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    カリフラワー

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    カリフラワー

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    あぶ空2023/04/14-15 展示作品
    ルスマヴェ 短編集『Past Ties, Present Love』
    書けたところまでの展示ですが、一日ごとの話を集めたものなので、中途半端にはなってないと思います。イベ後もちょくちょく更新出来ればいいな…

    #roosmav
    #ルスマヴェ
    rousmavet

    Past Ties, Present Love──マーヴとの生活は、言ってしまえばとりとめのないものだ。愛する人と生活しているからといって、毎日重大なことが起こるわけではない。ただ、何も起きない日にもマーヴはここにいて、何も始まらず何も終わらない日々にマーヴという唯一の奇跡が光るのだ。

    ──ブラッドリーとの生活は、シンプルだけれどかけがけのないものだ。彼は僕が目覚める前から隣にいて、眠りに落ちてもそこにいる。名前を呼べば振り返り、手を伸ばせば触れられる。大したことは起きないが、ブラッドリーがそばにいることより大切なことはないのだから、それも当然か。


    20××年 ○月△日+曜日

    外は気持ちの良い陽気。庭に出て伸びをすると、じんわりと身体の緊張が解れていく。
    ブラッドリーは外出中。すぐ近くのどこかのお店に用事があるだとか言っていたが、詳しくは教えてくれなかった。すぐ帰るから、と機嫌良く出て行ったが、何も聞かされていないこちらの機嫌は正直言って良くはない。頭の中では色々な疑問が渦巻く。どこへ行った?用事って何?すぐってどのくらいすぐ?ひっきりなしに湧き上がる疑問に、自分が一番辟易している。うるさいぞマーヴェリック、ブラッドリーにも一人の時間は必要だろう?
    己の落ち着かなさに溜息を吐き家の中に入ると、ポケットの中でスマホが震えた。見るとブラッドリーからのテキストメッセージ。
    『散歩中のわんこに目が合った途端タックルされた』
    すぐに2件目のメッセージが送られてきた。それは飼い主が撮影したであろう、ブラッドリーとブラッドリーにじゃれつく大型犬の写真だった。ボーダーコリーかな。写真の中でブラッドリーは尻もちをついた体勢で、わんちゃんに全身で乗っかられている。ブラッドリーは大きな動物に好かれやすい。彼に飛びかかるボーダーコリーも、溢れんばかりの興奮で自分の大きな体のことなど忘れていそうで、思わず笑ってしまう。ブラッドリーの大きくて丈夫な体躯に仲間意識を抱くのだろうか。
    『可愛いわんこだね』
    そう一言返信した途端、彼がメッセージを読んだサインがついた。そしてアプリを閉じる間もなく再び彼からのメッセージを受信し、その速さに驚きで小さく跳び上がってしまった。彼の返信はごく短く、たった一言。
    『俺は?』
    俺は可愛くないの?とでも言いたげな一文。音声も映像もないその一言から、彼の声のトーン、話し方、表情、ぐっとこちらに顔を近づける仕草など、すべてをはっきりと映像化できる。なかなか自信のある子だな。"君も可愛いよ"以外の答えなど求めていないのは一目瞭然だ。だけどブラッドリー、素直に答えてやれるほど今日の僕は甘くないぞ。
    圧さえ感じるクエスチョンマークをそのまま放置しアプリを閉じた。写真の中で困ったように笑うブラッドリーは、その場で抱いた疑問を真っ直ぐにぶつけられる子だ。まさか自分が期待した以外の答えが返ってくるとは想像もしていない。その素直さが羨ましい。
    「まったくあの子は、どこをほっつき歩いているんだ?」
    直接投げられることのない疑問を口にして、彼の帰りを待つことにした。帰宅した彼は開口一番、なんて言うだろう。"無視しないでよ"?"俺も可愛いよね"?
    君が何も教えてくれなかったんだから、僕だって答えてやらないよ。


