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    斑猫ゆき

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    斑猫ゆき

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    精神科の患者タンジロと医者タミオチャンの炭魘の蛇足のようなもの。読んでも読まなくても本編にはあまり関わりない裏話的なやつ。

    #ジョハリの箱庭
    joharisBoxGarden

    ジョハリの箱庭・補遺『蛇足』

     昔むかし、あるところに鬼狩りの少年がいました。
     少年は、とても優しい心の持ち主でした。刃を向けるべき相手である鬼にも慈愛の心を忘れず、もし対峙した鬼から後悔や悲しみの念を感じ取ったならば、必ずその心に寄り添っていたのです。
     けれども、少年はある日ひとりの鬼と出会います。その鬼は夢を操る眠り鬼で、優しい、いつわりの夢を見せて、人の心を蝕んではそれを愉しんでいたのでした。
     少年も、夢を見せられました。失った家族の夢です。
    勿論、少年は怒りました。人の心に土足で踏み入り、それを嘲笑うことは、許されないことなのだと。
     首を刎ねられ、死んでいくときも、眠り鬼には己の所業への後悔なんてひとかけらもありませんでした。きっと、ひとの身である頃から彼は歪んでいたのでしょう。だから、少年も彼のことは絶対に許さないと心に誓ったのです。それは、今に至るまでも変わりません。
     その後、少年とその仲間達は鬼の始祖を倒し、世界には平和が訪れました。
     鬼のいない世界。
     鬼のもたらす恐怖と悲しみのない世界。
     全ての恐怖と悲しみが、人間によってもたらされる世界が、其処にはありました。
     そして、そのときになって少年は怖くなってしまったのです。

     もしかしたら、今のこの幸せも、あの鬼が見せている夢なんじゃないか、なんて。

     それを確かめる術は、もうありません。眠り鬼の使う術は、夢の中の自分を自分で殺すことによって解くことが出来ました。けれども、彼を倒したのが遠い昔になってしまった今、自分がほんとうに起きているのか眠っているのかの切れ目はもうとっくにわからなくなっているのでした。もしも現実であれば、自分の首を斬ったら取り返しがつきません。少年は何度ももう使うはずのなかった刀をこっそり持ち出しては首筋に当ててみましたが、その度諦めては押し入れの奥深くにしまい込むのでした。
     毎晩の夢に、少年はあの眠り鬼の笑顔を浮かべていました。夢と現実の境を失った自分を嘲笑う、端正にねじくれた微笑みを。
     その度に、少年は夢の中で自分を殺すのでした。あるときは刀で首を斬って。あるときは高いところから飛び降りて。またあるときは川に身を投げて。
     それを繰り返している内に、少年はあることに気づきました。
     鬼は元々人だったけれど、人を喰うという業を認識したそのままに人として生きていくことはおよそ出来なかった。だから、鬼であるという枠に自分を歪めていかなければならず、あんな残酷になることができたのだ。
     だったら、ひとの身であった頃から性根が歪んでいたものも、きっとそうなるきっかけがあったのだろう。人間のままに、心を鬼にしなければ生きられないほどに、つらい出来事が。
     であれば、次に鬼のいない世界で眠り鬼が人間に生まれ変わったら、必ず彼の心が狂う前に出会って、自分が正しい方向に導こう。あの眠り鬼と対峙し、言葉を交わし、その性根を嗅ぎ取ったのは、自分だけなのだから。
     そう、少年は決意したのでした。

     時は流れ、少年は自然の摂理に従って土に還り、長い時を経てまた人間の形に生まれ直しました。
     生まれ変わった少年には、あるひとつの予感がありました。自分が、誰かを探していること。それが誰なのかもわからないし、何故探さなければいけないのかもわかりません。けれども、そのために自分がいるという強い意志だけが少年を突き動かすのでした。
     少年は、夢を見ます。夢の中で自分は鬼狩りの剣士だったり、成長して高校生になっていたりしました。
     そして、その側には必ずある男の人がいました。肩に掛かるくらいの髪に、黒い洋装。それから整った顔立ち。彼の立場は色々でしたが、いつも自分とは正反対の、意地の悪くて人の苦しみを見るのが好きな、曲がった性根を持っています。

