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    斑猫ゆき

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    斑猫ゆき

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    精神科の患者タンジロと医者たみおさんの炭魘シーズン2です。『ジョハリの箱庭』本編の裏で起こっていたことをタンジロとむざさま+上弦が解説してくれる話②。長いので複数回に分けての投稿です

    #ジョハリの箱庭
    joharisBoxGarden

    Lycoris radiataの生活環・Ⅱ なおも童磨の講義は続く。ひんやりとした応接室の空気に、入り交じっていく言葉。カーテンを揺らした風が、また金木犀の香を鼻先まで運んでくる。
     艶やかな甘さを空気に感じる度、炭治郎は奇妙な感覚に襲われていた。窓は開け放されたままで、ずっと花の香りはこの部屋に満たされていたはずなのに、それに気づくたびに新しく生まれてきたような気すらする。居心地の悪い非連続性。まるで夢から覚めて、また別の夢の中にいるかのように。
    「さて、ここから本題に入ろう。今言ったように人間と蝶では感覚器官の差異が激しすぎて、夢をそのまま現実と受け取ってしまうことはそうそうない。だけれど、現実世界とほぼ同じ『自分』の視点で夢を見たとしたら、どうだろう」
    「さっき鬼舞辻さんが言っていた、別の世界の自分……ってことですか?」
    「そう。よく覚えててくれたなぁ」
     満足げに頷いて、童磨は膝の上で手を組み直す。
    「そんな夢に入り込んでしまったら、蝶になったときとは比べものにならないくらいしっくり馴染んでしまう。なにせ自分なんだからね。だから肉体が激しい損傷を受けたり、元々精神が遊離しやすい体質だったりすると、もとの身体の感覚器官が夢の中に行った精神を引き留めてくれない。吸い寄せられて、それきりさ」
     言葉の意味を図りかねて、炭治郎ははくと空気を食んだ。問い返そうとして、すぐにやめる。何か、とてつもなく恐ろしい予感が童磨の言葉の中で手足を突っ張って暴れているかのようだった。そんな炭治郎の様子を睨め付けながら、童磨は更に言葉を膨らませていった。
    「大抵の人間は、そのギャップを認識しない、或いはすぐに慣れてしまってそのまま夢の世界で生きていくことになる。けれど、たまに凄まじい違和感と拒絶反応に悩まされる人間もいるんだ。まるで、他人の臓器を移植されたみたいにね」
    「ってことは……」
     漸く、声らしい声が出てくる。
     それを受け止めて、童磨は下がり調子の眉を引き締めて、頷いた。
    「うん。君と同じく、今の魘夢くんの中には、別の世界の夢から来た魘夢くんが入っている。そうして、夢と現実とのギャップで藻掻いている最中なんだ。本人は、それと認識していないだろうけどね。元々、夢の世界に親しみやすい体質だったからなぁ」
     炭治郎の顔が、さっと青ざめた。
     部屋に流れ込む冷たい外気が、急に余所余所しいまでのつめたさを運んでくる。そうしてまた、金木犀の匂いが感覚の中に生まれてきた。世界と自分との間で、床擦れが起きているような居心地の悪さ。それが、童磨の言う、夢と現実とのギャップということなのだろうか。
     初めて、無惨が口を開いた。戸惑う炭治郎をひと睨みで制し、視線を縫い止める。
    「……あいつの様子がおかしくなってから、一度退行催眠で探ってみたことがある。曰く、幼少時代に『炭治郎』という友人を階段から突き落として殺してしまったのだと。それ以上は……拒否反応が強く聞き出せなかったがな」
     相槌を打つ暇も作らせず、ただ語られる言葉。けれど、炭治郎はそれを遮ったりは決してしなかった。重苦しい声色を、ひとつひとつ受け止めては、飲み下していく。それの繰り返し。
    「あとで調べたが、この世界での『魘夢民尾』にそのような事実はなかった。おそらく、別の世界から来た『魘夢民尾』の記憶と混同しているのだろう。そうしているうちに、うちの系列病院へ竈門炭治郎……お前が来た。そのため、多少無理を通してこちらに転院させたという訳だ」