    ×月○日△曜日

    家の近所には動物が多い。犬や猫はもちろん、鳥やうさぎなど、様々な動物がかわいがられている。散歩する犬にアイコンタクトをしたり、ハーネスをつけた猫が人間とピクニックする姿を目撃したり、外に出れば誰かしらに会える。今日も変わらず散歩好きなゴールデンレトリバーに出会い、撫でさせてもらっていた。
    外での用事を済ませ家路を歩いていると、数メートル先に何かが見えた。あれは猫だ。黒猫がいる。この辺りでは見かけない毛色の猫には興奮するが、驚かせてはいけない。平静を装い、目を逸らしながらそうっと近づく。ようやく姿を見るため視線を戻すと、なんとその黒猫はただのビニール袋だった。
    「嘘だろ…」
    目も耳もない無機物を相手に、他人から見ればいたたまれないほどの羞恥心と落胆を抱き、気づけばその場にしゃがみ込んでいた。
    どれくらいの時間が経ったのかは傷心の自分にはわからない。周囲に人がいないことを確認し、袋を掴みよろよろと立ち上がった。いやぁ、恥ずかしい恥ずかしい。さっさと帰ろう。
    近くの公園で袋を捨て再び家路を歩き始めたものの、いまだに恥ずかしさで熱くなった顔は冷めやらない。結局家まで待てずマーヴにメッセージを送った。猫に見えるように撮ったビニール袋の写真を添え、自ら間抜けな行動を報告した。
    『黒猫だと思ったらビニール袋だった』
    すぐに返信がきた。落ち着く暇もない。
    『ちゃんと袋は拾って捨てた?』
    着眼点はそっちか。もちろん、と返すと、さっきより間を置いて返信が送られた。何か考えながら文字を打っていたような挙動だった。

    『さすがブラッド、いい子だ』
    そこでこちらからの返信をやめ、足早に帰宅した。
    帰宅後一番、言いたいことはただ一つ。

    「いい子だって思ってるなら、直接言って?」


    ○月△日×曜日

    外は曇り。あまりパッとしない天気だが、マーヴは外へ用事に出かけた。雲は重く、湿気を帯びた空気が肩にのしかかる。それでも家を出るマーヴの表情は晴れやかで、玄関先で手を振る俺の頬も彼の唇によって温かく色づいていた。
    乾燥機が仕事を終えるのを待つ。その間にもお掃除ロボットが縦横無尽にダイニングを掃いて回っていて、俺はといえばそれを眺めて冷めたコーヒーを飲んでいる。家事の前にコーヒーは注ぐべきじゃないな、なんて考えながら。
    「飲む時にポットから注がないと冷めるだろって、何度もマーヴに言われてるのに」
    太陽の光をも通さないほどの厚い雲のおかげか、スマホの画面が光った時はすぐに気がついた。それはマーヴからのメッセージだった。
    『君は外で色んな動物に会えているのに、僕は全然だよ…』
    俺は文面だけでマーヴの表情を読み取れる。今マーヴはしょんぼりしているはずだ。彼は気を抜くと感情が顔に現れて隠せない。ほんの少し垂れた眉の下には意志の強さが消えた悲しげな目があって、口角は無意識に下がっている。答え合わせをさせてくれたら、この予想が当たっていることを証明できる。しかし今はマーヴが寂しそうだ、自分の予想を当てて満足している場合ではない。
    「…なんて返そうかな……」
    元気づけたいが、上手い言葉が見つからない。マーヴとて何か気の利いた答えを求めているわけではないのだろうが、俺は気の利いたことをしたい人間なのだ。彼がしょんぼりしているのは本当のことだし。
    さりげなく、それでいてマーヴの心の霞が取れるような返信を考えていると、再びマーヴからのメッセージを受信した。見るとメッセージと共に写真が添えられている。
    『この前君にタックルしたのってこの子!?』
    写真に写るのは、先日の俺と同じように犬の勢いに負けて尻もちをついたマーヴ。そして見覚えのあるボーダーコリーが彼の顔を舐めている。写真のマーヴは寂しさではなく嬉しさで眉を下げ、口角は上がり歯を見せて笑っている。そして片手で倒れた体を支えながら、もう一方の手は犬に添えられている。並んで写真を撮ってもらおうとしたら揉みくちゃにされたのだろう。
    『そう、その子だよ。マーヴに会えて嬉しそう』
    喜びに溢れるマーヴの姿に内心穏やかではなかったが、ここは余裕ある大人として冷静に答えた。ボーダーコリーを可愛いと思う気持ちも嘘ではないけれど、限界まで拡大した写真の中心にいるのはマーヴだ。
    脱力して開かれた両脚、見逃しそうなほど細くめくれたTシャツ、その中に微かに見える肌の色と、反射的に閉じられた片目。その完璧さは、マーヴでしか成立し得ない。
    「マーヴ…もう少し手加減してくれない?」
    独り言を呟き、ダイニングでスマホ画面を見つめながらコーヒーを注ぎ足した。乾燥機に呼び出されたことにも気づかぬまま。


