Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    斑猫ゆき

    キメツとk田一中心。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 73

    斑猫ゆき

    ☆quiet follow

    精神科の患者タンジロと医者たみおさんの炭魘シーズン2です。『ジョハリの箱庭』本編の裏で起こっていたことをタンジロとむざさま+上弦が解説してくれる話③。長いので複数回に分けての投稿です

    #ジョハリの箱庭
    joharisBoxGarden

    Lycoris radiataの生活環・Ⅲ 呆気にとられた表情で、炭治郎は無惨と童磨を見つめていた。
     別の世界の、夢。
     幾度も己が繰り返してきたそれが、ひとつの現象へと収斂していく。俄かには信じがたかったけれど、眼前の二人の振るまいからは、ひとかけたりとも放埒な嘘の匂いなどしなかった。余りにもひたむきで、混じりけのないそれに、炭治郎はおずおずと質問を差し出す。
    「え、っと……それ、俺に話してもいいことなんですか?」
    「うん。だって、君がそれを誰かに吹聴したところで、誰もマトモに信用しないだろう? 夢ばっかり見てる子供の戯れ言だって。俺たちもそうだった。ただ一人、無惨様以外は」
     ほんの僅かだけ、童磨の顔が曇った。
     極彩色の瞳は光を弾くことなく留め、白橡の髪が陰った陽に白く濁る。それは他人を映す鏡である彼が見せた、本来の輝きのようにも見えた。それを机越しに眺めやりながら、炭治郎の頬が僅かに強ばる。
    「この『青い彼岸花』の症状から立ち戻った経験のあるやつがうちの研究員にいるんだがな、言っていたよ。夢の中で死んで、気づいたら元の自分に戻っていたって」
    「それって……」
    「そう、前の病院で君も言っていたかなぁ。夢から覚めるために自分を殺すんだって」
     自分の喉元を片手で押さえ、童磨は眉根を寄せて笑った。
    「だけどこれは『青い彼岸花』への有効な治療法とは言えない。何せ、精神は元の世界に戻れたとしても、この世界の患者さんは死んでしまうんだからね」
    「えっ……それって、アレですよね。この世界に生きていたもうひとりの自分を、殺すことになる……」
    「そうさ、精神のハンドリングは夢を見ている自分がしているけど、心の奥底では本来その夢の世界で生きていた自分が眠っている。自分は現実に戻れても、夢の世界の自分はそのまま死んでしまう。だって、彼にとっては其処こそが現実だから」
     額がしくと痛む。
     炭治郎は痣を隠すようにそれを手で覆った。僅かな軋みの内に、童磨の言葉に、自分の頬から血の気が引いていくのが分かった。夢と気づくまではそこは現実であり、もうひとつの世界でもある。だとしたら、今まで自分が夢の中で屠ってきた『自分』たちは。
    「……ああ、でも。全ての夢が可能性世界に通じているわけではないからね。無惨様が仰ったとおり、夢には記憶の整理という側面もある。君が殺してきた『自分』たちがそのまま全て別世界で死んでしまった訳ではないと思うよ」
     テーブルの向こうから微笑んだ童磨が、芝居がかった手つきで両手を広げる。気休めなのだろうが、その気遣いがいまは嬉しかった。それに眉根を寄せながらも、ありがとうございます、と炭治郎は頭を下げる。
    「夢と現実の区別がつかず苦しんで苦しんで、しまいには夢の中に戻るんだって言って俺の目の前で窓から落ちて死んでしまった患者さえいる。可哀想な話だよね。元いた場所が現実だと認識しているのに、それを夢って言っちゃうなんて」
