Christmas with You「クリスマスに休暇が取れた」
ブラッドリーは言った。そしてその弾むような声は止まることを知らず、彼は自らの興奮を電話越しに伝えてくれた。クリスマスを正真正銘のホリデーと呼べるなんて。クリスマスを家族と過ごせるなんて。ああ、家族っていうのはマーヴのことね。俺にも誰かと過ごす順番がまわってきたんだ。マーヴに会うために、キリストが俺の味方をしてくれたんだ。
この知らせを受けた瞬間から、僕のホリデーシーズンは始まった。とはいっても、砂漠でクリスマスの浮かれた雰囲気を楽しむ方法は少ない。仕事をせず、恋人と過ごすクリスマスがどんなものかもよくわからない。ただ日ごとに機嫌が良くなるブラッドリーの声を聞くことが、慣れないホリデームードを高めてくれる。
暗くなりかけたラップトップの画面が光る。画面の右上では恋人の名前がポップアップし、軽妙な着信音を鳴らす。応答すると、どうやらビデオ通話だったようだ。
『Hiマーヴ』
「やあ、ブラッドリー」
ブラッドリーは運転中のようで、前を見据えていた彼の視線が僕の声に反応して画面に移動した。
「危ないよ、運転中にビデオ通話なんて」
『大丈夫だよ、心配しないで』
大丈夫かどうかは君が判断することじゃないぞ。
「それで、何かあったのか? わざわざ運転中に電話をかけてくるということは」
『別に何もないよ、マーヴの様子を見たかっただけ』
「なら後でもいいだろう?」
わかってないなあ、とブラッドリーは笑った。
『まあでも、本当は何もなくはないんだけどね』
「なんだい、言ってごらん」
彼は一度前を確認した後、またこちらに視線を移した。車のスピードを落とすのと同時に、彼の話し方もゆったりとしたものに変わった。
『……マーヴのクリスマスの予定、まだ聞いてなかったなあと思って。俺はしゃぎすぎちゃって、マーヴに会えるものだと思い込んでたから』
画面の向こうでブラッドリーは呆れたように小さく首を振っていた。
『マーヴがいなきゃ休暇取った意味ないのに』
「意味はあるさ、休めるんだから」
『で、どうなのマーヴ?』
彼は尋ねながら僕を見た。信号で停車しているらしく、窓の外の景色が止まっている。
「休みだよ、僕にもクリスマスホリデーがやって来るんだ」
確かに、ブラッドリーは僕の予定を聞かなかった。だが僕も自分からは話さなかった。どうしても休暇が欲しい僕の切実さに基地の全員から驚かれたことは、どうしてだかブラッドリーには秘密にしておきたかった。
『やったねマーヴ、今年は俺と一緒だよ』
「やったなブラッドリー、今年は僕と一緒だ」
同じ表現で返してやると、ブラッドリーは掠れた声で笑った。彼はまた前を向いた。信号が青に変わったのだ。
『それじゃあ、俺が計画してた"二人だけのクリスマスパーティーatブラッドリーの家"は変更なしで──うわ!ちょっと待って!!』
ブラッドリーは突然大声をあげてハンドルをきった。
「なんだ、大丈夫か!?」
『クリスマスツリーファーム!』
目に見えたものをそのまま口にしたブラッドリーは、一点を見据えて駐車場らしき敷地に停車した。
『なんだ、もう売ってるんだ!』
「な、なにを?」
『モミの木! ずっと探してたんだよ」
エンジンを切ったブラッドリーの目は興奮で輝いている。
「モミの木? クリスマスツリーを飾るの?」
『もちろん、マーヴが来るからツリー用意したくて。でも今まで毎年クリスマスは働いてたし、ツリーは外で見る物だったし』
彼は笑った顔を僕に向ける。
「そう、か……」
僕にとっても、長らくクリスマスツリーは街中で偶然出くわすだけの物だった。最後に家の中で見たツリーははるか昔だ。暖かい部屋でみんなで飾りつけをした。その天使はこっちに付けて、キャンディケーンはそっち、オーナメントボールは色をばらけさせて。坊やを抱き上げ、トップスターを飾ってもらえば完成。
『ここの店は形も大きさも色々ありそうだな……。ちょっと一緒に見てくれない?』
ブラッドリーは返事を待たずに車を降りた。通話を繋いだまま、画面の中で景色が揺れる。
『どういう木がいいんだろう? マーヴわかる?』
「うーん……全体のバランスを見ればいいんじゃないか? 絵で描くみたいな、三角形の……」
売り場に到着したブラッドリーは早速一本モミの木を映した。
『これは? 良さげじゃない?』
「ん〜ブラッドリー、もう少し引いて見せてくれ」
画面が木から遠ざかる。
「ちょっと形が歪だなぁ」
『そうかぁ、わかった』
ブラッドリーはあっさりと納得し移動した。カメラは再び彼の顔を映し出す。真剣にモミの木を物色する彼を見守っていると、彼が小さく声をあげた。
『見つけた! これ良いんじゃない!?』