    ×月△日○曜日

    午前中を丸々費やした用事を終えて外を歩いていると、雨が降ってきた。そういえば先ほどから空には重苦しい雲が立ち込めていた。ブラッドリーには傘を持って行くよう言われていたが、どうせ小雨だと見くびり傘は置いて出てしまった。家までまだ距離があるにも関わらず雨は本降りに変わった。これは無理して帰らず雨宿りした方がよさそうだ。
    様々な店が立ち並ぶ前を小走りしていると、同じく傘を持たない数人が1軒の店に吸い込まれていた。つられて入るとそこは雰囲気の良いカフェだった。先に入ったグループを含め、雨宿りに来た客は皆快く席に案内された。
    「ご注文は?」
    一人の店員が僕を窓際の席に案内し、にこやかに尋ねた。
    「あー…コーヒーを一杯ください」
    「すぐお持ちしますね。よかったらあそこの本や雑誌は自由に読んでください、雨が止むまでの時間潰しにでも」
    「お気遣いありがとう、後で読んでみるよ」
    店の名前も確認せず駆け込んだが、店内は居心地が良く長居する客が多いようだった。さてどんな本があるのだろうかと席を立つ前に、目の前にコーヒーが置かれた。どうやら帰るのは少し遅くなりそうだと、コーヒーの写真を添えてブラッドリーに連絡した。するとすぐに彼は僕のメッセージを読んだみたいだったが、いくら待てど返信はなかった。だから傘を持って行けと言ったのに、と呆れて言葉も出ないのだろうか。僕だってそれくらいのことは許してほしいけれど…。
    雨音に包まれながら小さくあくびをすると、ガラスがコンコンと小突かれる音がした。音のした方を見ると、ロングスリーブのTシャツにアロハシャツを重ねた口髭の男が傘をさして立っている。
    「ブラッドリー!?」
    客の視線が一斉に自分に向けられるのを感じながら、僕は店内に入ってくるブラッドリーを凝視していた。彼は傘を店頭に置き、悠々とした足取りでこちらに歩み寄った。
    「マーヴ、調子はどう?」
    「調子はどうって…どうしてここに…」
    「どうしてって、マーヴとお茶するためだよ?」
    ブラッドリーはさも当然とばかりに、はっきりとした声で答えた。
    「カフェの名前教えてくれたじゃん?今日はここでデートするのかなって」
    しばらく帰れないという言葉を誘いだと解釈したのか、それとも僕の心を読んだのか。ああもう、まったくこの子は本当に…。
    「じゃあ今日はここでデートしようか」
    ブラッドリーは満足気に頷き、カフェオレを注文した。
    どれだけ時間が経っただろう。2人ともドリンクをおかわりし、サービスのパウンドケーキを平らげた。お互いに本や雑誌を選び合いじっと無言で読み耽ったり、雑誌の未記入のクロスワードを2人がかりで考えたり、手を止めぼうっと窓に打ちつける雨を眺めたり、色々とやることはあった。
    「もう夕方だけど、どうするブラッドリー」
    「ん、もうこんな時間かぁ、そろそろ帰ろっか」
    ブラッドリーが立ち上がる時、彼の休日仕様の髪がふわりと揺れた。彼は僕がコーヒーを飲み干したことを確認すると、ポケットを探り代金をテーブルに置いた。ごちそうさまと店内を振り返る彼と僕の姿が双子のように揃ったので、店員はみんな笑っていた。
    傘を取り店を出たブラッドリーは空を見上げている。
    「あれ、雨止んでる?」
    「止んでるね」
    振り返った彼は片腕を広げて僕が寄り添うのを待っていた。彼の懐に入り込むと、たくましい腕が僕の身体を囲いギュッと引きつけた。
    「傘いらなかったね」
    そう言って笑うブラッドリーの手には、傘は1本だけ。
    「1本しか持って来てないじゃないか」
    「うん、だって相合傘で密着したかったし」
    彼は正直に答えた。
    傘なんてなくても、僕たちはいつでもぴったりと寄り添えるのに。こちらに寄せた傘の外で君の肩が濡れるのは、僕の本意じゃないんだよ。