     至極不機嫌な顔で、無惨は話を切る。寄せられた眉根からも通したという「無理」の内容が伝わってくるようで、ほんの少しだけ肩身が狭くなる。小さくすみません、と呟きながら、炭治郎は頭の中で話を整理していく。
     無惨の言葉をなんども噛み締めているうちに、炭治郎は思い出す。あの夢の中で、子供だった自分が階段から落ちていくときの感覚を。
     靴下越しに摩擦の痛みを感じた足も、程なくして襲ってくるはずの強い衝撃も、何も怖くなかった。ただ、目の前でどんどん遠ざかっていく民尾の、涙を湛えた勿忘草色の瞳が。それを失ってしまうことだけが、何よりも口惜しかったあのとき。
    「あの、ひとつ質問して良いですか」
    「どうぞ」
     童磨がにこやかに促す。無惨の方はといえば、再び口を閉ざし、ただ静かにこちらを見やっているばかりだった。
    「……この世界の民尾くんは、俺と出会った形跡はないんですよね。だとしたら、その『夢を見ている』彼はいったいどこから来たんですか?」
     炭治郎にとっての現実、いまこの病棟という『夢』。それらが混じり合って、未だ分かち難く結びついている。それらを自分が正しく処理できているとは到底思えないけれど、ひとまずは問うてみなければ分からない。思い切った質問に、童磨はやや首をひねりながら答えた。
    「それは……多分推論でしかないけれど、君がもといた世界でもこの世界でもない、第三の夢なんだろうな」
     童磨は顎に手を当て、難しそうな顔で唸った。
    「そこを君は夢に見て、そして階段から落ちて死んだことで元の世界に戻った。そうして今度は、その第三の世界に居た魘夢くんがこっちに来て、更に君まで同じ夢に入ってきてしまった、ってとこかな。根拠はないし、なんでそうまでして君と魘夢くんが同じ夢を度々見続けるのかもわからないけれど」
     言葉を中程まで受け取った時点で、炭治郎は頭を抱えた。なんとか全ての言葉を飲み込みきっても、聞いている端から混線していって、何が何だかわからなくなってくる。額の痣から頭がひび割れてきそうな程に、ぐるぐると思考が巡る。
     だけれど、ひとつだけ確かなことがあった。
     あの、素敵な夢を語る彼に、もう一度会えたのだと。
     無数の夢を渡ったさきで、やっとわかり合えると思った端から手放してしまったひとに。漸く。
    「きっと、探していたから……だと思います。俺が、民尾くんを」
     炭治郎は深く頷いて、きれぎれに息を吐く。あのとき自分が死ぬことで彼の夢が壊れてしまったのだとしたら、無数の夢の世界を漂流したあげく、民尾はこの世界に辿り着いたのかも知れない。偶然とも言えるそれを、けれど炭治郎は運命だと信じたかった。わかり合えない世界線をいくつも超えて、やっと手を取れる距離まで近づいた彼を、もう一度つかまえる為に。
    「そういうこともあるかもなぁ。この病気については、今のところ有効な治療法はないし、発症のメカニズムもある程度しかわかっていないから」
    「病気……病気、なんですね」
    「そう。正式に学会で認められた疾病ではないから一般的な名前はないんだが、俺たちは『青い彼岸花』って呼んでる」
    「青い、彼岸花……」
     炭治郎の眼前に、あるひとつのイメージが萌芽する。
     季節を迎えれば、前触れも、連続性もなく、咲き始める奇妙な花の数々が。来歴も姿も理不尽で、脈絡のまるでない、線条の花。まるで、それ自体が一個の夢のような植物たち。それが、この病棟の周囲に群れを成して咲いている光景。
     炭治郎は、頭を振って目の前を覆い尽くそうとした空想を振り払う。まだ話は続いているのだ、一言一句取りこぼすことは許されない。それが、彼を救う道に続くのだとすれば。
     童磨はにっこりと笑って、炭治郎を見据えた。七色の硝子の目が、こちらを覗き込んでいる。無数の合わせ鏡と向き合っているような、深淵なまなざし。
     それが瞼で遮られ、代わりに言葉を差し出す。
    「俺たち……鬼舞辻所長にスカウトされたここの職員は殆どこの、『青い彼岸花』の影響を受けている。つまり、この世界に違和感を持ち、夢と現実との摺り合せに悩みながら生きている人間達、さ」

