その中身は ジェリービーンズのようなタイルや七色のペンキを使ったグラフィックアートの壁に囲われて、マーヴは店内を見回した。
「ねえ、ここのスイーツ美味しいらしいよ」
マーヴはこの店の可愛らしい内装を物珍しそうに観察しつつ、俺の言葉に微笑んだ。
「こういうのって、大人になってもときめくものだよね……マーヴもわかるでしょ?」
写真が載ったメニューには、この店の内装とよく似たポップな色合いのスイーツが並んでいる。子どもの頃憧れたキャンディーショップみたいで、どんな味がするのか想像するだけで目の前の写真がきらきらと輝き出す。
「そうだね、可愛らしいものは目を惹くからね」マーヴは上機嫌な俺を見て笑った。「それに、目を惹くものは試したくなる。そうだろ、ブラッドリー?」
その通り。どんなものか一度味わってみないと、見た目が良いだけのものならたくさんある。
「まあ、これは俺の持論だけどさ」
「持論?」
「そう。俺が思うのは、カラフルなものには夢が詰まってるってこと」
テーブルに頬杖をつきマーヴにメニューを向けると、マーヴはじっと写真に視線を注いだ。
「夢? 例えば?」
「例えば、アイスクリームは色によって味が違うでしょ? 食べ進めるとチョコレートチップや砕いたクッキーが入ってたりとか。ほら見て」
マーヴが熟読するメニューを指差し、アイスクリームの豊富なバリエーションを示した。チョコレート、抹茶、キャラメル、マンゴー、空の色をしたコットンキャンディー。
「これが夢じゃなかったら何?」
「夢じゃなければアイスクリームだろ」
ふん、とマーヴが小さく笑った。
「じゃあ七色のホールケーキは? 単色のクリームで覆われていても、切ると段ごとに色が違うスポンジ生地とフルーツが重なってるの。これは夢でしょ?」
「まあ……そうなのかな」
「あ、俺の持論を疑ってる?」
「めっそうもない。君が楽しそうで何よりだと思ってるよ」
こう言う時のマーヴは、さして俺の話に興味がないということだ。一緒に店に来てるんだから、せめて疑ったり話に乗ったりしてほしいんだけど。話はそうやって広がっていくものでしょ?
「マーヴ……気づいてないんだね」
俺が声の調子を変えると、マーヴはいつもより眉を高く上げて不思議そうな表情を浮かべた。
「この持論はね、マーヴにも当てはまるんだよ」
「……へ?」
マーヴの名前を出したことが、マーヴにとっては一番理解し難いみたいだった。
「そもそも僕はお菓子みたいに可愛い色合いじゃないよ? むしろ色が少ないくらいだ」
言いながらマーヴは自分の全身を見下ろした。
「何言ってんの、マーヴにも色がたくさんあるよ」
「……例えば?」
マーヴがさっきみたいに尋ねたので、俺はマーヴの頭に視線を移した。
「まずはマーヴのブルネットの髪。伸びるとふわふわで、セットすると色っぽくて、いつも良い香りがする」
言い終わってマーヴと目を合わせると、マーヴはぎこちなく自分の髪を梳かした。
「それから爪。マーヴの手はいつも温かいから、血色が良いピンク色だよね。指もすらっとしてて綺麗」
予想通り、マーヴはテーブルの上でもぞもぞと手を組んだ。
「頬もすぐ色づくよね、俺が口説いたら。自分でも気づいてたかもしれないけど」
俺が言った通り、マーヴの頬はさっと赤く色づいた。その頬を撫でると、マーヴは息を漏らして困ったように微笑んだ。その下に隠そうとする照れくささまでもが薔薇色の頬に透けている。
「あと唇もね。まあ、若い子みたいに綺麗な色とは言えないけど、可愛い色だと思うよ。たくさん話してたくさんキスしたくなる色だよね」
俺がそう言い終わると同時に、マーヴは一瞬舌を覗かせて唇を舐めた。
「あ、その舌の色も良い感じ」
指摘すると、さっきまで垂れていた眉が元の位置に戻り、さらに中心に寄せられた。口は固く引き結ばれたが、俺は気にしない。
「それから日焼けした肌。俺なんて刺激ですぐ赤くなっちゃうけど、マーヴは良い色に焼けて羨ましい。その色、俺はいつも太陽に愛された色だと思ってるよ。あとその下に透ける青い血管もすごくセクシーだし」
抗議するように組まれたマーヴの腕にも、血管が浮き上がっている。悪いけど、長袖を着ない限り俺はいつまでも見ちゃうよ。
「ブラッドリー」
そこでようやくマーヴが口を開いた。頬を赤く染めたまま、それでも口の減らない小さな子を咎めるように俺を見つめる。
「ふふ、ごめん。最後にあと一つだけ言わせて。俺が大好きなのはその目の色。毎日違う色を見つけられるから。緑とか黄色とか……名前がついてるかどうかわからない色とか」
別に説明を放棄したわけではなかったが、マーヴは拍子抜けした後笑い出した。
「マーヴの虹彩と同じ景色が地球上にありそうな気がして、探しに行きたくなるんだ。もちろんマーヴも連れて」
気取った態度で片目を閉じると、マーヴは呆れているのか照れているのか判別がつかない微笑みで小さく首を横に振った。やれやれこの子は、なんて心の声が聞こえてくる。
「ほら、マーヴにもたくさん色があるでしょ?」
「本当にそれが僕の色だとするなら、僕には夢が詰まっていないといけないぞ」
肝心のその夢はどこに詰まっているのか。マーヴはわざとらしい疑いの目を俺に向けた。
「夢ならここに詰まってるよ」
答えならちゃんと持っている。俺はマーヴの胸を指差した。
「誰にでも親切で、俺には特別甘くて、俺のことを一番に愛そうと努力してくれる。いつか尽き果てるんじゃないかと思うくらいの愛情を持ってね。それがマーヴの心に詰まった夢」
うん、やっぱり俺の持論には正当性がある。
「……たしかに、君の言うことには一理あるね」
マーヴは一度大きく息を吐いた。
「でしょ?」
「だけど一つ訂正するなら、僕の君への想いは尽きることはないってことだ」
「ほんと?」
それはよかった。そう答える一瞬前に、マーヴは視線に力を込め、メニューに人さし指をトンと突き立てた。
「ただし、時間は誰にとっても有限で、いつかは尽きる。つまり、僕のことを褒めちぎっていた間にオーダーは決まったんだろうね? 君は持論の展開にかなり時間を割いていたよ」
「え? 俺まだ注文してなかったっけ?」
「……わかった、僕が選んであげるよ」
それからマーヴは俺には何も相談せず、二人分のオーダーを決めた。
店員を呼ぶ唇も、メニューを指す手も、空調に揺らされる髪も、俺と目が合うたび高く上がる頬も、細められた奥で輝く虹彩も、俺はマーヴのすべての色がたまらなく好きだ。その中に確かに存在する、俺のためだけの愛情も。
カラフルなものには夢が詰まっている。俺の人生に渡る持論だ。例えばマーヴ。むしろ他の例なんていらない。この景色、この感情こそが、確固たる根拠だ。