    △月○日×曜日

    散歩日和。ブラッドリーは隣で僕の歩幅に合わせのんびり歩きながら鼻歌を歌っている。時折気になるものを見つけると鼻歌が途切れ、しばらくすると途切れた部分からまた曲が始まる。空は高く風は優しく、ブラッドリーはご機嫌だ。
    「マーヴ、あっちの方からピアノが聴こえる」
    「ええ?全然聴こえない…」
    「よぉ〜く聴いて」
    「…たしかに微かには聴こえるけど、こんなのよく聴こえたね」
    ブラッドリーはそうかなぁと小さく呟き、また耳をすませた。
    「マーヴはおじさんだから、耳が遠いんじゃない?」
    20ほど歳の離れた恋人は平気な顔をして言葉を継いだ。
    「そうか、僕もそんな歳か」
    「怒ってるね」
    「怒ってないよ、事実を教えてくれてありがとう」
    まったくありがたがっていない言い方を指摘したブラッドリーは少し考えた後、素直に謝った。まあ若くないのは本当のことだが、アビエイターに必要な能力は若者には負けていない。
    「きっと風向きが悪かったんだよ、今はよく聴こえるし」
    「ほんと?逆に俺は今あんま聴こえない」
    「嘘だろ?」
    「ほんとだし、なにこの現象?」
    2人して首を捻りつつ歩いていると、ある家の近くにさしかかった。今日もあの子はいるだろうか。
    「そうそう、君も知り合いかもしれないけど、この辺りに通りかかると毎回挨拶してくれる猫ちゃんがいるんだよ」
    隣を見上げると、ブラッドリーは目を見開き眉を寄せてこちらを見ていた。
    「な、なんだいブラッドリー」
    「マーヴは知ってるのに俺が知らない猫ちゃんがいるなんて…」
    ショックで彼の声はいつもより掠れている。なんだかこちらが申し訳なくなるほど衝撃を受けた様子だ。この子は動物に愛されやすいから、この辺りの動物たちは大体知り合いなのだろう。
    「ほら見て、ここにいるはず…」
    ひとつの窓を指し示すと、いつも通り一匹の猫がちょこんと座って外を観察していた。外からの光を受け、オレンジタビーの被毛は蜂蜜色に輝いている。小さく手を振り声をかけると、その子はこちらに向かって目を細め立ち上がったかと思えば、隣のブラッドリーを目にした途端におろおろと足踏みをして窓枠から降りてしまった。
    「あちゃ〜…びっくりさせちゃったね」
    何気なく振り返ると、ブラッドリーは再びショックを受けた表情で立ち尽くしていた。
    「あー…ブラッドリー…?大丈夫…?」
    「俺のせいだ…」
    そう言って彼はその体格の良い身体を縮こませ、頼りない足取りでよろよろ歩き始めた。先ほどまでの自信さえ感じる大きな身体はどこへ行ってしまったのか、その変わりように思わず笑い出してしまうところだった。
    「少しずつ仲良くなればいいんだよ」
    小さくなった彼の背中を軽く叩くと、彼はちらりと僕を見た後空を見上げてため息をついた。
    大丈夫、君がどれほど優しくてあたたかい子か、必ずあの子にも伝わるよ。君に関わるすべての人が君を好きにならずにはいられないこと、君は知っているのかな。


