしていく。
    「……う?」
    「もしや正気に、戻ったのか……?」
     ラーハルトは強く目を閉じ、しきりに頭を振ってから、ふうと息を吐いた。
    「ああ……。一瞬すくみあがらせてくれたお陰で、闘争心が失せて我に返った」
    「オレが何をしたというのだ」
     戦士ラーハルトをすくみあがらせるような攻撃など仕掛けた覚えはないが。
     ヒュンケルが首を傾げていると、ラーハルトは口を尖らせた。
    「おまえが無防備に両腕を広げている所に突っ込んで死んだことがあるのでな。あんな覚悟の目をしてたらなおさら怖いわ……」
     かつてのヒュンケルが食らわせた捨て身のグランドクルス戦法は、彼にとって結構なトラウマになっているようだ。
     ぶつくさとうそぶきながら村へと引き返していくラーハルトの背が少し可愛く見えて、ヒュンケルはクスリと笑んだ。
    「おい、なにしてる。行くぞ。アイテムなり魔法なりで混乱の対策をせねば」
    「そうだな。そうしよう」
     ヒュンケルは彼を追った。
     どうやらラーハルトは今なおヒュンケルを狼だと思っているらしい。そう信じてくれているならば、ありがたく同じ道を歩かせてもらおう。
     あのまま狩られたとて悔いはなかったけれど。











    2023.10.25. 17:15~19:05 +15分 =通算125分  SKR










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