     童磨の言葉が途切れる。再び、彼の瞳には薄暗い帳が降りているようにも見えた。それ以上の追及も出来ず、炭治郎も続けて黙り込む。金木犀の香りだけが、場違いに立ちこめて意識を眩ませる。
     静寂を押しのけたのは、無惨の言葉だった。
    「現在、魘夢の状態は極めて不安定だ。今まであいつは何度も夢と現実を行き来していたようだが、今回ばかりは勝手が違う。夢の方から現実に乗り込んできたのだからな。その衝突のせいか、短期記憶の保持ができていない。このまま記憶障害が進めば、研究どころか日常生活も危ういだろう」
     大仰なため息をつき、無惨はソファの上で足を組み直した。
    「先んじて童磨が言ったように、現状でこの症状を克服……つまりもと居た現実に帰還するためには、命を絶つしかない。だが無駄に死なれてうちの人手が減るのは困る。だからお前を呼んだ」
     無惨の猫目石にも似た瞳孔が、引き絞られる。赤い視線に見据えられて、炭治郎は改めて居住まいを正した。繋がる赤と赤が、薄明るい秋の中で、空間を繋ぐ。
    「いま魘夢の中に入って夢を見ているあいつを連れて、現実に帰れ。それが、お前を呼んだ目的だ」
    「帰る……? 自決する以外に、夢から覚める方法があるんですか? それも、二人同時になんて……」
     やや食い気味に、炭治郎の口から疑問が滑り出る。今度は無惨もそれを咎めることなく、頷きだけを返した。
    「理論上はな。ただし、密接な関係にある人間が二人以上、それも全員『青い彼岸花』の症例者でないといけない。この条件を満たす患者が今まで居なかったというだけだ」
     炭治郎は困惑混じりに息を呑む。まだ、聞かされた会話の断片が頭の中で消化もされず踊り続けていた。今までの話の半分どころか一割も理解できているか怪しかったが、それでも、高鳴る胸の鼓動は紛れもなく真実だった。
    「お前に選択肢はない。拒否する理由もない。そうだろう? 竈門炭治郎」
     無惨の低い声が、胸の中に満ちたものを震わす。確かに、そうだ。今まで追い求めていた、夢の中の彼が、手の届くところにいる。そして、彼を夢からうつつに変えることができるのなら、それは願っても無いことで。
    「俺からもお願いするよ、炭治郎くん。魘夢くんはちょっと気まぐれで身の程を知らずに調子に乗りやすくて意地が悪いところはあるが、俺にとっては大事な同僚だ。どうか、助けてあげておくれ」
     テーブルの向こうから身を乗り出して、童磨が追随して頷く。その言葉に、無惨の表情が初めて崩れ、ぎょっとしたような表情になる。それから、何か諦めたような盛大な溜息をつき、瞳を伏せた。
    「……童磨。お前は本当に一言も二言も多いのが玉に瑕だ」
    「おや、俺のことを玉だと思ってくださっているので? 光栄だなぁ」
    「言葉のあやだ、真に受けるな」
     けらと笑う童磨に、無惨は先程までの余裕を欠いた表情で眉間を抑えた。お互いを理解し合った者同士の間にある、こなれたやりとり。
     知らずの内に、炭治郎の胸を柔らかい予感が包んだ。きっと、この夢の中の民尾だって、その輪の中に加わっていたのだろう。夢と現実を分け隔て、彼の手を取ってくれた人達が、確かにいたのだ。
     ふと、思い出す。夢と現実との区別がつかず、前の病院で職員に殴りかかったときの顛末を。無数に繰り返した夢の中で、夢と現の区別がつかなくなり、現実のままに自らの頸を断ち切ろうとした瞬間を。あの意識と無意識の混濁した恐怖と不安、そしてそれらが過ぎ去ったあとの慚愧に、いま民尾はこの瞬間も無限に晒され続けているのだろう。
     夢は夢へ、現実は現実へ。それらを正しい形に戻さなくてはならない。
     炭治郎は唇を綻ばせて、それからしっかと頷いた。
    「……わかりました」