    +月○日×曜日

    街は音楽に溢れている。雨音や靴音のような詩的な音楽ではなく、最近のヒット曲や映画の主題歌など、そのままの意味での音楽のことだ。どこへ行っても同じヒットプレイリストが流れる街で、陽気な両親のDNAと、その陽気さを愛するアンクルの優しさを与えられた人間はどうなるか。音楽を聴くと身体が勝手に踊り出す、それが正解だ。
    「うーん…もう少し大きいお皿が欲しいけどな…」
    人で賑わうモールでも、スピーカーから流れる音楽に合わせ身体が揺れる。隣ではマーヴがじっとサイズ違いの皿を見比べている。
    「このサイズでも使えるよね?」
    決めかねたマーヴがこちらを見上げながら、より大きい方の皿をこちらに差し出した。俺はどこかから聴こえるあの曲に乗りながら皿を受け取った。
    「結構重くない?これ以上大きいと運びづらいかも」
    「確かにね…ブラッドリーが重く感じるなら相当だね」
    マーヴは俺の手から皿を取り戻すと、重さを測るように皿を持つ手を上下させる。その真剣な視線は、もし皿にヒビを入れたとしても不思議ではない。
    「ブラッドリーも、何か必要なものはある?」
    「ん〜、」
    マーヴは売り場に並ぶ皿たちに視線を固定させたまま尋ねた。
    「あれ欲しいな、シリアル用のボウル」
    「持ってるだろ?」
    会話は平然と進んでいく。大きな男がリズムを刻む隣で、二回りほど小さな男は身じろぎひとつしないし、こちらを見ることもほとんどない。
    「あれは…食器が白いからミルクが見えない」
    「僕がそれを言うならまだしも…君の目はまだ若いだろう」
    「いいじゃん、ダークブルーにしようよ」
    「まあ、君がそう言うなら」
    マーヴはふっと笑って俺が手渡したボウルを2つ受け取った。微かに聴こえるBGMが壮大なバラードに変わるのに合わせ、小躍りは鼻歌に、行くあてを探していた右手はマーヴの腰へと落ち着いた。それでも彼の意識は家の食器棚と目の前の大皿を行き来するだけ。
    「マーヴ」
    「ん?」
    「マーヴのそういう、俺に慣れてるとこが好きだよ」
    ようやくマーヴはこちらを見上げて首を傾げた。かと思えば、周囲へきょろきょろと視線を飛ばし、まるで自分に向けられた言葉であるとたった今気がついたかように、小さく口を開きまた閉じた。何か言いかけているのは明白で、だけど俺が何の話をしているのか彼には伝わっていない。俺はじっと彼の次の言葉を待った。やがて彼は黙って俺の目に映る悦びを読み取り、ふっと目を細めた。
    「ありがとう」
    彼の目にもまた、同じ悦びが光を受けて輝いている。頬に軽くキスをすれば、自分のものと同じシャワージェルの清々しい香りが鼻を抜けた。


    ×月○日△曜日

    さあ、行くか…。
    先日と同じ散歩日和。同じ道を、同じ速度で歩く。前と違うのは、隣にマーヴはおらず、手には猫じゃらし。目的は一つ、あの猫とお近づきになること。
    レオと名づけられたオレンジタビーの猫の飼い主夫妻は彼の"友達"が増えることを喜んでいて、庭仕事をしていた2人にこちらから声をかけた時もレオに会いに来ることを歓迎してくれた。
    今日も彼は歩道に一番近い一階の出窓で外を見ていた。ゆっくりと、それでいて驚かせないよう存在を示しながら近づくと、彼は擦り寄りはしないが逃げもしなかった。草原を映したようなグリーンの目の中で瞳孔を細め、俺や周囲を観察している。
    「元気?今日は猫じゃらし持って来たよ」
    彼に向かって猫じゃらしを小さく振ると、まん丸の目は揺れてしなるおもちゃを目で追った。
    「はは、気に入った?」
    窓枠の範囲で縦横無尽に動く猫じゃらしを捕まえようと、レオは両手を使って窓越しに遊び始めた。彼の動きは俊敏で、時には立ち上がって腕を伸ばし猫じゃらしをハントした。ところが猫という生き物は移り気で、鳥の大きな鳴き声がレオの注意を引き、この訪問の終了の合図となった。
    「ん?次は鳥が気になる?じゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな」
    レオの意識はすでにどこかにいる鳥に夢中になっていて、窓を離れる時も俺ことなど見ていなかった。そこが猫の面白いところなんだけど。
    帰宅するやマーヴはジーンズのポケットから飛び出す猫じゃらしに気がつき、小さく笑いながら俺の頬にキスをした。
    「おかえり。あの子に会ってきたんだね」
    「ただいま。ちょっとだけね」
    「どうだった?」
    そう尋ねながらマーヴはポケットから猫じゃらしを抜き出し左右に小さく振った。
    「いい感じ。距離は縮まってると思う」
    「そうか」
    猫じゃらしの先を追っていたマーヴの視線が俺に移った。そして彼はよかったねと目を細めた。窓の前では見られなかった、優しく微笑む可愛い姿が目の前にあった。
    「でも、次はオヤツ持って来いって言われた」
    「誰に?飼い主さんに?」
    「いや、猫ちゃんに」
    「えっ?」
    「えっ?」
    垂れ下がっていたマーヴの目がレオのように丸く見開かれた。一瞬の間の後、彼は再び一言口を開いた。
    「…え?」
    猫の声、マーヴも聞こえない?