カメラが切り替わり、深緑が画面を埋め尽くした。
「ブラッドリー、また近すぎて見えないよ」
『あ、そっか』
先ほどと同じように、ブラッドリーがモミの木から遠ざかる。徐々に全貌を現す裸の木は、真っ直ぐな太い幹からバランスのとれた形の良い枝が伸びている。クリスマスに光をもたらす美しいツリーになりそうだ。
「うん、いいんじゃないか?」
『だよね?』
これにしようかな、とブラッドリーは周囲を見渡し係員を探した。
「いくらするんだ? 君の家に入るのか? 大きすぎたら入らないぞ」
『マーヴ、心配しすぎ。俺の身長より少し大きいくらいだから、余裕だよ。大きすぎず小さすぎないでしょ?』
彼は笑いながらスマートフォンを下から上へと動かし、6フィート6インチのツリーを映した。それからツリーとカメラの間に自らの頭を割り込ませ、僕に囁いた。
『値段は聞かないで、ここの木は少し高価なやつみたい』
「高いの? ならもう少し小さくて安いものを……」
『何言ってんの、二人で過ごすクリスマスにショボいツリーなんて飾れないよ』
「でも君が高いって言ったんだぞ」
『……わかった、これは145ドルだよ。ウォルマートなら10ドルは安くつくよね?』
ブラッドリーはカメラから目を逸らし、観念したように値段を明かした。すると係員に彼の不満の滲む声を聞かれてしまったのか、気まずそうに姿勢を正し、にこやかな表情を係員に向けた。
『すみません、これください』
ケチな奴だと思われたくなかった、とブラッドリーは後にこの時の決断について言い訳をした。値段で躊躇っていると思われたくないらしい。見栄っ張りめ、来年は僕も一緒について探してあげないとダメみたいだな。
会計を済ませてツリーを車の屋根に括り付けてもらっている間も、僕たちはビデオ通話を繋ぎっぱなしにしていた。
『あとは飾りつけだよね。スタンドは貰ったから、ツリースカートとオーナメントを買わないと』
運転席に戻ったブラッドリーは、モミの木をクリスマスツリーへ変身させるための道具を指折り数え始めた。
「オーナメント? 持ってないの?」
『俺が? そもそもツリーを飾らないんだから、持ってないよ』
「そうか、いやでも……。ああ、思い出した、ちょっと待っててくれ」
そうだ、ブラッドリーはツリーの飾りつけは持っていない。持っているのは僕だ。
ハンガーを横切りロッカーへ向かう。数個並んだロッカーの一つには、思い出の詰まった箱がいくつか。キャロルの筆跡で"Christmas"と書かれた箱を選び、そっと持ち上げた。
「ブラッドリー、お待たせ。オーナメントならこっちにあったよ」
『マーヴが? クリスマス好きだっけ?』
箱を開けると、色も形も様々なオーナメントが長い期間を経て再び光を浴び始めた。
「君の実家に残っていた物だよ。キャロルもグースもクリスマスが大好きだった。もちろん君もね」
『へえ……』
「割れ物もあるし、君は他の物を引き受けるので手一杯だったから、僕が保管していたんだ」
ブラッドリーが一人になってしまってから、僕が12月にアメリカ本土にいることはなくなった。なんて勝手な人間だろう、寂しいに違いない子どもを一人にして空へ逃げるなんて。新しく暮らし始めた親戚の家から、ブラッドリーは僕に手紙を書き、電話をかけ「メリークリスマス」と言ってくれたのに。僕は彼のそばにおらず、ただ同じようにメリークリスマスと返すことしかできなかった。
『ねえマーヴ、早く箱の中身を見せて』
ブラッドリーは明るく声をかけたが、僕を後悔の底へと沈ませまいとする気遣いは隠しきれていなかった。
「ああ、そうだね。買い物を先に済ませなくて大丈夫?」
『大丈夫、ちょっと車で休憩したいし。あと、ちょうど俺から見えてるその飾りが何なのかも気になる』
ブラッドリーは画面越しに箱の中身を指差した。彼の指差す先にあるのは、クリスマスリースの中に赤ちゃんの写真が入ったオーナメント。
「お目が高いね、これは君が生まれてから最初のクリスマスの記念オーナメントだよ」
"Baby's first Christmas"と書かれた飾りをカメラへ向けると、ブラッドリーはじっと画面に顔を寄せた。
『へえ……可愛いね、赤ちゃんの俺』
「当たり前だろ、ブラッド坊やだぞ?」
次に手に取ったのは、天使のオーナメント。ヨーロッパの基地へ赴任した時、年中無休のクリスマスショップを見つけてお土産を買った。たしか、これを買ったのは夏の日だった。
「これはキャロルのお気に入りだったんだ。たぶん、僕が彼女に買った物の中で一番評判が良かったんじゃないかな」
『工芸品だよね? よくできてるね』
それからツリーの形に切られた緑色の厚紙。ゴールドのペンでツリーに巻かれたリボンを描き、赤や水色のペンでさらに飾りつけを施した手作りのオーナメント。