         *

     強風。
     剣戟。
     石炭と煙。そして、腐った油のような、鬼の匂い。
     嘲う声が、眠りから覚める自分に追い縋る。それを振り払うようにして、炭治郎は現実へ――或いはまた別の夢に――立ち戻る。
     身体を真綿のように包み込む暖かさに、質量はない。それが窓から射し込む夕日だということに気づくなり、五感が急激に戻ってきた。なんだか、柔らかいものの上に寝転んでいる。まだ重たい瞼を擦ると、頭上から声が降った。
    「あれぇ、起きたの」
     声の先を辿れば、ゆるりと細められた空色の瞳とかち合った。伸ばされた手が、自分の額をゆるやかになぞる。触れる指が往復する度に、認識が追いついてくる。ここは病室のベッドで、自分は先程睡眠発作を起こして寝付いてしまったこと。そして、いま自分が横たわっているのが、民尾の膝の上だということも。
    「あ…! す、すみません!」
     慌てて身を起こそうとして、眠りの余韻に腕を取られる。覚束なく揺らいだ肩を、民尾が横から支える。そうして漸く姿勢を立て直すと、改めて炭治郎は深く頭を下げた。
    「いいんだよ。気にしないで」
    「でも、いくら病気のせいとはいえ……こんな、先生に迷惑を……」
    「その状態を受け入れることも、治療の一つさ」
     柔らかく笑って、民尾は炭治郎の背を撫でた。見つめる花緑青の瞳は穏やかで、包み込むように炭治郎を見下ろしている。先程まで眠りの中に見ていた列車の上の鬼と、かたちだけはよく似ているのに。あの文字の刻まれた、嘲りと狂喜に満ちた薄暗い瞳とそれを重ねようとして、急いで振り切る。
     けれど、記憶ごと手放す訳にも行かない。その夢の残滓を、これから彼に伝えなければいけないのだから。
     おずおずと、炭治郎はシーツの上に手を突き、民尾の方へ身を乗り出した。
    「……あの、民尾先生、聞いてくれますか。いま見た、俺の夢の話を」
     唐突な申し出に、民尾は一瞬目を丸くしたが、すぐに薄笑みを浮かべて頷いた。小さな安堵に、息をつく。そうして炭治郎は語り始める。己の見た夢の話を。眠りの残滓をかき集めて、知覚を拙い言葉にして、景色に変えて。
     無惨は言っていた。『夢を語れ』と。
     思い切り理不尽で脈絡がない、夢の話を。
     同じ夢を共有し、夢とは現実からみれば不道徳で、道理に外れたものだという認識を民尾に植え付けろ。その上で、この世界で何らかの不条理を起こせば、ここも夢だと精神に刻み込まれ、元の現実で目覚めることが出来るだろう。それが、無惨たちが明らかにした『青い彼岸花』への対処法だった。

    『あいつにはお前の主治医になれと言い含めておく。私たちはそれをカメラ越しに監視している。ヘタに介入すると、あいつの治療に支障を来たしかねんからな。治療という名目で、夢について語れ、お前の見てきた、その理不尽な道行きを』