    ×月△日○曜日

    「やあレオ」
    オレンジの毛色を輝かせた彼は、僕を見るなり出窓を右へ左へと歩き始めた。
    「また来たって顔してるね?」
    彼は僕の姿を覚えている様子で、こちらに視線を固定しながら忙しなく動いている。彼が窓に頭をぶつけて擦り付けると、痛くないかと心配するほどの大きな音が立った。少なくとも僕を歓迎してくれているということだろう。
    「この前、うちの子が来たみたいで」
    指で窓をなぞってみると、彼は指先に鼻を近づけた。匂いを嗅ごうと鼻をひくつかせるも残念ながら窓に隔たれて匂いはわからない。よく磨かれた窓には何人分かの指紋と、今付いたばかりの猫の小さな鼻の跡があった。
    「あの子の身体が大きくて怖がらせちゃったみたいだけど、本当はとても優しくていい子なんだよ。僕は一応50年以上生きてきたけど、彼の優しさは本物だと言い切れるよ。意地悪は…たまにするけど、君にはしないと思う」
    レオは話を聞いているのかいないのか、動きを止めて僕の目の前に座っている。"M"の文字にも見える額の模様がいつもより濃く見える。
    「君は彼のことが気に入るはずだよ、僕が保証する。だから、仲良くしてやってくれる?」
    返事はない。それでも彼は僕をじっと見つめて目を細める。
    「次あの子が来たらよろしくね。彼は今、良いおやつを調べてるみたいだから」
    窓越しでもおやつという単語の響きに反応し、彼は小さく鳴いて再び頭を窓に擦り付け始めた。今はおやつは持っていないのだけど…。勘違いさせちゃったかな。
    「ごめん、僕はおやつは持ってないんだ。口髭の大きなお兄さんから貰ってやってくれる?君のお父さんかお母さんにお願いして、君にプレゼント出来るようにするから」
    レオはピタリと動きを止め、また腰を落ち着けた。
    「そうかそうか、待っててくれるんだね」
    猫はどんな時も口元が笑っているように見えるものだが、その時ばかりは彼の前向きな姿勢が表情に伴っていたと思う。
    「じゃあ、僕はこれから用事があるんだ。また会おうね」
    小さく手を振り窓を離れると、レオの鮮やかなグリーンの目はじっと僕を追っていた。
    どうしてわざわざブラッドリーを売り込むようなことをしに来たのか、自分でもよくわからない。だけど誰かに彼の話をする時、胸は心地良い程度に締め付けられ、お腹の中では蝶々が飛び回る。たとえ相手が猫であっても。むしろ猫を相手にしても、ブラッドリーの話を、いわば自慢話を聞いてほしいのだ。
    つまり僕はそれほどまでに、ブラッドリーに恋をしている。


    (※とりあえずここまでです!こんな感じが続く予定…!)
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    カリフラワー

    MENU12/17新刊サンプルです。『今日の同棲ルスマヴェ』ツイート群をSSにしたものの第1巻です。(来年作る予定の『同棲ルマ』ツイログ本とは別物になります)
    ・『Past Ties, Present Love / The Diary of Roosmav 1』
    ・A5/62ページ/全年齢向け
    ・400円(予定)
    ・ほぼすべて書き下ろし
    本になっても変わらず低ハードルでご覧ください。
    12/17新刊サンプル3※連続した日々の記録ではなく、ある一日を日付を特定せず抜き出したもの(という設定)です。
    ※二人の薄い設定としては、ルスはノースアイランドでトップガンの教官をし、マーヴは退役後乗り物の知識と趣味が高じて車やバイクの修理店でバイトしている(免許とか取りそうだし…)…みたいな感じです。

    ※上記の設定は完全に筆者の趣味であり、設定を無視しても問題なく読み進められる内容になっていますので、どうしても二人の設定が気になる!という方はご参考までにどうぞ…笑

    ↓以下本文↓


    ―マーヴとの生活は、言ってしまえばとりとめのないものだ。愛する人と生活しているからといって、毎日重大なことが起こるわけではない。ただ、何も起きない日にもマーヴはここにいて、何も始まらず何も終わらない日々にマーヴという唯一の奇跡が光るのだ。
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