黒石くんハピバ!【パターン①】
勇人の誕生日。六月九日。今年のその日は、KUROFUNEとDearDreamの合同ライブツアーの地方公演初日だった。
前日入りするホテルは三人部屋が1つ、二人部屋が2つ用意されていた。沢村が事前に部屋割りを決めてくれて、三人部屋が俺、勇人、佐々木。二人部屋の1つに慎と片桐、もう1つが沢村と天宮という、何基準か分からない組み合わせだった。佐々木が「何基準?」と問うと、「ゆーくんは、お誕生日だから広いお部屋がいいなぁ~って思って! あとはボクの気分!」だそうだ。
「黒石さん、せっかく初日がお誕生日なんですからホテルでも何かやりたいですよね」
「とりあえず動画は撮らなきゃだよね。MC中に使うやつ」
誕生日当日のメンバーがいるのだからと、MCでお祝いパートを用意している。勇人は「リアクションしづれーから、何すっかは黙ってろ」と詳細を聞こうとはしなかった。
その後当日ホテルで撮影した動画をバックに、ケーキを振る舞って客席を巻き込んでハッピーバースデーの歌を歌う予定だ。
「動画はいつ撮るのがいいだろうか。日付が変わった瞬間にサプライズでお祝いをして…というのが理想だが」
「無理だろうな。勇人、寝てるだろうから」
「寝てるゆーくんに、サプライズする?」
「寝てるとこ起こすの? さすがに悪くない?」
「ライブ前日だし、それはどうかな…」
「起こさなければいいんじゃないか?」
「え?」
ホテルの三人部屋に七人が集まって、翌日のライブについて打ち合わせをした。もっとも、それはあまり重要な内容ではない。〇時になった瞬間。案の定一人で早々にベッドにもぐりこんだ勇人の枕元に集まる。沢村が自撮り棒を構えて動画を撮り始める。
「せーのっ」
佐々木の掛け声で、俺達は小さな声で勇人の誕生を祝う。
「ハッピーバースデー」
勇人、黒石くん、黒石さん、ゆーくん。バラバラの呼び方が続く。俺達はそのバラバラ具合に笑っていると勇人が動いた。
「もう一回」
勇人の声に、俺達は顔を見合わせる。アンコールに答えて佐々木がもう一度「せーのっ」と言う。
「ハッピーバースデー」
バラバラの呼び名の後、勇人は答えた。
「もう一回が海の底にある」
今度は「は?」やら「え?」やらが続く。
「寝言だな。勇人はやたらハッキリした寝言を言うんだ」
「えぇ…今の、寝言っすか? めちゃくちゃ鮮明だったのに…」
「花が」
「あ、まだ続いてる!」
「あります」
「…花があります?」
「うーん、誕生日を迎えたゆーくん、絶好調!だねだね!」
これをステージで流される勇人は、照れるのだろうか、何でもない顔をするのだろうか。たぶん後者だろうな、と想像する。
ステージでこの動画を始めて見た勇人は、案の定何でもない顔をしていたが「やべーな」と発言し、たくさんの笑いに包まれていた。
その後客席含めたハッピーバースデーの歌を浴びた勇人は、満足そうに笑いこぶしを突き上げた。
【パターン②】
勇人の誕生日。六月九日。今年のその日は、KUROFUNEとDearDreamの合同ライブツアーの地方公演初日だった。
MC前のラストの曲が終わって少しの暗転の後、勇人がポップアップから登場すると客席は歓声と笑い声で包まれた。DFジャケットで「本日の主役」タスキを身に付けた真顔の勇人は、マイクを構えて叫んだ。
「俺、誕生!」
もう一度暗転し、ステージのスクリーンに映像が流れ始める。
自撮り棒を構えた沢村の後ろに、画角に収まるために俺達がぎゅうぎゅうに詰まっている。その後ろ、画面の上半分はベッドが写っていて勇人の後頭部が見える。
『せーの』
佐々木の掛け声の後、6人の息の合った『ハッピーバースデー』の後、今度はバラバラと『勇人くん』『黒石さん』『ゆーくん』『黒石くん』『勇人』と続くと、客席は笑い声に包まれた。
天宮が笑った後、打ち合わせ通りに『今は、6月9日の0時を回ったところでーす』と続ける。
『黒石さんは、今日のライブに向けてすでに就寝している』
『さすがに起こすわけにいかないから、小声でお祝いな』
『残念だねだねっ』
『起きたら改めてお祝いしますので…』
『もう1回』
勇人の声がして、映像の中の俺達が全員『え?』という顔をする。客席からは歓声が上がっている。
『せーの?』
佐々木が頭に『?』を浮かべたまま促すと、俺達はさっきと比べてバラバラの『ハッピーバースデー』を繰り返し、また同じようにバラバラの『勇人くん』『黒石さん』『ゆーくん』『黒石くん』『勇人』が続く。客席はまた笑いに包まれる。
『もう一回が海の底にある』
勇人の言葉に、映像の中の俺達はさらに困惑した表情を浮かべる。
『なんて?』
佐々木に促されて、俺が勇人の顔を覗き込む。
『寝ているね』
『えっ、今の寝言?!』
天宮がやや大きな声を出して、慎に窘められた。
『勇人は鮮明な寝言を言うことがあるんだ』
『こんなに鮮明な寝言ってあるんですね…』
『花が』
勇人がまた何か言い出す。
『あります』
『花があります?』
『あるそうです…』
『う~ん、誕生日のゆーくん、絶好調!だねだね!』
『えーっと、起きたら改めてお祝いしまーす』
映像の中の俺達が手を振る。そして、ステージに光が戻る。俺は袖からステージに向かう。
「さて、サプライズを楽しんでくれているかな、勇人」
小さな花束を持った俺を見る勇人は、眉をひそめている。反応に困っているのだろう。
「勇人、誕生日おめでとう」
そう言って花束を差し出すと、勇人は微妙な顔をして受け取った。
「花があります」
「そうだね」
客席からは笑い声や拍手、お祝いの言葉が聞こえてくる。着替えの終わったDearDreamがステージにやって来る。
「勇人くん、誕生日おめでとー!」
その後客席含めたハッピーバースデーの歌を浴びた勇人は、満足そうに笑いこぶしを突き上げた。