     だから、炭治郎は夢を語る。現実へと引き揚げるなり色をなくしてしまうそれを、言葉を尽くし、記憶を洗い出して、隅々まで。

    「……その鬼は、民尾先生にそっくりなんです」

     最後に打ち明けてから、炭治郎はおそるおそる、民尾の顔を見る。
    彼は怪訝そうな顔ではあったが、特に気分を害したような気色は見られない。安堵のいきをついて、炭治郎は入院着の裾を握る。
    「ふうん、なるほどねぇ」
    「ずっと、ずっと彼は……俺の夢に出てくるんです。それこそ、物心ついた頃からずっと。何故なのかは……分かりませんが」
     炭治郎は俯く。夢の重さに耐え切れなくなった背が、撓んでしまっているかのように。
    「民尾先生、先生は……生まれ変わりって信じますか?」
     その言葉に、民尾の瞳が揺らいだ。一瞬だけ歪めた唇は、怯えたように強ばって、すぐに緩まる。何か、そこにある筈のないものでも見つけたような顔だった。まるで、夢の中で見た光景を、現実にも目の当たりにしたような。
    「信じるか、信じないかで言ったら……そうだねぇ。あるかもしれない」
     首をひねりながら、民尾は空中に視線を彷徨わせる。光を追いかけるように窓の外に目を遣り、遠くの山の稜線をなぞって。
    「だけど、それが良いことだとは、俺は思わないかなぁ」
    「えっ……?」
     思わず零れた声。それを弄ぶように、民尾はころ、と喉の奥で笑った。
    「昔の人は生きることを苦しいことだと考えていて、だからもう二度と生まれてくることのないように、生まれ変わり……輪廻転生の輪から外れることを願っていたんだ。それを解脱って言って、お坊さんは大変な修行をしてその境地を目指していたそうだよ」
     紡がれる言葉は急かすような早口で、まるで炭治郎の言葉を躍起になって否定しているようにすら聞こえる。困惑が、炭治郎の胸の中でざわめく。人の心に土足で入り込む、あの鬼の青年と、目の前の医者とが、じわじわと漸近していく錯覚。
    「俺も、そう思う。前の人生をどんどん積み重ねて、それを修正もできず背負いながら生きていくなんて、あまりにも辛すぎるもの」
    「そう、なんですか……」
     炭治郎はふたたび俯く。
     目の前の彼が、ましてあの夢の中の鬼が、どのようなことを考え生きてきたのかを、炭治郎は知らない。彼が何故ここまで自分の言葉をやんわりとだが否定しようとするのかも。
     それでも。
    「だけど、俺はすごく希望のあることだと思います」
    「どうして?」
    「さっきの話になりますけど……鬼、というのはいくら傷を負っても再生するし、人間を衝動のままに喰らってしまうことだってあるんです。鬼は元は人間だけど、その本能のままに何十年も過ごしていけば、いつかは人間とかけ離れたモノになってしまう。だから、何百年も生きた鬼たちには、きっと俺は同情することができないと思います。俺が手に取って分かるような感情の向きは……きっと感じられないから」
    「ふぅん」
     きょとんとした顔の民尾。ぼやきにも似た言葉が、緑のカーテンを透かした光に吸収されていく。それを目の端に捉えながら、炭治郎は続ける。
    「鬼じゃなくてもいいんです。例えば、蝶々の気持ちって、なかなか想像しようとしてもできませんよね。ストローみたいに長くて巻いてある口とか、羽があるとか、足が六本あるとか……そういう感覚って、人間には絶対にわからないものだと思うんです」
    「それは、そうだろうね」
    「人と蝶々が、真に理解し合うのは難しいかも知れない。けれど、でも、もし生まれ変わり……輪廻転生があって、人が蝶に、蝶が人になることがあるのだとしたら。なら、前の生で決して摺り合せる事が出来なかった感覚や価値観の違いも越えて、わかり合うことが出来る気がするんです。人同士、あるいは蝶同士」
     ひとつの生の内で隔たってしまった壁は厚く、不可侵のものかもしれない。いちど人の道を外れ、ヒトとしての生を忘れてしまったものを、真の意味で理解することなど、不可能か、気の遠くなるほどに難解なものになるのだろう。
     それでも、炭治郎は信じている。
     輪廻が何度でも繰り返すものならば、いつかその果てにお互いを理解する結末があるのかもしれない。否、ある筈なのだと。
    「だから、あの鬼……あの人ともし、再び会うことがあれば。俺が、支えてあげたいんです。あの人が、また鬼にならないように……鬼のような心を持たずに済むように」
     どこか果てしない先へと投げかけるようにも、目の前の民尾へと差し出してもいるようにも取れる、奇妙な響きだった。炭治郎の言葉を受け止めかねているのか、民尾は何度も瞬きを繰り返す。その間にも朧気な秋の夕焼けが、硝子の向こうで刻一刻と沈んでいく。
    「……君は、優しいんだね」
    「そう、でしょうか」
     首を傾けて、炭治郎は頬を掻いた。いつのまにか視線は外れ、民尾は窓の外を再び眺めてはじめていた。西日が民尾の横を向いた輪郭を溶かして、鼻先を淡く輝かせている。
    「あんまり優しいのも、考え物だけどねぇ」
     そう言って、民尾は白い壁に首を向かせる。炭治郎からは死角になったそれがどのような表情をしているのかはわからない。赤みを増していく夕の光は、そんな民尾の輪郭を縁取って、色の薄い病室に彼を留め置くように輝かせていた
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖❤💖❤👏👏👍👍🍑💗👍👍🙏🙏🙏💴💴💯💯😍💕💞👍☺👏💘💖❤💖❤🙏☺🙏☺🙏☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    斑猫ゆき