     それを目の当たりにする度、何故か少年はいつも『ああ、遅かった』と思うのでした。

     ある日、少年は事故で家族を失いました。誰がいちばん悪い訳でもない、いろいろな人たちの間違いが重なって起こった悲劇です。残ったのは自分と、一番上の妹がひとりだけでした。
     そうして、少年は思い出してしまったのです。妹以外の家族を鬼に皆殺しにされた、あのときのことを。
     それでも、全てを思い出した訳ではありません。少年の魂に刻み込まれた強い怒りや嫌悪の感情だけが、傷ついた心の表面に浮かび上がってきました。鬼と戦っていたとき、そのままの感情が。
     事故で負った怪我のため入院していた少年は、その気持ちの昂ぶりのままに、ある検査技師に殴りかかりました。とても自分勝手な理由から十六歳の娘を好んで食っていた鬼に、よく似ていたからです。蘇った感情は、とても濃く力強いものだったので、優しい少年にも咄嗟に抑えることができなかったのです。
     暴力沙汰を起こした少年は、山の奥深くにある療養所に送られることになりました。そこはとても穏やかな場所で、だんだんと少年の心は落ち着きを取り戻していきます。
     その間にも、夢は見続けていました。あの男の人と、自分が巡り会う夢。既に彼に対する感情も思い出していましたから、彼との会話は常に平行線で終わり、混じり合うことはないのです。けれども、少年は諦めません。毎日の眠りに彼を探して、そうしては目覚めを繰り返していました。きっと、これほど夢に現れるのならば、彼はきっと大切な人なのだろう。そう、根拠もなく思いながら。
     ある日の夢で出会った彼は、ほんの小さな子供でした。鉄道が大好きで、ときたま夢見がちな彼は、少年にいろいろな話を語って聞かせました。語り口は拙いながらも素晴らしく鮮やかな電車や、ふしぎな夢の話。それらに心を躍らせながら、少年は確信していました。ああ、やっとあの人とわかり合える世界に辿り着いたのだと。
     けれど、ほんの少しのすれ違いから、その夢は醒めてしまいました。ベッドの上で夢の名残をかき集めながら、少年は悔やみます。目を覚ましてしまったことを。そして、あの人を夢の中に取り残してしまったことを。
     彼はきっと、少年を死に追いやってしまったことで自責の念に囚われているでしょう。あの人は今までとは違う、まだ何にも染まっていない子供だったから。それがたまらなく、少年には悲しかったのです。
     少年は決意します。また同じ彼に会うため、これからいくらでも眠ろう。そして、果たせないようであれば夢の中で自害して目を覚まし、また違う夢を見れば良いのだと。きっとひとりぼっちになってしまった彼を、大丈夫だよ、ともう一度抱きしめてあげるために。
     そうして、少年は夢の世界を渡り歩きました。当てが外れたと思えば、自分の命を絶ち、現実へと立ち返ります。あるときは、刀で首を刎ね。あるときは、駅のホームから飛び降り。あるときは、首を吊り。いつしか少年の心の中は夢の死骸でいっぱいになっていきます。無意識の領域の内側まで、無数の死体が積み上がります。
     それを繰り返している内に、少年の思いは歪み、いつしか恋心にも似たモノになっていきました。
     人間の心は、全くもって丈夫にはできていません。そういう風に思い込まなければ、壊れてしまうとなれば、自分を守るために簡単に認識は狂うのです。少年はまっすぐな人でしたから、その思いはまっすぐなままに、行き先だけがねじ曲がっていきます。
     現実では、少年は日がな一日眠り続け、ときたま叫びを上げて飛び起きてはまた違う夢の中に戻っていくのでした。少年の病が快方に向かっていると想っていたお医者様や看護師さん達は困惑しました。夢の合間にそれを感じ取って、少年はとても申し訳ない気持ちになりましたが、もう既にそれだけでは少年は止まりません。あの人を見つけたあとに、たくさん謝ろう。そう心に決めて、少年はずっと自分を殺し続けていきます。
     そうして、ようやく見つけました。あの世界を。
     けれど、少年は考えます。いつまでも、夢の世界にいられるものじゃない。いつか夢は覚めてしまうし、現実がなくては夢は見られない。
     なら、夢をうつつに変えよう。
     夢の話をして、相対的にここが現実であると認識の碇を降ろそう、と。
     その一心で、少年は今まで見た夢の話を続けます。少年とあの人が巡り会う夢の話を。これまでいくつも潰してきた、自分自身の話を。

     これがどこまでがほんとうの話なのかは、わかりません。
     夢は往々にして脈絡がなくて、理不尽なものですから。
     けれど、きっと。
     きっと少年の想いだけは、本物なのだと。

     そう、私たちには信じることしかできないのです。
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    MAIKING精神科の患者タンジロと医者たみおさんの炭魘シーズン2です。『ジョハリの箱庭』本編の裏で起こっていたことをタンジロとむざさま+上弦が解説してくれる話。長いので複数回に分けての投稿です
    Lycoris radiataの生活環・Ⅰ「こんな山奥に、よく来たなぁ。疲れたろう?」
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     先程上がってきたエレベーターの中で説明された筈の情報ではあるが、どうにも実感が湧かなかった。それどころか、今日からこの診療所に転院してきた自分を、童磨が施設の入り口で出迎えてくれたときの情報も、もう既に酷く遠い。記憶は確かなのに、まるで、ほんの少しだけ過去の自分と現在の自分が、透明な壁で隔てられてしまっているかのように。
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