『あー……それはわかる、俺が作ったやつでしょ』
「そう、その通り」
『たとえ見てなくても、それを持ってるマーヴの顔を見たらすぐにわかるよ……マーヴ、そんなに嬉しい?』
「嬉しいよ、もう一度君にこれを見せることができて」
ブラッドリーは照れ臭そうにコーヒーを啜った。
「あと忘れちゃいけないのがこれだよ」
そう言って彼に見せたのは、ゴールドのグリッターに覆われたトップスター。
「これは必ず君に飾ってもらわないとね。じゃなきゃ泣いちゃうから」
『もうさすがに泣かないから……』
確かに、君は泣かないだろうね。……ああ、どうしたんだマーヴェリック、泣くのはまだ早いぞ。
その後も箱から現れるのは愛おしい思い出ばかりだった。ブラッドリーが初めて自分で選んだ小さなテディベア、ソリに乗ってプレゼントを運ぶサンタクロース、ベルをつけたトナカイたち。これらをすべて閉じ込めていた期間を考えると、僕は何のためにクリスマスから──ひいてはブラッドリーから──逃げていたのだろうかと思う。僕は何を恐れていたのだろう。
『……マーヴ、知ってる? 世間のみんなはオーナメントを毎年一つずつ買い足すんだって』
ブラッドリーはぽつりと呟いた。
『俺らは一つどころじゃないよね? 何個も買えちゃう』
彼の言わんとしていることはすぐに理解した。だが彼がその言葉に乗せたのは、嫌味ではなく純粋な楽しみだった。
「……そうだね」
『離れてた期間をどうやって取り返すか色々考えてきたけど、こんなことでも空白を埋められるんだね』
彼の声は優しかった。
『ねえ、今見せてくれたオーナメント、こっちに来る時に持ってきてくれない? 一緒に飾ろうよ』
「もちろん。でも、それまでツリーは裸のままか?」
それは少し寂しくないだろうか。
『それだと殺風景だから、今からちょっと買ってくる』
言いながらブラッドリーはDIYストアがある方を指差した。それから「待ってて」と嬉しそうにキスを投げ、ようやく通話を切った。
手元に視線を落とすと、先ほどから弄ばれていたオーナメントが更に強く輝いて見えた。やっぱりこれらがあるべきは、暖かい部屋でゆったりと僕たちを見守るツリーの上だ。
再び着信音が鳴り始めた。発信元はもちろんブラッドリー。
『マーヴ、買ってきたよ』
彼はまだ車の中だ。
「家に帰ってからゆっくり連絡してくれてもいいのに」
『あ、そっか、全然考えつかなかった」
彼はあっけらかんと笑う。
「それで? 見せてくれるの?」
袋をまさぐる彼を促すと、彼は一つのオーナメントを持った手をカメラに近づけた。
『見て。これを今年の一個にしよう』
彼の手元をよく見ると、一組のトナカイがシャンパングラスで乾杯している。
「パーティー中のトナカイ?」
『そう、ここを読んで』
さらに目を凝らすと、トナカイの下に何か文字が書かれている。
「”Our first Christmas together”……」
『わかった?』
ブラッドリーは手を引っ込め、自らの顔をカメラに向けた。
『俺たちにぴったりでしょ?』
「本当だね、僕たちのためにあるみたいだ」
"二人で過ごす初めてのクリスマス"。
クリスマスの孤独から逃げ、寂しげなブラッドリーの瞳から逃げた僕は、あまりに狡かった。逃げていなければ、「一緒に祝う家族はいないから」なんて言って休暇を譲らなければ。こんなにも心優しい子を置いて出たまま帰らなかった罪は重い。だが後悔したってもう遅い。どれほど遅いかといえば、ブラッドリーと再会し、恋人同士の関係を築いてしまえるほど遅い。
『マーヴ、遅くなんかないって、本当はわかってるんでしょ? これは始まりなんだって、希望を持ちたいんじゃないの? 俺の元へ来てくれたら、俺たちが望むどんなクリスマスだって過ごせるんだよ」
「……うん」
彼のすべての問いかけに、僕は一言で返すことしかできなかった。言葉が堰を切って溢れる前に。
『俺がいるんだから、もうホリデーを一人で過ごそうなんて思わないで。むしろ一人になんて絶対させない。マーヴがいなきゃ意味がないって言ったでしょ?』
「ああ」
ブラッドリーは嬉しそうに大きく息を吐いた。
『仕事が終わったらすぐに来てよ、マーヴ。あと絶対にその箱のオーナメントを持ってくるのを忘れないで』
僕のホリデーシーズンは、ブラッドリーからの電話と共に幕を開けた。だがこれはまだ始まりの一部に過ぎない。
空白を埋める十数個のオーナメントと、閉じ込められ続けた古ぼけたオーナメントを一緒に飾り、彼の腕の中であたたかい休暇を過ごせば、二人の時間は再び動き始めるだろう。もう空へ行く必要はない。今の僕には、彼と共に生きる覚悟があるから。