    MAIKING精神科の患者タンジロと医者たみおさんの炭魘シーズン2です。『ジョハリの箱庭』本編の裏で起こっていたことをタンジロとむざさま+上弦が解説してくれる話。長いので複数回に分けての投稿です
    Lycoris radiataの生活環・Ⅰ「こんな山奥に、よく来たなぁ。疲れたろう?」
     先導する男が笑う。
     童磨と名乗った医師の、白橡の髪を視線でなぞりながら、炭治郎は白い廊下を進んでいた。リノリウムの床に、歩幅のまるで違うふたつの足音が輪唱する。
     今いるこの四階に、自分の病室があるのだという。
     先程上がってきたエレベーターの中で説明された筈の情報ではあるが、どうにも実感が湧かなかった。それどころか、今日からこの診療所に転院してきた自分を、童磨が施設の入り口で出迎えてくれたときの情報も、もう既に酷く遠い。記憶は確かなのに、まるで、ほんの少しだけ過去の自分と現在の自分が、透明な壁で隔てられてしまっているかのように。
     視界は明るく、そして白い。右手にある窓の外には先程車を走らせてきた樹海が犇めいている筈なのだが、壁側に寄っているせいか、炭治郎の位置からは雲の張り詰めた空だけが見える。白と黒と、その濃淡だけで構成される景色。ときたま視界を掠める色は、雲間から零れる日射しの白から分けられたものでしかなかった。
    8685

    recommended works

    斑猫ゆき

    MAIKING精神科の患者タンジロと医者タミオチャンの炭魘⑤です。今回長いので1章を半分に分けています。相変わらずなんでも許せる人向け。
    ジョハリの箱庭・Ⅴ『盲点』(1/2)

    『たみおくん』

     誰かが呼んでいる。

    『民尾くん』

     懐かしい声。

    『ねえ、また聞かせてよ。列車の話』

     柔らかい笑顔が、民尾の隣に咲いた。
     気づけば、また民尾は夢の中にいる。あの、幼い頃の記憶を継ぎ接いだ世界に。
     普段はそれを認識した途端に意識が現実を指向し始めるのだけれど、今日は勝手が違った。隣にいる幼い友人が呼んでいるから。その声が、微笑みが、民尾のたましいを優しく掴んで、留め置いてくれている。あどけない面立ちの後ろで、鉄道模型が無限の轍を巡り続け、車体がレールを引っ掻く軽い音だけが、子供部屋には満ちていた。
    『しょうがないなぁ』
     勿体ぶってみるけれど、緩む口元は抑えられない。
     本当は、こうやって友人と時間を共有できることが、嬉しくてたまらないのだから。背伸びをして、わざと冷淡に振る舞ってみせても、彼はそれを嫌味と取ることもない。いつでも心から驚嘆し、素直な歓声を上げてくれる。それを確かめたいからこそ、民尾はいつも無理に彼へすげない態度を取っていた。
    10206