あの頃獣だったアイドルへ最初の曲は聞いたことがあった。KUROFUNEのデビュー曲だ。黒石勇人がアイドルとして、初めて作った曲。
知らないな、と思う。アイドルの曲だ。でも嫌いじゃない。
初めてアイドルとしての黒石勇人を見て、誰だろう、と思った。あの頃の黒石勇人は、決して目が合わなかった。ここではない、ここにいない誰かに向かって魂を削りながら歌っていた。ここではないどこかに向かって、叫んでいた。その場所を求めていた。
そう、何となく思っていた。
黒石勇人がここで歌っている。ここで、ここにいる誰かに、ここにいる全員に向かって、歌っている。誰だ、そこにいるのは、誰だ? それは、黒石勇人か?
次の曲でも、黒石勇人はここで歌っている。コールの入る曲があって、アイドル曲であることを突きつけられる。
ソロ曲が入った。
黒石勇人が、1人では歌えなくなっていた。歌詞からそれを感じて、頭を思いきり殴られた気がした。でも、でも。
黒石勇人は、あの頃の黒石勇人ではない。
シナリオが始まった。
相方のことはよく知らない、即位って何だろう。でも、似合っているなと思った。シナリオという曲を抱えられる、もしかしたら同じ飢えを知っているのかもしれない。間の曲も、ふたりの関係性を歌っているような雰囲気のものがあった。
あぁ、答えが見つかったのかもしれない。と思った。彼が答えなのかもしれないし、違うのかもしれない。でも、この人と出会って、何かしら変わったんだろう。あの頃ここではないどこかに、誰かに歌っていた。真意は分からない。どこかで語っているのかもしれないし、今は語っていなくていつか語るのかもしれない。でも今、己の感じたことを信じるのなら。
シナリオをKUROFUNEが歌う意味は。
最後の曲は、手を差し伸べる曲だった。共に行こうと、呼びかけられる歌。あぁ、変わったんだな。アイドルになってから、黒石勇人は変わり続けているんだ。
最初の曲では彼らが聞き手をひっぱりあげる曲だった。ソロ曲では、黒石勇人が歌うことに意味を欲していた。ひとりだけでは歌えないのだと訴えていた。
この期間の中で、変わったんだ。
アイドルって何だろう。黒石勇人にとってアイドルとは、何だったのだろう。
涙があふれて、それから、自然と笑ってしまった。
あの頃黒石勇人は黒石勇人で、今ここにいる黒石勇人も黒石勇人。それだけの話だ。考え方が変わって、欲していたものを多分手に入れて、歌う理由も変化して、それでも何かを求めて進み続ける。
一緒に進み続けようと、呼びかけられた。悪くない。悪くないと思った。
「どうだった?」
客席が明るくなってから、隣の友人に問われた。友人から借りたドリカ型ペンライトを返しながら、「とりあえず、物販でペンラとドリカ買ってくる」と返事をした。
ソロ活動をしていなければ、私は黒石勇人に出会わなかった。
黒石勇人がアイドルになっていなければ、私は黒石勇人と歩き出すことなどなかった。
ソロの頃、たった一人で真っ直ぐに歌う彼は美しかった。でも、そんなの、寂しすぎる。埋まった彼の魂を見た後では、ソロのままでいてほしかった、だなんて言えない。
黒石勇人のファンであることを、私はやめられない。黒石勇人が、黒石勇人だと思えるのだから。
おわり。
■設定メモとか
【黒石ソロ時代】
友人Aが主人公をライブハウスに連れて行く。
シナリオを聞いて、黒石に興味を持つ主人公。
【黒石がアイドルになってから】
友人Aから、アイドルになったことを知らされる主人公。
アイドルになったのならもうあの頃の黒石ではないと、追いかけるのをやめる。
友人Aは応援を続ける。
ある日、ふとKUROFUNEがシナリオを歌うことを知る。
憤る主人公。ソロ時代に作った、黒石勇人の曲を、なぜKUROFUNEというアイドルが歌わなければいけないのか。
今でも曲は作れるし、他に歌える曲はいくらでもあるのに。
ソロ時代を、なかったことにしたいのか。
ソロ時代に作ったものを全て上書きして、何もかも、これからのものにしたいのか。
友人Aにライブに誘われる。シナリオ、きっと歌うからと。
抵抗するが、聞いてから否定しろと言われる。
仕方なく行くことにする。
ライブでアイドル黒石勇人を見て、KUROFUNEがシナリオを歌う意味は『過去も今も未来も関係なく、皆で歩き出そう。過去しか知らない人にも来てほしいし、今しか知らない人に過去も感じてほしい』なのかな、と考えた。
変わったことも変わらないこともあることを受け入れて、アイドル黒石勇人のファンになることを決める。
【作中のライブのセトリ】
ARRIVAL
F2F
WNW
風間ソロ
黒石ソロ
FV
シナリオ
OTSS