     炭治郎は、目を丸くして目の前のふたりを見つめた。
     その視線を受けて、盛大なため息をついた無惨が、緩く首を振った。


         *

    「へえ、ごはん派なんだ」
    「そうなんです」
     炭治郎と民尾の他愛のない世間話が、病室に花を咲かせていた。
     初日は治療よりもしっかりと対話を行い、お互いのことを知っていくのが良いという民尾の提案で、その手にはカルテもない。ただの友達同士のような、気安いやり取りがベッドに座ったふたりの間にはあった。民尾は聞き役に回り、炭治郎が話す時間が殆どだったものの、それだって苦にはならない。
     それを重ねるうち、炭治郎の胸の中にじわと暖かいものが広がっていく。年齢も、立場も違うけれど、あの子供部屋で出会った『民尾』と、目の前の彼とが同じものだという確信。傍らのシーツを掴む手に、知らずの間に力が籠もっていった。
     対話と連想が続くうちに、話題はどんどん移ろっていく。花はあれども根も葉もない。そんな彼岸の花みたいな益体もない会話は、けれども柔らかな夕の日射しのなかで穏やかに交わされていた。
    「うちはパン屋さんなんですけど、俺はごはんの方が好きで。同級生たちからは変わってるね、とか言われてました」
    「それは確かに、そうかもねぇ」
    「民尾先生は、朝食は何派ですか?」
     その問いに、民尾はやや首を傾けて答えた。
    「俺は……あんまり拘らないかなぁ。美味しければなんでも」
    「じゃあ、機会があったらうちの店に来てくださいよ! パン派になることうけあいですよ! 結構美味しいって評判で……あ……」
     そこまで言いかけて、急激に炭治郎の表情から覇気が抜けていく。
     そう、気づいてしまったのだ。無邪気に語り始めていたものが、既に、失われていることを。この夢でも、現実でも。
     力が抜け、俯いた視線が膝に落ちる。ペールブルーの入院着の海に、赤いボタン。赤い色。血の色。潤んだ目が、その上に大粒の涙を落とした。
    「ごめんね、辛いこと思い出させてしまったかな……」
     民尾が、寄り添うようにそっと炭治郎の背を片手で支えた。じわりと服の上から染むあたたかさに、段々と落ち着きを取り戻していく。手の甲で乱暴に目元を拭って、炭治郎は顔を上げた。
    「いえ、良いんです。辛くても、受け入れなくちゃいけないから……ただ悲しむばかりで前に進まないのは、きっと、死んだみんなも望むことじゃないですし」
     家族たちが残してくれた想いは、彼らが失われてもまだ炭治郎の内へ確かに宿っている。その自分が前に進まなければ、彼らもまたその瞬間に囚われたままになってしまうだろうから。
     民尾は驚いたように眠そうな瞼を見開いていたが、やがて表情を弛緩させて笑った。
    「君は……強いんだね」
     ゆるやかな声。深い夢の中に誘うように、甘い。鼻先を掠めた匂いは、民尾の声がそのまま嗅覚を擽ったようにすら思えた。民尾の顔が、近づく。
    「だけど、いいんだよ。悲しいことは悲しいと、受け入れたって」
     柔らかな笑顔。
     それが幾度も繰り返した夢の中で相対した鬼の姿と重なって、すぐに離れる。
     列車の屋根の上で相対するその鬼は、民尾そっくりの容貌を持ち、けれどもその性根はまるで人間のものとは思えぬほどにねじ曲がっていて。
     夢と、現実と、別の世での生が、混じり合って炭治郎の記憶をかき乱していく。
     
    (神様、どうか。この人が次に生まれてくるときには、鬼になんてなりませんように)

     いつかに、誰かに向けて願ったこと。
     彼に向ける暇なんてなかった筈の慈愛。
     それでもいまの炭治郎には、切に願わずにはいられなかった。ヒトとはまるで違う感性を持ち生きたモノだとしても、生まれ変わった先で同じ人間同士向き合うことが出来たなら、お互いを理解することはできるのだと。さながら人が蝶と化した夢を見、また別の夢の中で蝶が人になるように、生まれ変わってまた違う道を歩きせるのならば。
     
     けれど。

     けれどこれは、誰の記憶だ?

     そこまで意識が追いついたところで、ふらりと炭治郎の身体が揺れた。
     座っている姿勢すら保てなくなって、ゆっくりと横倒しになっていく。自分が身体の端から徐々に消えていく感覚。これは、眠りにつくときの、あの。
    「……炭治郎くん?」
     民尾の声が、遠くで聞こえた。すぐ隣にいるのに、意識は既に彼方へ行ってしまっている。
     ナルコレプシー。急激かつ強烈な眠気を伴う入眠障害。
     この世界での自分の病名。
     文字情報だけが、一瞬のうちに浮かんでは消える。
     意識を失う前に見えたのは、気遣わしげにこちらへ手を伸ばす民尾の姿だった。
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    Lycoris radiataの生活環・Ⅰ「こんな山奥に、よく来たなぁ。疲れたろう?」
     先導する男が笑う。
     童磨と名乗った医師の、白橡の髪を視線でなぞりながら、炭治郎は白い廊下を進んでいた。リノリウムの床に、歩幅のまるで違うふたつの足音が輪唱する。
     今いるこの四階に、自分の病室があるのだという。
     先程上がってきたエレベーターの中で説明された筈の情報ではあるが、どうにも実感が湧かなかった。それどころか、今日からこの診療所に転院してきた自分を、童磨が施設の入り口で出迎えてくれたときの情報も、もう既に酷く遠い。記憶は確かなのに、まるで、ほんの少しだけ過去の自分と現在の自分が、透明な壁で隔てられてしまっているかのように。
     視界は明るく、そして白い。右手にある窓の外には先程車を走らせてきた樹海が犇めいている筈なのだが、壁側に寄っているせいか、炭治郎の位置からは雲の張り詰めた空だけが見える。白と黒と、その濃淡だけで構成される景色。ときたま視界を掠める色は、雲間から零れる日射しの白から分けられたものでしかなかった。
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